葛西伸哉 ラノベ作家(@kasai_sinya)さんの人気ツイート(新しい順)

昔、本で読んだ話だが、別件の《差別語》について。 実際にかつては激しく抗議していた当該団体ではもう言葉狩りは止めようと方針転換しているのに、メディア側で継承され伝統化して「祟り神の迷信」みたいになっているケースがあるとか。 twitter.com/wantan_tabetai…
『味平』のコレ、不味いとか有害とかじゃなく「均質な美味しさになってしまうから、プロが競い合う場で用いるのは宜しくない」なので誤解しないでほしい。 twitter.com/naka773/status…
小説でも何でも創作論で「××はダメ」というのは「ルール、タブーとして禁止」ではなく「有効性が低い、弊害が大きい」なのよな。 そこを勘違いしてはあかん
何度も言ってるけど「国立大付属の、タダで入れる博物館に自転車や徒歩、バス程度で行ける高校生」と「最寄りの博物館に行って見て変えるだけで一日仕事の高校生」の圧倒的格差だよなぁ。 twitter.com/J_kaliy/status…
30年以上前、友人が「ノンマルト話のキモは『地球人が実は侵略者かも』以上に『超越者が事実関係を知らないまま一方に肩入れする事の是非』なんだが、そっちはあまり掘り下げられない」と指摘してたなぁ。
最終的に『水魔』が楽しめたか否かでいうと充分楽しめたけど、作劇として「フェアか」というとアンフェアという判定にならざるを得ないところはある。 パーメットってそもそも何で、何ができてできないのかというのを説明しないまま、最後は事態の収拾をソレに丸投げしてるから。
万全円満のハッピーエンドじゃなくて ・世の中の問題は完全解決じゃないけど、ちょっとはマシな方向に向かってそう ・主なキャラはそれぞれ責任を取ったり重圧から逃れたりして幸せに暮らしてる というのは、現実にも通じる問題を扱ったエンタメとしては誠実な落としどころじゃないかな。
だから「呪術化したタブー」として広めるのではなく「理由のある困難」として伝えなきゃアカンのよね。 一種典型なのが「視点のブレ」問題で「何故マイナスなのか」が欠け落ちて「なんだか知らないがやってはいけないムラのオキテ」みたいに言われがち。 twitter.com/kirisaki_ryoki…
マルチバースって濫用すると「物語の一回性、キャラの選択の重さ」という部分の価値を下げるリスクを内包してるんだよな。 で、この部分というのは「ゲームに対する、映画・小説・マンガ」のアドバンテージのひとつである。 (マルチバースはとにかくダメという意味ではない。念のため)
小学館が強力なのは「てれびくん」→「コロコロ」→「サンデー」→各種青年誌という《導線》を維持してる事だよなぁ。 講談社は「ボンボン」が途切れてる。 twitter.com/MANZEMI_bot/st…
同業者が直面したけど、ラノベでも「イラストレーターがコレ描けないんで本文の描写変えてください」なんて話もあったりする。 twitter.com/t_kotobuki/sta…
集合愚というのは集合知の逆で「人が集まる事で個人の状態以上にバカになる現象」の事ね。 「大衆は愚か、エリートとは別」という話ではなく、むしろSNSによって「自他ともに認めるエリート」が集合愚に陥る様が可視化されてる。 twitter.com/kasai_sinya/st…
twitter.com/kasai_sinya/st… あと、直接民主制はこの問題に弱い。圧倒的にどうしようもなく不均衡を拡大する。
ただ、「政党政治でざっくり党が方針を決めてそれに従い利害関係が付属する。選挙で勝つと裁量が圧倒的に大きい」ままではなく、個別の問題についてきめ細かい意見収集をするツールとしてはネットはまだまだ活用の余地はあるかも。
私自身も含めて多くの人は意外なほど「自分の体験や直接の知り合い」の外の実態や生活に関心も理解もないし、長期的な展望も持てない。 対立構造で煽られるとあっというまにエコーチェンバーに閉じ込められて法も人権も忘れる。
「SNSが普及した社会」を体験した事で、直接民主制にはむしろ期待できなくなったなぁ。 集合知ならぬ集合愚というのはあるし、専門分野得意分野では充分に知的で論理的な人でも、しばしばとんでもない間違いを犯す。
「実はあの頃、本当は嫌だった」と後から表明するのは誰も幸せにしないから「嫌な事を断れない」人間にキツい事を強要するのをアウトにする制度が必要なんだよな。 これは「後悔はしてるが当時は可と判断した。責任は負う」や「後悔してない。私の選択に外野が口出すな」の尊重でもある。
極論だけど。 誰かの写真をオナニーのタネにするのまでは「利用する個人の自由であり、権利」として尊重されるべきだけど、それを公言したり被写体当人に告げたりする行為には加害性がある。 ここには線が引けるんじゃないか。
だから「どこの党が敵だ味方だ」じゃなく、それぞれの党内での「規制反対派」の発言力や存在感を押し上げないとあかんのよな。
政党単位で見た時に「表現規制派」でないところって存在しないんじゃないだろうか。 権力というのは本質的に表現規制したがる「性質」があり、だからこそ憲法に明記して守らねばならない。
『水魔』の「企業が戦争を取り仕切るのは時代にマッチしなくなった」という意見もあるけど、むしろロシアが「今さら前近代的な戦争を始めた」んだよな。 現実がフィクションを追い越したのではない。 大幅に時代遅れの愚行をフィクションでやったらバカだが、現実のバカは実行する。
この辺、何度か言ってるけど「主人公という概念」を上手く切り分けるとわかりやすいのよね。 『ゴルゴ13』において、実は「ドラマを背負った主人公」は依頼人やターゲットであって、ゴルゴ自身は「物語世界での影響力最大の主人公」。 twitter.com/ichiro_sakaki/…
徒歩もそうだけど「小学生くらいで、普通に公共の鉄道・バス利用でいける範囲にあるもの」の差がもの凄いからなぁ。 レジャー施設、スポーツ施設、科学館、博物館。田舎だと親が車で同行してくれないといけなかったりする。 twitter.com/akuochiken/sta…
たまたま当時子供だったから『マジンガーZ』を見て好きになったオレよりも、スパロボで興味を持ったから今から『マジンガーZ』を配信で見る若者の方が、意志を持ってわざわざ能動的に作品に触れているんだよな。
5年も前の『ルパパト』『プリチャン』など、未就学児も見る番組で「自立した格好いい女性のイメージに縛られずに自分らしく生きていい」を当たり前に描いているのに、今さら「仮面ライダーやサッカーが好きだから心の性は男子寄りですね」まで《後退》させようとしないでほしい。