276
「子どものこと」で相談に来るのはひとり親家庭に限らず大半が母親。その事実からだけでも家事育児負担の不均衡とか母親への社会的な期待や抑圧とか男女の賃金格差とか男性の相談のしにくさとか、様々なジェンダーギャップが透けて見える。子ども支援をするとジェンダー問題に無関心ではいられなくなる
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DV加害者が社交的で(いわゆる「外面」が良くて)行事にも積極的に参加して地域や学校での評判が良くて、被害者は精神的に追い詰められて抑うつ状態になって人付き合いを避けたり行動が不安定になって周囲からの評判がどんどん下がって陰口言われたりして孤立してく
って案件が山ほどあって、つらい
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なんならDVが明らかになった後も「あんな奥さん/旦那さんなら一緒に暮らしてると手を上げたくもなるよね」って加害者が擁護されたり「虚偽なんじゃないの?」って言われたりもする。ほんと、ほんとつらいよ
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「こども食堂を知ってますか?貧しい家庭の子どもたちが…」なる広告をクリックしたら「貧困の子たちが来るこども食堂に寄付を」というサイトに飛んだ。「子どもの貧困対策にはこども食堂を」という文脈が「子どもの貧困」への社会的な理解を歪曲し、行政による(根本的な)対策を後退させてるのに→
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こども食堂運営者が「子どもの貧困問題に取り組んでいます」と自称し、それだけでなく「子どもの貧困」をダシに寄付を募り、またこども食堂にやってくる子たちへのスティグマを強化するような広告を、大手ニュースサイトに大々的に展開する。ちょっとこれ、許容できない
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「こども食堂を増やそう」というアクションの担い手にもあると思う。そろそろ私たち、いったん立ち止まってちゃんと顧みる必要があるんじゃないかな?
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貧困という構造的問題に対し「こども食堂」にできることには限りがある。場所づくり、つながりづくり、見守り、相談できる関係性…そういった役割は大切でも「貧困対策」ではない。それを「子どもの貧困対策にはこども食堂」という文脈にすり替えることで→
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行政や大企業に対して本来の「対策」に充てられるべき予算や取り組みを縮小させるエクスキューズを与えてしまっている。「こども食堂」というキャッチーなアイコンを貧困対策と紐づけることで、貧困対策そものもががどんどん軽んじられてしまっている
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「子どもの貧困対策」は基金頼み、かつての内閣総理大臣が子どもに向かって「こども食堂に行ってみよう」などと呼びかけ「助けを求めれば支えてくれる人がいるよ」と自助を求め「未来を決めるのはあなた自身」と突き放す、そんな「貧困対策」がなかなかアップデートされない責任の一端は→
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こういう事態が生じるから、「ネットワーク」の類とはどうしても距離を置いてしまう。当事者不在の組織化によってミッションよりも組織の運営と延命が優先され、やがて地に足がつかなくなってしまうだろうから。
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悲しい事件の当事者たちの多くが申請主義の犠牲者なのかもしれない。「どうぞ気軽に相談してください」「あそこに相談してください」って言い放しは支援じゃない。相談は気軽にできるものじゃないし、二次加害にもなるし、困窮が深いほど忌避してしまう。「相談することを支援する」相談支援が必要 twitter.com/askhumancare/s…
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私の講演を聴いた高校生が福祉や心理の道を目指してくれてその動機がただ困ってる人を助けたいではなく「制度の隙間という構造的問題の犠牲になる人を置き去りにしない新しいシステムを作りたい」とかだとすごく嬉しいけどそれ以上にその問題を君らの世代にまで残してしまって本当にごめんってなる
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誰からも怒鳴られない、威圧されない、誰かからの評価を気にして怯えない、そんな環境が整って10年ちょいだけど、気づいたら「失敗」が少なくなってる。周囲や自分を傷つけ裏切るような選択をしなくなった。失敗するから怒鳴られると思ってたけど、怒鳴られ威圧されジャッジされるから失敗してたのかも
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車が無いと生活に困る僻地で運転免許や自家用車を持っていない女性(専業主婦)に出会うことがある。「主人が運転に反対するので」と話す。配偶者に話をきくと「外出が必要な時は自分が連れて行くから問題ない」「主婦に運転は必要ない」「家内に(女に、と言うことも)運転は無理危ない」などと言う→
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もちろん働いていない。「働かずとも自分が養うから問題ない」と配偶者は言う。
疾患や障害で本当に運転が「無理危ない」ってわけじゃなく、ただ一方的に運転=自由な移動が禁じられ、女性の側も「不便だけど今までなんとかなってきた」し「稼いでもらっている」し、そして→
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「どうせこの人は聞いてくれない」から何も言わない。
暴力はない。経済的に困窮もしていない。でもDVは支配の構造。自分に依存させ、行動を制限し、無力感を抱かせ、言葉を封じるのは支配。
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「こども庁」という名称は「家庭から独立した、個としてのあなたを守り尊重します」という子どもたちへの力強いメッセージだったはず。それがすっかり損なわれる名称変更に失望する。「伝統的家族観」なんてものは子どもを暴力や搾取から守ってくれやしない。どこ向いてるの? nordot.app/84341397947827…
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むしろ、まだまだそっちが多数派なんだと思う。権威の側ならばなおさら。「こども庁」という名称は、その権威に抗ってひっくり返した。たかが名称じゃない、すごく価値と意味のあること。守らなきゃいけない。
#こども庁でお願いします
#こども家庭庁に反対します
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Twitterタイムラインでは「こども家庭庁」に反対の声が多数だけど、現場は「母親の愛情不足による愛着障害」とか「父性の不在による悪影響」とか「親学の先生呼びましょう」とかって魑魅魍魎ワードが教育や福祉や医療の「専門家」からバンバン出てくる前近代的魔窟だったりする。もちろん地域差もある
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親学のヤバさは似非科学だけじゃない。ふわっと言葉で人権尊重を装いながら中身は子どもの権利の軽視・多様性の否定・ジャンダーロールの押し付け。じわじわ子と親を追い詰める真綿のような加害性。画一化を求める教育と相性良い上に「良いこと言ってるっぽ」だから学校にするっと入り込んでくる。厄介
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「こども家庭庁」の名称。たかが名称という声がある。例えばこの名称が「家庭」を相対化しつつ「子どもを守る場と人ごと支援しましょう」という意図での変更なら、ここまで批判は高まらなかったと思う。
「伝統的な家族観を重視する保守派への配慮」なんてのが理由だから「ふざけんな」なんです
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クリスマス大晦日お正月成人式と年末年始は「当たり前の家族の幸せ」幻想の押し売りがキツい。クリスマスのプレゼントやディナーも年末年始のご馳走や団欒も成人式の振袖もこの日本ではもはや誰もが「当たり前」に得られるものじゃないのにそれが当たり前だという幻想が振りまかれる。そりゃ調子崩れる
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まだこんなことやってるの?貧困対策に必要なのは「やさしさ」ではなく国家予算です。そして貧困対策はこども食堂や学習支援団体の役割ではなく行政の仕事です。 twitter.com/asahi/status/1…
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理不尽でマッチョな部活をやめようとすると「部活くらい続けられないと社会で通用しないぞ」と脅してくる教師がちらほらいるようですが、「部活くらい」やめられなきゃ将来パワハラ上司やブラック労働やDV配偶者に捕まった時に自分を守れないので、さっさとやめましょう
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☆冷蔵庫(ひとり暮らし用)
☆洗濯機(ひとり暮らし用)
☆炊飯器
☆掃除機
☆電子レンジ
☆鍋やフライパン
☆寝具
☆本棚やたんす、衣装ケースなど
他にも必要なものはあれこれあるので、もし「こんなのは?」というものがあればお問合せください→