初版道(@signbonbon)さんの人気ツイート(いいね順)

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漱石や芥川や太宰や三島を小学生の時から読み始めて、本当によかったと思います。もちろん大人になれば内容の理解は深まるけれど、みずみずしい感性で読めるのは若い時だけです。子どもの頃に出会いたかった作家・作品も少なくありません。だから若い方には興味のある分野の本を沢山読んでほしいです。
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坂口安吾が語る永井荷風。「荷風の部屋へ行くと惨憺たるものださうだ。二ケ月くらゐ掃除をしてをらんのだ。それでずゐぶん散らかつてゐる中に住んでゐて、部屋がない、部屋がないといつて、部屋を探しに歩いてゐるさうだ。さういふのは趣味だと思ふね。」荷風も安吾にだけは言われたくないでしょうね。
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太宰治は「いちばん高級な読書の仕方」を「鷗外でもジツドでも尾崎一雄でも、素直に読んで、さうして分相応にたのしみ、読み終へたら涼しげに古本屋へ持つて行き、こんどは涙香の死美人と交換して来て、また、心ときめかせて読みふける」と語っています。「涼しげに古本屋へ持つて行き」がいいですね。
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泉鏡花は小説を書くことについて「何よりも楽しい、嬉しい、懐しいものだと思つて居る」と語っています。「小説を書くのが実につらい」とこぼしていた芥川龍之介が聞いたら卒倒しそうです。
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太宰治の「本を読まないということは、そのひとが孤独でないという証拠である」という有名な言葉に対して、「現代の若者には全く当てはまらない。孤独であっても本を読まないから」という意見があるそうです。恐らく太宰が誰に対して、どんな思いで吐き出した言葉か知らないのでしょうね。
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永井荷風は59年前の今日、この世を去りました。発見されたのが朝だったから、各新聞は夕刊で大きく報じています。画像は珍しい地方紙の記事。これらを文学アルバムや展覧会図録で見ることは、ほとんどありません。発見者の名前の記述は、とみ・トヨ・とよ・手伝いのばあさん、とそれぞれです。
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今日は芥川龍之介の命日「河童忌」です。芥川は解剖されておらず、死因は永遠の謎。多量の睡眠薬の服用説が一般的ですが、衰弱した彼に飲むことができたのか。だが青酸カリ説は入手経路の問題があり(諸説あるも実証不可能)、夫人の証言とも矛盾します。ちなみに芥川の死亡診断書は見つかっていません。
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今日6月13日は太宰治の命日です(戸籍上は14日死亡)。命日よりも遺体発見日(桜桃忌の19日)の方が有名なのは、世の中で太宰くらいでしょう。しかも19日は彼の誕生日。郷里では生誕祭も行われますが、墓前でも供養と共に「おめでとうございます」と言ってあげたいです。
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芥川龍之介の「理由は一つしかありません。僕は文ちやんが好きです。それでよければ来て下さい」というプロポーズの言葉は素敵ですが、その前の「僕はからだもあたまもあまり上等に出来上がつてゐません。(あたまの方はそれでもまだ少しは自信があります。)」も謙虚すぎて可愛いですね。 #求婚の日
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室生犀星は、いつも牛乳を飲むと「愛情を溶かしたものではなからうか」と感じ、「牛乳ほど愛情のこまやかな飲料は古今に稀であらう」と書いています。母乳の話ではありませんが、生後すぐに実母から引き離された犀星の悲しみを連想してしまうのは、思い込みが強すぎるでしょうか。
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谷崎は食べるのが速いので、よく煮たもの以外箸をつけない鏡花は鍋の中に仕切りを置き「君、これは僕が喰べるんだからそのつもりで」と。しかし谷崎は忘れ、鏡花が「あツ君それは」と言っても間に合わず。その時の鏡花の情けない顔つきが可笑しくて、谷崎はわざと食べてしまったことも。悪い奴ですね。
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今は昔、「親も教師も誰も自分をわかってくれない」と言って投げやりになっていた高校生に『人間失格』の文庫本を渡したことがありました。翌日飛んできて「もっとこの人の本を読みたい」と。彼は今、僻地の中学校で国語を教えています。きっと目を輝かせて『走れメロス』を教えているのでしょう。
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昭和28年の今日、堀辰雄が死去。「君にあつたほどの人はみな君を好み、君をいい人だといつた。そんないい人がさきに死ななければならない、どうか、君は君の好きなところに行つて下さい、堀辰雄よ、さよなら」師事した室生犀星の弔辞です。堀は天国のもう一人の師、芥川龍之介の所へ行ったのでしょう。
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日本の近代文学に関心がある方に、明治以降の日本の近代史を一通り知ることをお勧めします。作家の思想形成にも作品の内容にも、周囲の環境だけでなく時代や社会の動きが影響を与えていることも多いからです。時代背景の知識は、文学作品の鑑賞をより楽しく、味わい深いものにしてくれるでしょう。
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三島由紀夫は谷崎潤一郎を「内心は王者をも挫ぐ気位を持つてゐたらうが、終生、下町風の腰の低さを持つてゐた人」と評し、三島が席に忘れたコートを、追いかけて渡してくれたことを回想。「文士の世界では、どんなヒヨッコでも一応、表向きは一国一城の主として扱へ」というモラルを教わったそうです。
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第1位 石川啄木『一握の砂』署名本 ヤフオクで商品説明に「見返し紙が表紙の裏に貼付」とあったためか、格安で落札。剥がしたら憲政の神様尾崎行雄宛献呈本でした。啄木の署名本は超稀で、『一握の砂』は3冊のみ現存を確認。署名が姿を見せた瞬間の感動と興奮は忘れられません。#私が掘り出した初版本
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『文豪たちが書いた耽美小説短編集』(彩図社)です。このラインナップを「耽美小説」で一括りにするのは無理があるけれど、なかなか良く考えられたセレクションだと思います。
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芥川龍之介は海軍機関学校教官時代に「いまごろ、ヨーロッパでは、ばかなことをしているだろうな?」と呟き(第一次世界大戦)、理由を尋ねた生徒に「君には、それがわからんのか?人殺しをやってることがばからしいことなのだよ」と。130回目の誕生日の今日もロシアの為政者にそう言っているでしょう。
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佐藤春夫の葬儀における弔辞では、親友の堀口大学と日本ペンクラブ会長の川端康成が有名ですが、個人的には、あまり知られていない檀一雄の弔辞に最も心を動かされます。その結びをご紹介しましょう。「先生。さようなら、何れ私達がまた悠久の無に帰する迄、先生。さようなら 不徳の門弟 檀一雄」
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今日は梶井基次郎の命日です。『檸檬』から『のんきな患者』まで、彼の実質的な作家活動はわずか7年で、完成した小説は20編にすぎません。しかし梶井の命の炎は儚く消えたけれど、残された作品は今もなお眩いばかりの輝きを放ち続けています。梶井基次郎は永遠に日本近代文学の至宝です。
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太宰治と情死した山崎富栄の父親は、遺体発見前も当日も、太宰夫人への謝罪の言葉を中心に新聞でコメントしました。娘が悪者扱いされることへの憤懣遣る方ない思いを、押し殺しての発言でしょう。画像は富栄の前に佇む父親の珍しい写真です。心中察するに余りあり、見る度に涙を抑えるのに苦労します。
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@asahisan0101 素晴らしい発見ですね!リツイートさせていただいても、よろしいでしょうか?「いいね」が沢山付いてしまいますが。ご迷惑であれば、ご放念ください。ちなみに下編の背の絵柄は「魚」です。
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今日は織田作之助の誕生日です。画像は太宰治・坂口安吾との鼎談「歓楽極まりて哀情多し」のラストの会話(初出雑誌『読物春秋』より)。話が支離滅裂になり、編集部が「今日はこのへんで、どうも」と打ち切っています。この後、3人は銀座のバー「ルパン」に行き、あの有名な写真を撮ったのでした。
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谷崎潤一郎は北原白秋の雑誌追悼号で、「もう十年、氏を盲目の世界に生かして置いたら、どんな境地まで進展したであらうかと思つて、それを限りなく惜しむのみである」と語っています。追悼文としてユニークなこと他に比類なく、さすがは「春琴抄」の作者としか言いようがありません。
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昨日の朝ドラ「エール」で、戦前の古本屋に来た若い女性が『吾輩は猫である』の表紙を見て初版と察知。理由は上巻に「上」の表記がないから。戦後の複製本が小道具なのも気にならないほど感動しました。ただし8版までの表紙は「上」の表記がないので、厳密には表紙だけで初版かどうかはわかりません。