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ウクライナに降伏を勧める人たちに対して「太平洋戦争の米軍の占領政策が奇跡的だっただけ」という意見が集まっているけれど、その奇跡的な占領政策にも5万人の日本人女性を差し出す必要があったし、2万人以上の子供を日本人女性に産ませているわけで、奇跡的だろうと占領というのはそういうものです。 twitter.com/aruto250/statu…
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こうした意見を見ると、戦争に負けた側の集団の男性は生殖の機会を失い、しかし女性はそうではなかったという有史以前の数千年間がもたらした遺伝的多様性のボトルネックの男女差が、防衛戦争に対する男女の認知にどのような傾向の違いをもたらしたのかということを見るような思いがする。 twitter.com/momokonojo/sta…
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何しろ「あの怖い老人、世界的な権威」から何も反撃される心配なく批判できるようになるのだから、今まで「黙らされていた」人々は重石が取れて俄然勇ましい気持ちになってくることだろう。
そのとき宮崎駿の子供に注いでいた視線が格好の攻撃の材料にされるのは言わずもがなではある。
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またTV番組でもよく取り上げられている、才能あるクリエイターとしての、あるいはあの世代の人間としての「モーレツ」な働き方とそれを他人にも求める姿勢は、「押さえつけられてきたパワハラの告発」としてメディアが喜んで掘り起こしにかかる(そういう話をしてくれる関係者を見つけてくる)だろう。
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宮崎駿について「もはや誰にもキャンセルできない」という発言を見たけど、ご本人の存命中はともかく、御大が亡くなった途端に「作中の不適切なジェンダー描写にモヤモヤしていたけど皆が褒めている作品だから反論できずに黙らされていた」という意見が勢いよく取り上げられるようになりそうではある。
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ここらへんの構造は、よく批判されている「賃金が労働ではなく苦痛への対価になっている」というのと相似形に思えるな。「苦痛に共感できない相手の苦痛は対価に反映されない(無能の低賃金は自業自得なのでいくら苦痛だろうと評価に値しない)」という構造も同様に内包していそうではある。
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そんな「前提」とは偏見なのであるけれど、ともかくそこで評価されているのは「偏見を乗り越えようというwokeな価値観を自分たちと共有していること」がもたらす自己陶酔なのであって、「最初から偏見などない」相手では、価値観を共有することで陶酔をもたらしてくれる仲間とは見なされない。
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眼鏡であったりLGBTの話でよくある、「日本ではとっくにそんな問題を乗り越えている」という点が全く評価されないという話、やはり「眼鏡は醜い」「セクシャルの異常は不道徳」という「前提」が共有されていないから評価の対象外になってしまうのだろうな。価値観を共有する仲間と見なされていない。
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だけどそう考えると、飲み会において「××がこの間○○したんだってよ」とか「△△さんが□□したときさぁ…」という話に入って行けない、そうした会話に追随できない人間というのは「毛づくろいのできないサル」なのだと考えると、そりゃあ生存していくことが難しくなるだろうなと考えてしまうな。
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有名な話だけれど、サル(引用したヒヒもそうだ)は群れを維持するために毛づくろいをして相互関係のメンテナンスしていて、人間は毛づくろいの代わりに言語によってそれをするのだと。そして、そこで交わされる話の内容は7割が「誰が何をした」という社交的な話題なのだと。
twitter.com/aruto250/statu…
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個人的に、飲み会がつまらない、会話に入っていけない原因に、飲み会の会話の大半を占める「誰々さんが何々した」という世間話に追随できない、誰が誰だか覚えていない、というものがあるのだけど、先月から少しずつ読んでいる『言語を生み出す本能』という本に、まさにそのことが書かれていた。
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「自分が気持ち悪いと思うもの」への耐性が低い、というのもあるだろうけれど、「自分が気持ち悪いと思うものと自分」という関係を、現代における標準である「加害者と被害者」のフレームで処理しようとするから、また道徳感情とも結びついて、妥協や共存が有り得ないものになってしまっているのでは。 twitter.com/marxindo/statu…
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地位の低いメスは群れのメスそれぞれから平均で1日2回ずつ軽い脅しを受け、週に1度ほどは本格的に攻撃されるという。深刻な被害の出る攻撃では全くないが、こうしたストレスにより下位のメスは排卵に支障が生じ、地位が1つ下がるごとに生涯で産む子の数が半減するのだとか。これがメスの闘争なわけだ。
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とは言えメスも気に入った若いオスがいればボスの目を逃れて交尾しようとするし、そこで見つかればボスからシメられたりするという。
そしてメスはメスで、多くのメスから好かれていないと、ボスオスからシメられた時にメスが団結して庇ってくれなくなってしまう。同性からの支持は死活問題なのだ。
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ちなみにボス以外のオスは(よくあるパターンであるが)オスだけの群れを形成し、メスのいる群れのボスオスと入れ替わるチャンスを狙いつづけるのだという。生殖の機会のための無限の闘争に放り込まれるオスと、ボスオスに対抗するためにメス同士に対する団結力(政治力)を磨き続けるメスの構図だな。
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メス達は、オスが交尾の機会欲しさに争うのを利用しているだけなのだ。ただ単に「それで常に強いオスが私達に供給されるのであればどうぞご自由に」として、勝ったオスが気に入れば採用するし、気に入らなければオス同士の争いの結果をリジェクトする。実に「メスらしさ」を感じる社会ではある。
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ボスのヒヒが若いオスの挑戦を受けたとする。しかしその勝敗の鍵はメスの集団がどちらのオスに肩入れするかにかかっているし、勝った方のオスがメス達の気に入らなければオス同士の争いでボスを倒してもボスの座につけないのだという。表面上はオスがメス達を支配しているように見えるが逆なのだな。
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いま読んでいる本で解説されているヒヒの生態が興味深い。ボスのオスは数頭のメスとその子供たちを従えており個別のメスには威嚇で行動を制限できるが、メスはそれが気に入らなければ団結して反抗し、そうなればボスも引き下がる他ないのだと。まあここまでは別段驚きはないのだが問題はボスの交代だ。
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しかし「男性皆殺し協会」の記事やらを削除というのは本当に驚いた。自分の正義を自分でも信じておらず、それでいて、そのことを正面切って認めようとはしないということだものな。狂信者でもなく、手頃な獲物に対してだけ、社会的に抹殺するまで止まらない。そこにあるのは明らかに信念ではない。
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キャンセルカルチャー全般に感じるのが、この動物みたいな興奮状態なんだよな。何をどこまでやると何処にどの程度影響が出るか、みたいな思慮が感じられず、ただ問題の見つかった人間をそのつど追放していけばいつか社会が変わるんだと、性交のチャンスを目前にした男子のように知能が低下してしまう。
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この件でキャンセルに一斉になだれ込んだ人たちへ向けて反省しろみたいな意見が出ているけど、キャンセルしてやった側にしてみれば、正義が為されたのに何を反省する必要があるものかと思ってるのではないのかな。まあ、自分の「危なそうな記事」をしれっと消すくらいには後ろ暗い人もいるようだけど。 twitter.com/aruto250/statu…
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先日の選挙結果を受けて「有権者のレベルが低い」という旨の感想を抱いている人たちがいる。彼らはふだん他人のナショナリズムというものを心底軽蔑しているけれども、そんな彼らも彼らの心の中にある、まだ見ぬ偉大な祖国「いい人だけの国」へのナショナリズムは大変に強いように見えるな。
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またその副作用として、「強者然とする強者」がすっかり食い荒らされ、あるいはそれを察して身を隠すようになり「強力なリーダー」というものが不足するようになってしまった。それは弱者・被害者のフレームに慣らされた我々には良いことのようにしか思えないが、そのために社会はだいぶ傾きつつある。
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確かに「弱者が有利になる」というルールによって、選択の余地のない弱者が救われている面はあるのでそこは良い点ではある。ただ「弱者として振る舞うものが有利になる」という転倒によって「(暗黙の)ルールに合致する『弱者』」が救われて、実態としての弱者が置き去りになるケースが目立ち始めた。
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だから今は「一億総弱者」「一億総被害者」の時代なのだろう。そしてみんなで糾弾するための強者や加害者を一生懸命に探している。それは多くの人が強者であろうとして、食い物にするための弱者を探していた時代とやっていることのレベルに違いがないんじゃないかな。