RT)性同意年齢の引き上げに賛成なのは言うまでもなく、ここぞとばかりに慎重論を持ち出して興奮気味に反対する大人たちを軽蔑もする。だだ私が賛同するのは「子どもは未熟で間違えるから判断できない」という理由ではなく、「子どもが間違えることを利用する大人を罰しよう」という意図においてのこと
「子どもが好きなんです」と言う人の多くは、ひとりひとりの「子ども」じゃなくて「子どもらしさ」が好きなんだと思う。自分が期待する子どもらしさ。だから期待に沿わない言動や反応が返ってくると子どもを突き放したり激昂したり勝手にがっかりしたりする
「こども食堂」を運営する側の大人(の一部)からほぼ定期的に「裕福(に見える)親が子どもを連れてくる」ことに対しての不満、利用を断ったりその子だけ有料にしたり「想定してた(生活困窮)層の子が来ない」ことを嘆くツイートが流れてきますが、子どもの「しんどさ」って困窮だけではないよね→
この「良かれと思ってされた不当な扱いを断る」の、本当にストレスなんですよね。
「社会のせいにするな」じゃなくて、「社会のせい」にした上で「その社会を変えるために構成員のひとりである私は何をすべきか」って話をした方がよくない?
病気かもしれない、体質かもしれない、薬の影響の可能性もある。そして困窮すると食から削られ、削られることで逆にカロリー過多になることもある。どれも「若者世代」と無関係な話しではないよね
地方差もあるけれどここいらは本当に少ないですよ。学歴性別年齢不問をうたってもひとり親女性はなかなか採用されない。採用されてもその給与だけでは到底子育てできない。日々の生活はなんとかなっても「不測の事態」に備えることはできない。稼ぐのは大変、でも手当は簡単に削られるって知ってる?
支援を受けたくば愛想良くしなさい。大学に行きたくば成績を上げて給付型奨学金を勝ち取りなさい。何らかのしんどさを抱えた人は、そうでない人よりも、他者からの評価が高くあることが求められてる。そうしてハンデが上塗りされていく→
思春期。そんな言葉に甘えて目の前の子どもの声から耳を塞ぎ続けるなら、そう遠くないうちに見限られると思う。親が、子どもから。見限られるならまだいい、見限ることができず葛藤を抱えたまま添い続ける子もいる。そうなったら、親はただの暴君です
なんじゃこりゃ。DV・虐待被害者が情報非開示の届出をしないと加害者に情報閲覧される可能性あります。でも届出をしたらマイナンバーカードを保険証として使えなくなります。ってめちゃくちゃにも程がある。しかも保険証廃止してマイナカードにとか言ってなかった?ダメダメじゃないか… twitter.com/bookskuryudo/s…
拡散は意図では無いのでスクショお借りします。貧困の(リスクの高い)女性たちにとって避妊は自分のからだ・生活・将来を守る大切な手段です ということはおそらく理解した上で、こう書けば燃える・ウケるからあえて書いているのだと思います。ネタとして消費してるだけ。なおのこと醜悪です twitter.com/ecog20/status/…
携帯電話を持たない子どもにテレカと児相他緊急連絡先のメモを渡すことが度々ある。家庭が安全でない子たちにとって公衆電話は命綱。経済性優位の社会ではいつも苦しい立場にある人たちが例外として切り捨てられていく 公衆電話の設置数削減へ 総務省の会議で夏をめどに方針 news.yahoo.co.jp/articles/9e7de…
話題の横断歩道で子どもたちがドライバーに一礼するあれ。当たり前のことを要求したり自分の安全を守ったり間違いを正すにはまず「力を持つ側」を良い気持ちにさせなきゃいけなくて、深々と頭を下げた「お願い」ポーズが必要だと、こうやって小さな頃から「学んで」しまうのか。パワハラみがすごい
Twitterタイムラインでは「こども家庭庁」に反対の声が多数だけど、現場は「母親の愛情不足による愛着障害」とか「父性の不在による悪影響」とか「親学の先生呼びましょう」とかって魑魅魍魎ワードが教育や福祉や医療の「専門家」からバンバン出てくる前近代的魔窟だったりする。もちろん地域差もある
「人を見た目で判断してはいけません」と言いながら見た目を画一化するようなルールがあったり、ルールを守りなさいと言いながら校則を守らせるために時に恫喝したり外見を強引に変えたりという法を犯す行為をしたり、自分の頭で考えなさいと言いながら反論を許さなかったり→
「じゃあ今のままでいいか」ってことじゃなくてね、難しさを知らなきゃ必要な手立ても浮かばないってことです。 いろんな状況知った上で「品行方正じゃない母親」にひと言苦言を呈したいって人はもう論外だけど(そういう人もいる地獄)
この日本には、社会から祝福される出産とそうでない出産がある。露骨にある。「産みたいのに産めない人に産む機会を」という動きは「生まれてくる全ての子たちとあらゆる事情を抱えた母親を守ろう」という動きと連動していない。だから警戒する。
人に好かれる、品行方正で愛嬌の良い人ほど多くの助けを得られるのだという事実が、そして他ならぬ「支援者」である私たち自身がそれを是としているという事実が曝け出されてしまった。その後の展開は思い出せないけど、会議の空気がひどく濁って重くなったことだけは記憶してる→
各地で運動会の中止が検討されている。中止反対派は「運動会が無くなったら悲しむ子がいる」と主張するけれど、実は運動会が苦痛で大嫌いな子は一定数いる。そういう子の声は大人にとって望ましくないから封じられてしまう。子どもの声を理由に持ち出すなら、都合の良い声だけ取り上げるのはやめよう。
彼らは合理的な理由と説明を求めてるだけなのに、「黙って言うことをきかない」だけで素行の悪い子扱いをされる。たしかにちょいと「こだわり(って言い方好きじゃないけど)」が強いなって思う子もいるけど、そういう子にとって例えば→
そんな学校の矛盾した姿勢は、本当に苦しい。ただ反抗的なように見られてしまうけれど、すごくすごく苦しんでる。    というフィードバックを学校にしても、「面倒な子」というラベルが追加されるだけでなかなか通じないのが悩ましい…
「次の話には、性暴力被害に関する描写が含まれます。フラッシュバックなどの心配がある方は注意してご覧ください。また121ページまで読み飛ばしても物語に影響はありません」 『とんがり帽子のアトリエ』9巻中の注意書き。この配慮、覗きは性被害だと明言する姿勢、二次加害の描写、全てが誠実
夫婦(恋人)で相談に行ったのに名刺は連れ合いにだけ渡される。男性と(自分の)買い物に行ったのに男性にだけ名刺渡されて男性に向かってばかり説明させる。おそらく女性なら一度や二度、あるいは数限りなく経験したであろうそれ、すごく「削られる」んです。だから同じことを子どもにしたくない
「私にしかできない仕事」なんて実はほとんど存在しない。でも「私しかやろうとしない仕事」はわりとあるなぁと思う
対人支援って「困ってる人から感謝される素敵なお仕事」だと思われてるかもしれないけど、感謝なんかより文句言われたり八つ当たりされたり期待に応えられないと価値下げされたり、そんなことの方がずっと多い。むしろそれが真っ当。だから仕事に感謝とかやりがいを求めると、詰みます。歪みます