中嶋 哲史(@J_J_Kant)さんの人気ツイート(古い順)

926
学問は普遍的真理に寄与するのであって、普遍的でも真理でもない時々の政府が批判の対象となるのは当然のこと。学問と政府のどちらが上位かといえば、言うまでもなく学問に決まっている。 #日本学術会議を応援します
927
株や金融商品で儲けるって、もちろん合法であり何ら咎められる行為ではないけれど、社会に寄与する度合いは極めて低いという事実は、金融教育の中できちんと教えるべきではないか。
928
コロナに陽性になっても結局医者にはかかれなかったが(だからぼくは正式にはコロナ患者ではない)、せめて抗ウイルス剤だけは欲しかったな。どうして日本では普通にPCR検査もしてもらえず、診断治療もしてもらえないのか。単純におかしいと思う。
929
明けましておめでとうございます🎍 ただ、今年が去年より悪い年になることは確実なので、あまりおめでたい気分にはなれません。せめてこの狂った世の中で正気を保つ努力だけは、いっそう力を込めて続けていきたいと思っています。
930
世間には「貧困ビジネス」もあるだろう、「生活保護の不正受給」もあるだろう、そういうさもしい人間は残念ながら必ずいるものだ。しかし社会的困窮者を救済しようとする事業には皆裏がある、人間に善意などあるはずがないと考えるのも、かなりさもしいことだなと思う。
931
両親は死んでしまったし、妻は病院を出られないし、娘には自分の人生があるから、もう死ぬまで家族でお節を囲むなんてことはないだろう。別段それが悲しいというわけではなく、人生とはそういうものだと思うだけだ。
932
一人の人間が見ることのできる世界は世界全体のほんの一部でしかないのだけれど、人はそれを全てだと思い込む。逆説的なようだが、自分には世界の一部しか見えていないのだと自覚することが世界全体を見る視力を与えてくれる。自分の目に満足していたらいつまでも群盲を逃れることはできない。
933
ぼく自身は自然死であれば、死はさほど恐ろしいとは思わない。寿命が尽きて死ぬことは誰も免れ得ないのだから。ただ自然死の前に外からの力で命を奪われることは苦痛と恐怖であるに違いない。病気、怪我、捕食、そして人、戦争。こうした死には全力を挙げて抵抗しなければならないと思う。
934
野党の党首が乃木神社に初詣に行ったり、伊勢神宮に参拝したりするというのは、野党支持者の中にもそれに疑問を持たず、むしろそれを求める人が少なからずいるということだ。一つ一つは小さなことだけれど、日本が近代になり切れない、世界に追いつけない理由はこうしたところにある。
935
Twitterを見ていると、「世も末」感が半端ない。
936
我々男性は妊娠出産という負担を免れているのだから、その負担を引き受けている女性に対し、その部分で譲歩し、配慮し、援助していくのは、男女の本質的平等という観点から当然のことだと思うのだが。
937
一群のColabo叩きの連中には怒りしか覚えない。彼らの女性や困窮者に対するぞっとするほど冷たい憎悪の炎は一体どこから生まれてくるのだろうか。
938
日本のものづくりの能力はかつて世界一だったけれど、ひとづくりの才能は絶望的に欠けている。
939
泉健太は立憲が一定勢力を維持し主導権を握れるうちに維新と合流して「第二自民党」を作るつもりなのではないか。そうなれば国民民主を吸収できるし、自公との間で右―右の二大政党化を目論んでいるように思える。さて、左派国民はどうしたものか。
940
国民の敵は権力のみ。権力が正されれば国民も正される。国民同士が争うべきではない。
941
公的支援を受けている団体や個人は反権力的言動をしてはならないという考えは、意識が十分近代化されていない人の耳には入りやすい。しかし両者には何の関係もなく、いかなる個人や団体にも権力を批判する権利はある。
942
そりゃぼくだって、金に困ったときに助けてくれた友人がいたら、その友人がちょっとまずいことをしたとしても、「いやあ、あの人にはお世話になっているから悪くは言えないんだ」と思うのは人情だ。しかし、それはあくまで私的な関係でのことで、公の世界にそのような私情を持ち込むべきではない。
943
知性を笑い、正義を笑い、真面目を笑ってきたからこういう国になってしまったのだ。
944
日本を正しい軌道に戻して、主体的で持続可能な発展社会に変えていくには、国民の知的レベルを実質において高めていかなければならない。今の教育では質的にも量的にも足りない。高等教育が科学技術系に傾くのは時代の要請だろうが、それなら高校までに人文系の基礎をしっかり育てなければならない。
945
そのためには、義務教育は12年まで延長し、中等教育段階で文学、哲学、歴史(もちろん科学的で客観的な)を学び、人間とは何か、人はどう生きるべきか、社会はどうあるべきかについて主体的に考え、行動できる個人を育てていくべきなのだ。
946
もう21世紀も半ば近いのだから、いい加減国家という枠組みを中心にして考えるのやめたらどうなんだ。これは一国でできることではないから、国際社会に向けて国家を相対化していこう、最終的にはなくしていこうという運動が広がって欲しい。
947
収入や社会的地位に差はあっても人間としての価値は絶対的に平等であるという観念がなければ民主主義は機能しない。日本は目に見えない階級社会であり、個人の本質的平等は未だ実現していない。民主主義の幻想を持つとかえって「反日」のレッテルを貼られる不思議な国なのである。
948
成田という人はよく知らないし別段興味もないのだが、言説は言説にとどまる限りこういう意見もあることは否定できないことであって、それより我々自身がこういう妄言に動じないこと、確たる正義と信念を持ち続けることの方がずっと大事なことだ。
949
コロナ放置で高齢者から死んでもらう、福祉縮小で弱者から死んでもらう、困窮女性を叩いて困窮女性から死んでもらう。不作為の「集団自決」はすでに始まっているのだ。そうして健康な男女はいつでも首を切れる低賃金奴隷として富裕層の生活を支える。こういう国に未来がないのは火を見るより明らか。
950
日本人の不得意なことに複数視点からものごとを考えるということがあるように思う。社会を維持するには福祉も必要、医療も必要、教育も必要、文化も必要、国防も必要、経済も必要、環境も必要、あれもこれも必要で、それら全てを視野に置いた政策が必要なのに、常にあれかこれかの議論になってしまう。