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日本の政治家の不甲斐なさにイライラしているところに、外国で「正しい側が勝つ」様子を見せられて、勇気凛々、意気が軒昂になりすぎてしまったのかも知れないな。自分たちの正しさをもっと叫んでいって良いのだ、そうすべきなのだ、と。
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まあ「足切りしろ」とは思わないが、受験させて点数を公開することは面白いかもしれないな。点数の低さでむしろ支持される議員も出てくるかも知れないが、「知的なイメージで売り出しているのに点数が低い」みたいな危険な議員が判明することには意味がありそうだ。
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ただ「議員に学力テストを受けさせて足切りしろという発言がどういう意味・反応を呼び起こすか」を考えない/「正論」で押しきってしまえばいいと考えてしまう、というあたりがお勉強のできる人達の限界であり、恐ろしいところだよなあ。「本来そうなるべきところを我慢してやってるのに」感がまた…。
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タワーマンションに住み別荘を持ちながら「みんなで貧しくなればいい」と語る老人の話、当人の情熱的かつ徹底的に自己中心的な世界観、それゆえか子供さえ持たなかった生き方を見るに、老いて死を前に苦しみのた打ち回っての「自分が死んだ後の社会など滅びればいい」という断末魔に見える。
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「自分で自分の機嫌を取る」ことへの批判もあらかた出尽くしたけど、やはり「自分の機嫌を取る」ことが知る人ぞ知るコツであるうちはよくても、それを一律教育で教えよう、基本マナーにしよう、となると、これは圧倒的にストレスをかける側、人間を使役する側に有利な社会になってしまうのだよな。
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確かに生きる上で広く役に立つスキルかも知れないが、明らかに「手間のかからない労働者」「安定して稼働する労働者」を生産するための施策なんだよなあ。確かに労働者のメンタルケアが叫ばれているけど、労働の強度を下げようという方には行かないのだもの。理想はメンテナンスフリーの労働者ですよ。
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実際、自分の職場でも半日ほどの「メンタルケア講習」みたいなやつを全員強制で受けさせられるから何かと思ったら、まさにこの「自分で自分の機嫌を取りましょう、自分の心は自分でケアしましょう」という内容で、「頑張って壊れない労働者になりましょうね」と言われている気がしてならなかった。
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そりゃあ社員のQoLを上げるため、みたいなお為ごかしの建前はあるけれど、このあたり「ロボットを導入するより人間を働かせた方が安上がり」「人間は勝手に直るし勝手にメンテナンスされる点がロボットより優れている」みたいな、道具として機械と比較され品定めされている気配を感じるんだよなあ。
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「自分で自分の機嫌を取る」を学校で教えるようになったとは、正式にメンタルのケアは自己責任の範疇に含まれることになったということですよ。自分で機嫌を取れていない、不満を外に出す人間は能力的にも道徳的にも欠陥人間ということになり、その不満の訴えは欠陥人間の言うこととして低く扱われる。
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「今の若者は道徳的倫理的に行動することで反抗している」というのは重層的な話だなあ。年寄りたちは自分らをガチガチに管理するくせに若い時の無法をチラチラとアピールしてくる。ならば告発によって殴ってやれ、「正論」を利用して締め上げてやれと思うよな。たとえ反抗でなくとも公正の実現として。
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「子どものいない40代女性たちは、なぜこんなに苦しく、生きづらいのか」という記事だが、特に不妊症にフォーカスしたものではなく、あくまで子なしを自ら選択した人の迷いや葛藤に同情する記事だ。まさに「選択肢があるがゆえのつらさ」に寄り添っているのだな。
news.yahoo.co.jp/articles/2e7a9…
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結婚できない男性に対しては「『オンナを捕まえて一人前』という植え付けられた価値観を脱せずに勝手に苦しんでいる情けない男性たち」という批判に使われる言葉が、「『子供を持って一人前』という植え付けられた価値観に苦しめられるつらい女性たち」という擁護に使われるのが実に対照的ではある。
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エビデンスは全て無視し、自分の意見をbenevolent sexismと指摘した表現にだけ飛び付いて「これでは『話にならない』ので以後関連議論はしない」と切り捨てて議論を回避する態度は、本当に本当に本当に、予想通り過ぎてガッカリするとしか言いようがないが、これが現代の「社会学」の姿なのだろうな。 twitter.com/SeanKy_/status…
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社会学について「研究とその社会実装の先端にいる若手研究者」という物言いを見たが、なるほどなあ、そうした特権的地位を勝手に自分達に任じ、その崇高な使命感に陶酔しているわけだ。かつての学生運動の一番始末の悪い意識の核と同じものが、21世紀的なお行儀のよさの上で再演されているわけだな。
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プリキュアが「自分を犠牲にしてまで自分を搾取しようとする人間を助けなくても良い」と言ったという話、「よくぞ言ってくれた!」の大合唱なのが怖いんだが、これ凡人が自己像を投影するためのヒーローという矛盾の表れなんだろうな。「私は救うに値しない者を見捨てる。だけど私はヒーロー」という。
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本当なら「あなたは自分を搾取してくる他人を助けなくていい、それをするのはヒーローの仕事だ」と言うのがヒーローなのだよな。だけど、プリキュアは凡人が自分を重ね合わせてヒーローになったつもりになれなきゃいけない。だから「助ける相手を選びたいあなたもヒーロー!」と凡人の欲を肯定する。
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「分断が進んでいる!」と警鐘が鳴らされてる昨今だけど、「分断は良くない」なんて警句に内心みんなうんざりしてるんだよな。みな本当は分断が大好きで、気に入らない人間を切り捨ててしまいたいのを表に出さないよう我慢している。プリキュアがその背中を押すというのは我慢が決壊する象徴に思える。
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「うっせぇわ」が頻繁に流れてくるので聴いたんだが、「呪術廻戦」でも思ったけどこういう不安定系というか病み系というか、澄ました美形が発狂したような邪悪な笑みを浮かべて「バァーカァ!」というようなイメージのもの、みんな好きなんだなあ。中二病から闇方面へ派生した感性なんだろうか。
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似ていると指摘される「ギザギザハートの子守歌」と比べると、両方とも社会へ馴染めない感覚を歌いながらも、ギザギザハートの方は「オレはバカだからわかんねーけどよ」だったものが「賢い私がバカなお前らに付き合わされてうんざりするんだよ」に、目線が反転しているのが世代の差なんだろうなあ。
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上野氏を擁護する学者も同じことを言っていたけれど、これは「私の実態は活動家であり社会を変えるために学者という立場を演じている」と言っているのだよな。発信者として強力だから学者の権威を利用して「事実」を操作するが、学者全体の倫理や信頼性は他の誰かが頑張って担保すればいい、という。 twitter.com/abtt_1992/stat…
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「私が不誠実なことをしても、ならば学者同士で不誠実を暴きあえば全体としての誠実さは保たれるではないか」という考え方は、研究それ自体を目的とする学者には論外だろうが、「学問研究の枠組みを利用して自分の望む結果を得ること」を目的とする人間としては当然の考え方ではある。
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言わば学者がこれまで努力して積み上げてきた相互の信頼、誠実さ、客観性から生じる「学者」「学問研究」への信頼や権威を使い潰して自分の望む結果を誘導するフリーライダーなのだけど、性善説に基づかなければ1ミリだって進まなくなる学問研究の構造的に、人文科学はフリーライドに脆弱なのだなあ。
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失言を撤回した元総理に対して「撤回したからといって許されると思うな」という批判が集中していた。そしてまた、男性を集めて女性に対し反省の意を示させるイベントにも「反省したくらいで許されると思うな」という批判が集まっている。
この「許さない」というのがキャンセルカルチャーなのだよな。
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「私たちの目の前から・社会からいなくなるか、思想を矯正されて別人のようにならなければ許さない」というわけで、つまりはシベリア送りにするか、再教育施設へ収監しなければ納得しないということだ。反革命分子への扱いは、時代や場所を超えて共通なのだとわかる。
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「ウイグル問題は日本人にはどうしようもない話でそんなことをいくら言っても何程も現実を変えないですよね」という話を見ても、やはりリベラル活動家には自己効力感を求めて主流の側、正しい側を渡り歩く(そして道徳的に優位な立場から他人を殴る)タイプの人間が一定数いるのだろうなと思わされるな。