251
メディアの人たちも専門知識に敬意払ってくれる人ばかりじゃなく「自分たちの考えたシナリオに専門家っぽい権威だけ演出したい」みたいな人けっこういるので、そこに抵抗するのって労力使うし「それよりテキトーに空気読んでチヤホヤされた方が得」って妥協しはじめるとすぐダークサイドに落ちそう。
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意外に初等教育でプログラミング覚えさせるベストプラクティスは学校におけるITへのアクセシビリティだけ整備した上で全く学校でプログラミング教えず、「宿題をIT駆使してズルく解いた子を賞賛する」ことではないかと。怠惰で短気な子ほどズルいソリューションに到達してどんどん宿題を効率化しそう。
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一般論として、「不要不急」の「不急」はともかく「不要」かどうかは他人がどうこう口挟むような話ではない。人が望んでする行動の全ては「不要」なことはない。公衆衛生上の配慮として今色んな文化の享受を自粛せざるを得ないとしても、軽々しく他人の文化を「不要」って言うのはあかんだろと思う。
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自分何年か前に舌下免疫療法やって花粉症ほぼ完治したんで、花粉症の話なる度にあれいいですよーって人におすすめしてるんですけど、「花粉症シーズン終わった後に病院に行く」ってだけの行動すら多くの人が取らずに翌年も「花粉症辛い…」って言ってるので、人の行動変えるの大変なことだなって思う。
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確か自分が以前聞いた話だとインド人は20の段まで九九覚えるらしく、11以降はやりこみ勢向けの裏面または続編だろうか。意外と簡単な11の段から始まり、通常面の最難関だった7の段を応用する14の段や、新機軸の13・17・19の段など、こちらもバラエティに富んでてやりこみ甲斐があると思う。
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個人的に「自分の頭で考えましょう」というよくある言説は限界があって、やはり「自分の頭で調べて試して考えよう」までがセットであるべきだと思う。批判的思考含め調べられること、調べた結果の不十分なところを実際に試せることを抜きにして「考える」だけでは大した判断はできない。
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若者や部下から「お疲れさま」と言われて無礼だと憤る人と、「少なくとも平成初期には目上の人に『お疲れさま』ということは礼儀正しいとされていた」という日本語学者の先生のツイートを立て続けに目にして、日本人この20~30年でどんだけ疲れて心の余裕失ったのか、と考えている。
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礼儀とかマナーとかそういうやつ、「きちんと敬意を払いたい相手を喜ばしたり少なくとも不快にさせない非言語な方法」というものなので知っておいた方がいいのは間違いないんだけど、大した恩恵与えたわけでもない相手がその姿勢示さなといちいち不機嫌になる人「自分を何様だと思ってるんだ」感ある。
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学生時代に勉強したことについて、
・国 何を言語化できるか
・数 何を計算できるか
・理 どれほど自然理解できたか
・社 自国と他国理解できたか
・英 自分の理解外国語で説明できるか
という風に整理すると、けっこう全部大事だし、そのへん未履修なせいで苦労してる大人もたまに見かける。
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心理学の研究上「後に起こったことによって過去の記憶が書き変わる」という仕組みを人間は持ってるそうなので、辛いことはその場で意味付けを変えてしまうとよいのかもしれない。具体的には脳内で
「逆境。だがこの経験が、後に彼の爆発的な成長に繋がるのである」
みたいなナレーションつけるとか。
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日本に何千万人かはいるだろう「穏健な思想を持った政治に関心なくて投票しない人たち」の政治的影響力ゼロな一方で、その1000分の1程度の規模しかない、「数万人が同じ方向で熱心に政治にお金と時間ガンガン使う集団」がやべぇことを実現させるための政治的影響力は意外と大きかったりするのだ。
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最近のTwitter、攻撃的なリプライとかして人からブロックやミュートされたりすればするほど他の人のリプライ欄でも表示されにくくなるみたいな仕組みだっていう話を聞いて、自分が誰からも見えてない透明人間状態なのにそれに気づかずリプライ欄で攻撃的に絡んでる人とか想像するとちょっと泣ける。
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おせちの縁起全般、ただのダジャレじゃねぇかということが昔から気になっていて、色んな人ん家の「ダジャレ好きな親戚のおじさん」の発言が長い年月かけて伝来したり集積したのがおせちの由来なのではないかという偏見と共に毎年新年を迎えている。
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中国やインド出身の人たちでも優秀な技術者の人件費は国際的にどんどん高騰していて、逆に日本人だと1千万も出せばかなり優秀な人が雇えるというのは世界的に見て超割安である。日本企業みんな、このアドバンテージに気づいて、実践して、価値に変えられるような経営や製品開発をしたらいいのに。
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大学以降の専門的な勉強では、物理において数学のセンスが問われ、化学において物理の理解が問われ、生物において有機化学の知識が問われたりするんだけど、高校の進路指導はあまりこのへん言及せず、高校までに得意なことをそのまま専攻しようとして苦労する若者をちょくちょく見かけたことがある。
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ちょくちょく差別的なこと言う人見かねて「さすがに今時それは…」みたいに注意すると「そんなこと言われたら言いたいこと何も言えない!」みたいに逆ギレされることたまにあるんですけど、これそのまま受け取ると「差別発言以外に言いたいことはない!」っていう話で、話題の少なさ異常すぎないか。
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「データが石油」って例えに基づくと、そこから合成繊維とか合成樹脂、あるいは生成された燃料使う内燃機関を生み出すとか、さらにはそうした素材を便利に使いこなす最終製品作ってはじめて価値が出る。データについても素材の方はだいぶ揃いつつあって、今やるべきは最終製品をどう作るかだと思う。
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勉強と研究の違いは、前者が「正しいとされる知識を正確に覚えること」であるのに対し、後者は「人類が何を正しくわかってないかに気づいて適切な調査や観察により正しい知識を増やすこと」である。いわゆるクイズ番組は前者に偏りがちなので、なんとか後者で戦うコンテンツは作れないかと考えている。
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100万円ていう金額、宝くじ当たらなくてもクイズに正解しなくてもZOZOの社長フォローしなくても、ふつうにビジネスしてれば世界中でビュンビュン請求書や領収書が飛び交う金額なので、そのリアリティが感じられるまではムリに法的に保護された労働者としての権利を手放さなくていいと思うんだ。
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「学校でもっと実用的なことを教えろ」みたいな主張聞く度、自分が若い頃学んだ「当時の実用的なこと」が既に実用的じゃなくなってるスピードを思い返す。20年も経つと当時実用的に使われてたはずのITとか機械学習技術全般、思った以上に見なくなってませんか。
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「努力は報われる」というよりも「努力はアドバンテージになりうる」というのが正しいんだと思う。どんな人でもできることを人と同じようにやってても何の差別化にもならないけど、人がやるべきことをためらってるようなことをたくさんやれば、それだけでたいていの競争は有利になる。
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「人生に無駄な苦労などないから」みたいなこと言って人に苦労させたがる方いますけど、あれ「俺の人生の苦労を無駄なもの扱いしないで」っていう感情的側面がある気がする。自分が苦労して何かを学んだことと、他人が同じ苦労すべきかは全く別問題で、苦労せずによりよく学べるならそっちの方がいい。
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統計が、というか数量的な思考がなぜ大事かというと、ただの言葉より何かを比べるのにとても便利だからである。
・八村塁は大きい
・東京タワーは大きい
・富士山は大きい
って言葉は全て正しいけど数量的な意味は桁違いに違う。一般論として「○○は危険」という話も全く同じで数量的に考えるべき。
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人間、たかだか室温を21℃から10℃に下げたぐらい脳の血流量が2割ぐらい下がったり、パズル解くのに必要な時間が2~3割ぐらい伸びる生き物らしいので、自分の身を置く温度環境には注意したいところである。bbc.com/japanese/featu…
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例えば彼は、1900年時点のロシアの農村で「北極には常に雪がある。常に雪がある地域のクマは白い。では北極のクマは何色?」という論理学の問題を出すと、「俺が今まで見たクマはみんな茶色だった」と答えられたというエピソードを紹介している。ted.com/talks/james_fl…