中嶋 哲史(@J_J_Kant)さんの人気ツイート(古い順)

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ジョンソンも日本の首相だったらノー・プロブレムだったのにね。
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いよいよ来るところまで来てしまったか。これはただでは済まないだろう。
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我々国民が本気で理性を保たないと大変なことになる。
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これから色々な動きが出てくると思うけれど、我々の普通の日常を変えてはならないと思う。選挙中でもあるし、政府に対する批判を萎縮させてはならない。
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もちろん批判と悪口は違うけれど、政府や政治家に対しては悪口でも構わないと思う(程度の問題はあるが)。それが嫌なら政治家になどなるべきではない。かつ、悪口とテロは全く関係ない。悪口と暴力の間には千里の径庭がある。
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「ルーピー鳩山」って批判ですかね、悪口ですかね。「悪夢の民主党」って批判ですかね、悪口ですかね。
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ぼくはこれはどちらも客観的には悪口だと思う。しかし、このような悪口が許されないとは思わない。政治的な議論の中に悪口が入るのはむしろ自然なことで、誰もが無意識に行っていることでもある。批判はよいが悪口はけしからんと言っていては、政治との距離がますます広がってしまう。
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共産主義イデオロギー(そんなものが今あるとして)よりも反共イデオロギーの方がはるかに強力かつ広汎で権力とも深く結びついているということだ。現実を離れた虚偽意識が社会を牛耳っている訳だ。脱反共イデオロギー、脱カルトが課題なのだけれど、この課題の前では絶望的にならざるを得ない。
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選挙結果は安倍襲撃事件の影響も特に見られず、概ね予想通りなので特に驚きはないのだが、自公勝利よりN党や参政党から議員が出たことの方が現状の危うさを示していると思う。政治は公を担うものでなければならないが、その公性がいよいよ溶解している様が目に見える形で現れ始めた。
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個人が私欲で生きることは何ら責められることではないが、政治という公の世界は私欲の実現の場であってはならない。政治に参加するということは私欲をいったん脇に置いて、公のつまり社会全体の利益を創造することである。政治もまた私欲実現の手段となれば、社会が溶解していくのは目に見えている。
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日本経済を再興するには企業にじゃぶじゃぶ金を出すことではなく、国民一人一人の能力を高めるしかない。最先端の知識を与え、思考力・判断力・実践力を育て、特定分野に偏らない幅広い教養を身に着け、民主主義社会の主体として自立して行動できる国民を一人でも多く育てるしかない。
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にわかに宗教と政治の問題が話題に上っているけれど、これまで「政教分離」の問題が真剣に議論されてこなかった結果だろう。憲法がなぜ「政教分離」を規定したのか、その根拠について真剣に考えることはほとんどなかった。宗教の否定ではなく、政治との分離を行う必要性がどこにあるのか。
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政治はどんな宗教を信じあるいは信じないすべての国民に対して等しく責任を負わなければならない。 政治は国全体が直面する国内外の諸問題に対し、合理的・理性的に判断し解決しなければならない。 こうした政治の責務を考えたとき、そのどこに宗教が入り込む余地があるのか、逆に知りたい。
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では、思想と宗教は何が違うのか。それは端的に言って、それらを保持する人に懐疑の意識があるかないかだろう。宗教は懐疑されないことによって価値を持ち、思想は懐疑されることによって価値を持つ。宗教も懐疑されれば思想となり、思想も懐疑されなければ宗教となる。
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「共産主義も宗教だ」という言い方はよくされるけれど、確かに共産主義を信奉する人の一部に宗教と紛うような言動があることは否定しない。しかし、それを言ったら資本主義であれ民主主義であれ何であれ、宗教類似の様相を示すことはよくあることで、なにも共産主義だけが特別な訳ではない。
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反共と復古を政治理念とする政党が21世紀の近代国家を運営するという矛盾が、日本の様々な問題を生み出している。
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ああ、せめて普通に世界標準の国であって欲しい。
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今の日本は本当に病んでると思う。決して健康体ではない。もし普通に免疫が働き、自律神経が正常に機能していれば、カルトがはびこるなどということはない。健康体ではないから経済力もどんどん低下していく。美しい日本を取り戻す前に、まず健康な日本を取り戻す必要がある。
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日本国憲法は悲惨な戦争への悔恨と反省が色濃く出ているけれど、全体を貫く理念は自由民主主義であり、決して社会主義的な憲法ではない。社会権規定があるのは20世紀憲法として当然であり、ことさら画期的なわけでもない。ところがこの憲法が「左翼」に見えてしまう人って、どれだけ右寄りなんだろう。
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今取り沙汰されている「統一教会」だけでなく反共・保守の宗教団体と自民党との深いつながりを考えれば、個人の自由と平等、民主主義、近代主義を基調とする日本国憲法の理念と衝突するのは当然だ。ではそのどちらが全国民にとって利益が大きいか。今後の改憲策動の中でまず考えねばならないことだ。
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メディアでの発言を切り売りして生活の糧を得ている言論人が顧客向きの発言になるのは当然で、最もボリュームのある層が反リベラル、反知性なのだから、それに合わせた発言をするのは不思議なことではない。しかし、本当の知性があるなら、その苦々しさを一番味わっているのは本人のはずなのだが。
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性表現と性犯罪に因果関係はないとされているはずなのに、反安倍言説と安倍殺害行為との間に因果関係があるとするのはおかしい。
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国葬には法的根拠がないから、政府は秋までに国葬法を制定する必要がある。当然国会での議論になるから、どのような人をどのような形で国葬にするのかの議論をきちんとして欲しい。もちろん国の行事であるから宗教が関わることは許されないし、国民の参加を義務づけることもできない。
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日本人にはカルトにはまりやすい素地があるのではないかと思う。多くの人は仏教やキリスト教などの体系的な教義を持った伝統的宗教への信仰を持っていないし、かといって非宗教的な合理的・科学的・理性的な思想を持って自立しているわけでもないので、容易に新興宗教が入り込む余地がある。
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昔はよかったなどという年寄りの繰り言ではなく、1980年前後を境に日本の民主主義は明白に後退していると思う。特に21世紀に入ってからは、社会の随所で民主主義からの逃走が起きている。この問題、我々一般市民が本気で立ち上がらないと、本当に取り返しのつかないことになる。