葛西伸哉 ラノベ作家(@kasai_sinya)さんの人気ツイート(リツイート順)

「オタク世代論」をする時(それが何故、いつ頃かは、私には同定できないけれど)、80年代の『ファンロード』的な「ジャンル、性別の越境が当たり前だった時代」と現在の「他ジャンル蔑視が当たり前の時代」の変遷というのは考える必要があるんだろうな。
コレやると「そうか、こういう規制は間違ってるのか」じゃなくて「これらも規制しよう。向こうから言ってきたんだし」になるリスクがある。 たとえ地元の名士だろうと観光資源だろうと。 twitter.com/Latina_tan/sta…
戦隊は子供向けだから、このあたりかなりデリケート。 『チェンジマン』では終盤敵の一員だった元宇宙海賊が義をなして死ぬのだけど、彼の死を悼む主人公たちの言葉は「平和な宇宙だったら、彼も宇宙海賊なんかにならずにいられたんだ」。 twitter.com/224_miyano/sta…
あれ、「偽装都民」を誰も見破れず崇敬するというあたりが秀逸なんだよな。 『Black Sun』にもそういう存在が必要だったのかも知れん。 怪人である事を隠して要職に就いてる奴。
物語の基本中の基本って「困難を乗り越えるカタルシスと葛藤」じゃなくて「不安定の発生/あるいは何かの喪失と、その収束」じゃないかなぁ。 おとぎばなしにも、それはあるんだ。 twitter.com/terry10x12th/s…
最終的に『水魔』が楽しめたか否かでいうと充分楽しめたけど、作劇として「フェアか」というとアンフェアという判定にならざるを得ないところはある。 パーメットってそもそも何で、何ができてできないのかというのを説明しないまま、最後は事態の収拾をソレに丸投げしてるから。
これ、現状のファンタジーの基本イメージが(根っこにトールキンがあるとしても)「アメリカ人のイメージ」によって作られたというのもあるのかも知れない。 いわゆる冒険者は「既知領域で戦う傭兵」だけではなく「フロンティアを切り開く挑戦者」でもある。 twitter.com/wantan_tabetai…
これ、ルパンは「大切な人のために頑張る、攻める側」でパトレンは「社会のために働く、守る側」だから、子供が前者に感情移入しやすくて大人が後者に肩入れするのは自然な帰結だったんだよなぁ。 twitter.com/koto_30ban/sta…
元々死を覚悟して行うテロに対して厳罰化は一切効果がないし、抑制には逆効果ですらあるのよな。 テロを防ぐ第一の手段は「テロを起こす必要がない対話の回路」を結ぶ事。
いい肉が調理の失敗で駄目なステーキになる事はあっても、腐った肉がちゃんとしたステーキに焼き上がる事はまずない。 twitter.com/game_sennin/st…
私自身も含めて多くの人は意外なほど「自分の体験や直接の知り合い」の外の実態や生活に関心も理解もないし、長期的な展望も持てない。 対立構造で煽られるとあっというまにエコーチェンバーに閉じ込められて法も人権も忘れる。
→ ……というと割と納得しちゃうけど、実はこの三例表出の仕方が全部違う。 ・相思相愛だったけど捨てられたので永遠に迷惑かけてやる。 ・一方的に惚れて、裏切られたと勝手に思い込んで殺しに行く。 ・一方的に惚れて、再会のためには周囲にどれだけ迷惑かけても平気。 →
変な言い方になるけど。 均質性が高いからこそ「よそ者」や「混血」が排除されるのが問題になる日本と、そもそもが移民国家&過去の奴隷制で人種や民族の坩堝だから「同胞」のレンジがアプリオリでないアメリカで「普遍的人権」を推進する時に有効なのは同じメソッドではないだろう。 twitter.com/yodobasiend/st…
例えば。 アメリカほどアフリカ系が「身近」ではない日本のフィクションでアフリカ系キャラが登場するのには「エキゾチシズムの消費」という側面があるので「登場させているからOK」と無邪気に評価するのはどうよと思わないでもない。 (それは「アメリカと同じ基準を求める」事の無意味さでもある)
以前にも言及したけど、藤岡弘の事故というのは『仮面ライダー』一作に留まらない。歴史のドミノ倒しというかバタフライエフェクトの大きな分岐点だったんだよなぁ。 twitter.com/kasai_sinya/st…
ライダーと警察が協力関係になった『クウガ』の、実は画期的な点ってグロンギが「隠れてない」事なんだよな。 あからさまに市民を脅かし、情報を隠蔽する意味がないからこそのプロット。 twitter.com/kgxvz7851/stat…
非常に面倒くさい話をすると「ステータスやシステムが厳密に決まっていて、そのルールに基づいて物語が進むゲーム風のフィクション」というのはそもそも「テクスチャはファンタジーだがストラクチャはSF的」とも言えるのだよな。 その世界の内部として「不可思議な」「奇跡」は起きないのだから。
興味深い話だけど「母集団が、そもそも映画を観ない」という可能性を考慮する必要があるな。 「映画を観ないから当然シンも観ない」と「映画はよく観るけどシンは対象外」では意味が違う。 twitter.com/morito_0000/st…
これは「より現代的な悪」の描写だし、怪人が行動の主体になる幹部格という原典初期の描写のリメイクだし、「なんで怪人がやられるとその計画が全部放棄されるの」というツッコミに対する回答でもある。
そして、その『翔んで埼玉』もまた「群馬あたりを人外魔境扱いするのがギャグ」という東京中心思想についてどの程度自覚的なのか、という話にもなる。
あと ・現状維持と将来への投資、両方並行して回せ。どっちかに全振りは危険。
これもまあ好みの話なんだが。 メディアコンバートの巧拙を「原作愛の有無」みたいな話にするのはどうよと思う。 愛なんぞなくてもプロとしての責任感と能力があればクリアできる問題なので。
何かの作品で「安全を最優先している>操作した通りに反応する>壊れにくい」と翻訳すれば、機械の設計の基本として正しいと解説されていたのは感心したなぁ。 twitter.com/abogard_ausfB/…
だから、最後に一文字はふたりに名前を尋ねるし、ふたりは答えるんだよな。 システムとしての国家や権力を無条件に信じる訳ではないが、あんたらとは長いつきあいになりそうだから「偽名でもいいから《個人》として認識させろ」って事で。
ティラノが負傷した群れの仲間をケアして生き残らせる事。 ゴリラやライオンが子殺しする事。 どっちもただの「適応的な行動」なんだよな。