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今日は夏目漱石の155歳の誕生日です。明治は遥か遠くになりましたが、今でも漱石の作品は年齢性別を問わず多くの人々に愛されています。綺羅星の如き近代作家の中でも、漱石ほど国民作家という言葉にふさわしい文学者を他に知りません。これからもこの国がある限り、永遠に読み継がれていくでしょう。
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芥川龍之介は知りあったばかりの堀辰雄に「そのままずんずんお進みなさい」と励ましています(大正12年11月18日付書簡)。夏目漱石が「鼻」を激賞した書簡で「頓着しないでずんずん御進みなさい」と激励してから7年9か月。芥川は亡き師の言葉を片時も忘れたことはなかったのでしょう。
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菊池寛は「漱石全集は文学に志す人、文学を愛読する人は一度は読んで置くべきだ」とした上で、「漱石、白鳥、秋声の作を読まずに月々出る雑誌の創作欄ばかり読んでゐるやうな人は結局つまらぬ文学青年でしかあり得ない」と断じています。漱石と並べて白鳥、秋声の名前を挙げるところが興味深いですね。
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菊池寛は芥川龍之介の作品の愛読者を自認し、「志賀君と谷崎潤一郎君と君のものと丈は、万難を排して読んで居る。読めば必ず報いられるからだ」と語っています。菊池が芥川を愛読したことは当然ですが、「万難を排して」志賀と谷崎を読んだことは驚きを禁じ得ません。さすがは小説の神様と大谷崎です。
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今月で定年退職する知人の大学教授が研究室の本(約800冊)を売却するために古本屋を呼んだところ、「値が付かない本ばかり」との査定で、逆に処分代金(手間賃+運送費+潰し費用)として10万円を請求されたそうです。近年しばしば耳にする話で、「思ったよりも高く売れた」という声は滅多にありません。
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「文豪で一番若い時からお酒を飲んでいるのは誰ですか?」という超難問をいただきました(笑)。誕生日が「愛酒の日」になっている若山牧水も、その早稲田大学の同級生で実家が酒造業を営んでいた北原白秋も、飲み始めた時期は存じません。15歳で酒の味を覚えていた中原中也は、確実に早い方でしょうね。
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北原白秋は「啄木くらゐ嘘をつく人もなかつた。然し、その嘘も彼の天才児らしい誇大的な精気から多くは生まれて来た」と。与謝野晶子も「石川さんの嘘をきいてゐるとまるで春風に吹かれてるやう」と。嘘をこれだけ評価された人が他にいるでしょうか。しかも相手は、あの白秋と晶子。さすがは啄木です。
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今日は樋口一葉の誕生日です。泉鏡花は「紅葉先生の書かれるものでも、露伴先生の書かれるものでも、どうかすると、私にも、書けないことはないと私は思つた。しかし一葉の『たけくらべ』は私には絶対に書けないと思つた」と。神の如き師紅葉や大文豪露伴を引き合いに出すほど高く評価していたのです。
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夏目漱石と森鷗外、この2大文豪に焦点を絞った文学展は、不思議なことにほとんど開催されたことがありませんでした。しかし今秋、大きな規模で実現することになり、全面的に協力いたします。詳細は近々発表。どうぞお楽しみに。
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今日は谷崎潤一郎が千代夫人と離婚し、佐藤春夫が彼女と結婚することを3人の連名で発表した日です。世に「細君譲渡事件」と称され当時の新聞にも「友人春夫氏に與ふ」とありますが、物ではないのだから千代夫人の尊厳を傷つける呼び方はいかがなものかと。春夫に愛された千代は幸せだったと思います。
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稀覯本や貴重本に触れる時、いまだに手袋をしている人を目にしますが、素手の方が良いです。手の汗や汚れは洗えば問題ないけれども、手袋に付着した埃は目立たず、またページを捲る時に紙を痛めるリスクがより大きくなります。手袋のメリットは「本を大切に扱っている」というアピールくらいでしょう。
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悲しい時、辛い時、苦しい時ほど、傍らに本があることが救いになってきました。たとえ読むだけの精神的なゆとりがなくても、本の背表紙を見るだけで心が安らぐのです。本に囲まれた人生で本当に良かった。還暦を前にして心からそう思います。
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「梶井君が、一人の三好達治君を親友に持つて居たことは、同君のために生涯の幸福だつた。」「梶井君は三好君に対してのみ、一切の純情性を捧げて、娘が母に対するやうに甘つたれて居た。おそらくあの不幸な孤独の男は、一人の三好君にのみ、魂の秘密の隠れ家を見付けたものであらう。」by 萩原朔太郎
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芥川龍之介(の文学)が好きな人の中には、太宰治(の文学)は嫌いという人も結構いますが、太宰は好きで芥川は嫌いという人は少ない気がします。太宰は芥川が好きだったけれど、芥川は太宰を知らなかった(だから好きも嫌いもない)ことが影響しているのでしょうか。ちなみに二人とも好きです。
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太宰治くらい行状が批判される作家も少ないですが、「谷崎も大学除籍だし、啄木も借金まみれだし、芥川も妻以外の女性がいたし、有島も心中しています」と擁護する人には、「全部当てはまるのは太宰だけ」などと混ぜ返さないで、「小説家は小説の魅力がすべてだから気にしないで」と言ってほしいです。
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芥川龍之介は「今までよく皆に悪く云はれた小説で先生にだけほめて頂いたのがありますさう云ふ時には誰がどんな悪口を云つても平気でした先生にさへ褒められればいいと思ひました」と手紙に書いています。「先生」はもちろん夏目漱石、宛先は鏡子夫人です。こんな風に思える先生と出会いたかったです。
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