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彼の芥川龍之介に「夜半の隅田川は何度見ても、詩人S・Mの言葉を越えることは出来ない」と言わしめるのだから、やはり室生犀星も凄い詩人です。ちなみに犀星の言葉とは「羊羹のやうに流れてゐる」であります。
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泉鏡花が夏目漱石の没後、親愛の情を込めて「夏目さん、金之助さん、失礼だが、金さん」と語ったのは有名ですが、弟への手紙に「猫夏目の処へわざわざ出かけたがネ、留守」と書いているのはあまり知られていません。「猫夏目」とはさすが鏡花。上手すぎます。
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佐藤春夫によれば、泉鏡花は作品中で「紅葉」(もみじ)という文字を避けて「霜葉朱葉その他の文字」をわざわざ使ったそうです。「紅葉」が一度も出てこないかは知りませんが、確かに「折から菊、朱葉の長廊下を」(『妖魔の辻占』)など用例はたくさんあります。鏡花を弟子に持った尾崎紅葉は幸せですね。
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今日は正岡子規の命日です。遠くイギリスで訃報に接した夏目漱石は、「倫敦にて子規の訃を聞きて」と題し、5句を高浜虚子に書き送りました。特に「手向くべき線香もなくて暮の秋」は秀句です。漱石は『吾輩ハ猫デアル』中編の序文で親友を追悼。誰よりも彼に『猫』を読んでもらいたかったのでしょう。
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隣のテーブルにいたご婦人の「織田君よくやった」という言葉を小耳に挟み、太宰治の「織田君! 君は、よくやった」をお茶の席で話題にするとは、何と素敵な方だろうと思ったら、フィギュアスケートの選手の話題でした。「『織田君の死』ですね」などと、得意げに話しかけなくて本当によかったです。
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永井荷風はフランスから帰国後「日本に帰つて先ず感ぜられるのは、亜米利加や仏蘭西などの生活状態に比べて、我国の其れは、如何にもセカセカして余裕もなければ、趣味にも乏しいと云ふ事だ」と書いています。もし今、荷風が蘇ったら、21世紀になっても日本は殆ど変わっていないと嘆くかもしれません。
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三島由紀夫は「何がきらひと云つて、私は酒席で乱れる人間ほどきらひなものはない」と書いています。三島が中原中也と酒を飲んだら、間違いなく大嫌いになっていたでしょう。ちなみに酒席で中也に絡まれ、三島にもその文学が嫌いだと言われた気の毒な作家は太宰治。それでも太宰は酒が好きでした。
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フォロワーさんにプレゼントした芥川龍之介の初版本が、台風19号により水没してしまったそうです。大切にされていたようで嘆き悲しみが深く、少しでも慰めになればと願い、後日同じ本を差し上げることにしました。改めて、天災や戦災を免れて現存している書物のありがたさを感じないではいられません。
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太宰治と同じ三鷹の山本有三は「太宰治様とは年代もちがいますし残念なことに何の交渉もございませんでしたのでなんの資料も持ち合わせておりません」と。しかし娘の玲子さんは『人間失格』執筆中の太宰と熱海で会い、夫(後の新潮社社長)と相合傘を勧められ「イヨーッ!。ご両人!」と言われています。
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芥川龍之介は室生犀星について、「僕を僕とも思はずして、『ほら、芥川龍之介、もう好い加減に猿股をはきかへなさい』とか、『そのステツキはよしなさい』とか、入らざる世話を焼く男」だが、「僕には室生の苦手なる議論を吹つかける妙計あり」と書いています。「僕を僕とも思はずして」がいいですね。
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明治45年4月13日、石川啄木危篤の報を受けた若山牧水は急ぎ駆け付けました。啄木は牧水の顔を見つめ、かすかに笑ったそうです。啄木が最も心を許した歌人は牧水だったはずだから、彼に最期を看取ってもらえたのは幸せでした。後年、牧水は啄木の故郷を三回訪問。盛岡には二人の友情の歌碑があります。
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芥川龍之介は「僕は若い時は手当り次第本を読んだもんです。小説と云わず、戯曲と云わず、詩歌と云わず、其他の学問の本と云わず、何でも滅茶苦茶に読んだんです」と語っています。多読したからといって、誰もが芥川になれないのは当然ですが、多読しなければ、芥川は芥川でなかったかもしれません。
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吉行淳之介が川端康成に、銀座の酒場も近頃高くなったので滅多に行きませんと話したら、「じゃ勘定払わなきゃあいいじゃありませんか」と。吉行は「高僧の一喝にあったような気がした」そうですが、さすがに川端ともなると人の受止め方が違うもので、一般人が言ったら単なる無銭飲食の勧めであります。
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天皇陛下が退位されたら、かつて「お供も警護もなしに1日を過ごせたら何をなさりたいですか」と問われ「透明人間になって、学生時代よく通った神田や神保町の古本屋さんに行き、もういちど本の立ち読みをしてみたいですね」とお答えになった皇后さまが、神保町を散策できる日も来るかもしれませんね。
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芥川龍之介自殺への感想一文(独断的選択)。泉鏡花「エ﹅﹅夢ぢやないかな、夢であつてくれゝばいゝが、なんで死んでくれたか、うらめしい。」薄田泣菫「芥川氏はもう生きることに飽きたのだ。」久米正雄「かれは要するに第二の北村透谷だ。」室生犀星「今、自分は疲れてゐて、何も云ふことはない。」
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今日2月17日は、梶井基次郎の誕生を祝うもよし、命日の坂口安吾を偲ぶのもよいでしょう。しかし文豪森鷗外の誕生日(新暦)であることも、どうぞお忘れなく。