451
従業員にまともに暮らせる給料を支払うと潰れてしまう会社って、そもそも会社と言えるのだろうか。
452
安倍菅政権によってすっかり壊れてしまった規範意識、モラル、法の支配、合理的思考、民主主義への信頼を取り戻せるだろうか。ここから立て直していかないと、経済の低迷も国際的地位の低下も止めることはできまい。野党第一党に求めるのはその立て直しの見通しなのだが。
453
「人への投資」は結構なことだが、時代に遅れ道理に外れた日本の権力構造を破壊できる人材を育てない「人への投資」なら意味はない。
454
人を大切にし、人に金を掛ける(教育、医療、福祉、文化)ことで生活が安定し、将来への意欲が生まれ、創意が活かされ、経済も発展する。こういう好循環を作り出すのが政治の使命であり、いつまでも政府が権力を独占し、古びた知恵と限られた予算で国を引っ張ろうとするからうまくいかなくなるのだ。
455
政府が国民を信用していないから、国民も政府を信用しなくなる。国の中に相互不信が蔓延し、信じられるのは金だけだということになり、それがまた人への不信を増長させ、日本の国力衰退の負のスパイラルを生んでいる。野党には何としてもこの悪循環を断ち切って欲しいのだ。
456
多くの日本人は日常的に自己抑圧的に生きているから、中身が何であれ「はっきりものを言う」ことに対して喝采してしまう傾向があるように思う。はっきりものを言うことは必要なことなのだけれど、問題はその中身であって、ただ姿勢や態度だけに惹かれるのは危険である。
457
やはり多くの日本人の意識の深層には、「上の者に逆らうのは道徳的に悪いことだ」という感覚が未だに残っているのだと思う。政権を批判する野党とその支持者はそれだけで「悪」だと感じている人は少なくないだろう。
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普通の民主主義国では「お互いさま」になるから、自由や人権を制限する改憲や立法は自分の首を絞めることになるので行えない。そういうことが行えてしまうのは、自分は常に権力を行使する側であって、決して行使される側に回ることはないと安心しているからだ。
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日本はグローバル新自由主義競争では明らかな敗者であるのに、政府は負けを認めず、依然として新自由主義を手放さないから、国民はいつまでも酷い目にあわされ続けることになる。
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理より情を重視するのは一見人に優しく、物分りがよく、現実に柔軟に対応しているようだけれど、理を忘れ、理から外れた状態が続くと、いずれ負け将棋のように手が詰んでしまう。庶民の世界なら人生そんなもんだで笑えるかもしれないが、一国の選択となると笑い事では済まされない事態となる。
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政治家や官僚が理(法理)を忘れたら国は滅びる。政治は徹底的に理に基づいて行われなければならず、国民は理に基づく政治を行う政治家を選ばなければならない。国会はその理を競う場なのだ。情を活かす場は政治以外のところにいくらでもある。このメリハリをつけることが豊かな文化を生む。
462
侮辱罪の厳罰化で、政治家に対していかに侮辱ととらえられずに侮辱するかという言語技術が磨かれたら、不幸中の幸いだろう。
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本当に選択的夫婦別姓に反対する人間の考えというのは全く理解できない。他人が夫婦の姓、親子の姓をどうしようと、そこに介入する権利は誰にもない。仮に別姓にすることで家族が崩壊したとしても、それは当事者だけの問題で、他人には一切関係ない。うるせえ、ほっとけとしか言いようがない。
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「選択的」という意味が分からないのか、意図的に無視しているのか、あいも変わらずため息しか出ない。自分の家族は正々堂々断固として同姓を貫けばいいのだし、それを誰も止めろとは言っていないのだし。
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野党はどの政党をとっても一党で自民に対抗できる政党はないのだから、与野党拮抗の国会を作るためには野党共闘以外に方法はない。端的に言って「共産党と手を組めるか」がネックなのだろうが、いくら共産党が嫌いでも、それを我慢する方が自民の独裁を許すより遥かにマシなはずなのだが。
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自立した個を確立した人々が改めて日本という社会を構築すればよいのだ。そうであれば日本社会は崩壊しないし、日本という国はこの先も存続していける。しかし過去の慣習に依存するだけの国民・国家の意識では、時代の変転に対応できず、遠からず没落するだろう。
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セクハラ、パパ活だけでなく、ついに性交動画のアップか。別に綺麗事を言うつもりはないけれど、この弛緩具合はもう末期症状と言わざるを得ないだろう。日本はそんなことをやっている余裕のある状況ではないと思うのだが。
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本当に、試験でよい点を取るための勉強の十分の一でよいから、人として正しく生きるとはどういうことかとか、よりよい社会にするために自分は何をしなければならないかとかを考える時間とエネルギーを費やして欲しいと思う。
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大学生を教えるときに我々の時代の中学生を想定して言葉や言い方を選ぶとちょうどよいというのはよく聞く話。これは普段学生・生徒と接していると実感することだ。知的精神年齢の後退は覆うべくもない。この後で成長してくれるならよいのだが、どうなのだろうか。
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酷い判決だ。 nordot.app/91045498261040…
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日本はこれまでも色々な問題を抱えながらも、とりあえず豊かであるということで問題を表面化させなかった、問題解決をずっと先送りし続けてきたわけだが、いよいよ豊かさそのものに黄色信号が灯るようになって、今までごまかし続けてきた多くの問題が今後次々と現れ出ることになるだろう。
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相次ぐ最高裁の酷い判決や、明白な違法行為に対する検察の不起訴は法の番人であるべき国家機関が正義を放棄しているということだ。ただ、我々国民の側も正義の実現・実行の意識は弱い。しばしば見られる正義に対する冷笑的姿勢を改めないと、最高裁や検察庁を糾弾することは難しい。
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日本ではいつどこで巨大地震が起きてもおかしくないとされているのに、起きると都合の悪いところには起きないことになっている。そこに起きる可能性は極めて低いと言う地震学者は優遇され、いつ起きるか分からないと言うと冷遇される。
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「余命投票」のような文字通りの「姑息」で非本質的な議論をするのではなく、遠回りでもきちんとした主権者教育と日常で政治的議論をすることを忌避しない政治風土を作る努力をしていくべきだ。これは自民党政権下では望むべくもない。野党や市民団体、メディア、教育者が率先して取り組むべき課題だ。
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日本人なのだから皆同じように感じたり考えたりするはずだという無意識は、まだ多くの人をとらえていると思う。しかし、すでに社会の多様化は日本人として一括できる状況を完全に過去のものにしてしまった。同じ日本人でありながら、全く異なる文化的背景を持つ人々がいるのはもはや自然のことだ。