初版道(@signbonbon)さんの人気ツイート(いいね順)

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中原中也の誕生日にあたり、誰も言及したことがないであろう細かすぎる情報をひとつ。『山羊の歌』の署名本を見ると、ほぼ全ての本で献呈署名の対抗ページに文字が映っています(画像参照)。これは明らかに墨が乾く前に本を閉じたからで、もしかしたら中也は少しせっかちだったのかもしれませんね。
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菊池寛が第四次『新思潮』の編集後記に書いた文章です。芥川龍之介の小説を、田山花袋が「何処が面白いのか分らぬ」と批評したのに対して、「僕達が田山氏の作品を読んで何処が面白いのか分らぬと全く同じだ」と反論。本音なのでしょうが、親友への批判に黙っていられない菊池の男気もまた感じます。
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「初版本、初版本」と騒いで(?)いるのは、初版本に関心を抱く人が激減し、絶滅危惧種だからです。読書は文庫本でも電子書籍でもできるし、安価で手軽に読めることは非常に重要でしょう。しかし作者が心血を注いだ作品を本として初めて世に送り出した初版本も、後世に残るべき大切なものだと思います。
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志賀直哉が若い頃に夏目漱石の小説を愛読したことは有名ですが、泉鏡花の小説にも熱中する時期がありました。志賀は「自分が実母を失つた経験から鏡花の亡き母親を憶ふ物語には心を惹かれた」と回想しています。鏡花が母を亡くしたのは9歳の時でした。名はすゞ。奇しくも生涯を共にした妻と同名です。
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中原中也は若い人に人気が高い一方で、大人になるまで読んだことがない人には敬遠されることも。しかし、大人が鑑賞しても素晴らしい詩ばかりです。信じられない方に小林秀雄の『山羊の歌』推薦文を贈ります。「嘘だと思つたら詩集を買つて読んでごらん。彼が当代稀有の詩人である事がわかるだらう。」
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谷崎潤一郎の『人魚の嘆き』(大正6年、春陽堂)初版無削除本に異装版が出現しました。表紙が白色でタイトルと著者名の書体が異なります。この版は、初版削除本と重版本(共に挿絵2枚)の存在は知られていたものの、挿絵が4枚揃った初版無削除本は初登場。『人魚の嘆き』は拘ってきた本だけに嬉しいです。
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昭和2年、芥川龍之介は谷崎潤一郎に森鷗外の『即興詩人』重版本を贈りました。谷崎が神戸の古本屋で買いそびれたのを聞いたからで、「初版でなくつてもよござんすかね」と確認したそうです。芥川の死後、谷崎はそれが形見分けだったと気がつきます。両文豪が手にした『即興詩人』の行方は存じません。
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作家の戒名には「文」が多いです。夏目漱石「文献院古道漱石居士」芥川龍之介「懿文院龍介日崇居士」太宰治「文綵院大猷治通居士」中原中也「放光院賢空文心居士」三島由紀夫「彰武院文艦公威居士」。もちろん「文ナシ」もいて泉鏡花は「幽幻院鏡花日彩居士」。この美しい戒名は佐藤春夫が付けました。
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萩原朔太郎の『月に吠える』無削除版を前橋市に寄贈したことにより(前橋文学館所蔵)、紺綬褒章を受章しました。本1冊の寄贈で同章が授与された例は過去にないそうで、大変光栄です。近代文学に導いてくれた前橋女子高校出身の母も、きっとお墓の中で喜んでいると思います。 youtu.be/N0JHhgT_Qkk
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明治時代に書かれた泉鏡花の新出の俳句が、令和になって大量に見つかるのだから、くどいようですが日本近代文学は眠れるお宝がまだまだ山のようにあります。発掘するのは皆さんかもしれません。
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大正時代の「文壇人女見立之図」(その二)です。谷崎潤一郎ーダンサー、佐藤春夫ーショーガール、近松秋江ー老妓、泉鏡花ー義太夫、芥川龍之介ー殉教徒、菊池寛ー令嬢、里見弴ー踊りの師匠、志賀直哉ー貴婦人とあります。芥川の助を介に直したり、菊池の服に将棋の駒をあしらうなど中々芸が細かいです。
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草野心平語録 ①「若い文学の友よ。どうか白秋を読んでくれ。その厖大さに遠慮なく驚いてくれ。」 ②「現在の日本詩壇に天才がゐるとしたなら、私はその名誉ある「天才」は宮沢賢治だと言ひたい。」 ➂「中原よ。地球は冬で寒くて暗い。ぢや。さやうなら。」  心平も間違いなく天才詩人だと思います。
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横光利一『蠅』の原稿を受け取った菊池寛は「君の蠅は、のせる。君のだけが小説だ」と書き送り、『文芸春秋』大正12年5月号に掲載され出世作となりました。「君のだけが小説だ」、新人作家にとってこれ以上の誉め言葉があるでしょうか。横光はこの手紙を読んだ時の感激を終生忘れなかったと思います。
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菊池寛は芥川龍之介について「自分は彼の将来に就いては可成安心してゐる。芸術家も芸術家的壮心がなくなると駄目だが、芥川などは四十になつても五十になつても、かうした心持を失はないだらうと思ふ」と書いています。大正9年のことでした。それから7年後の彼の運命を知る者は、ただ俯くばかりです。
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「佐藤春夫は詩人でもない小説家でもない、その中間の変なもの。それでも現文壇では一番好いのだ・・・」中原中也が日記に残した言葉です。芥川にも谷崎にも書けない中也ならではの表現だと思います。
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太宰治『右大臣実朝 他一篇』(岩波文庫)です(もう一作は「鉄面皮」)。太宰は「天才肌の作家というイメージがつきまとうが、執筆にあたって多くの文献を渉猟し、地道な取材を重ねていた点はもっと評価されてよいのではないかと思う」という安藤宏さんの解説が、強い説得力を持つ作品だと思います。
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芥川賞作家の西村賢太さんが死去されました。初めて会ったのは30年以上前。神保町の古本屋太秦文庫(店主が玉英堂書店の先輩店員)でした。その後、西村さんが始めた古本屋「野狐書房」の目録に必ず出品協力をしたものです。時折見せる人懐っこい笑顔が忘れられません。心よりご冥福をお祈りいたします。
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萩原朔太郎『月に吠える』初版本無削除版(大正6年)を落札しました。入手は7冊目です(他に3冊の現存を確認)。削除された好きな詩2篇のページ(これしか開けられなくてゴメンなさい)を捲る時は、何冊目でも変わらぬ興奮と感動があります。宜しければ、新聞記事も併せてどうぞ。asahi.com/area/gunma/art…
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川端康成は「日本の小説は源氏にはじまって西鶴に飛び、西鶴から秋聲に飛ぶ」と語りました。前段は菊池寛の言葉の引用で、後段が川端のオリジナル。秋聲をいかに高く評価していたかわかります。ちなみに「西鶴から」を受ける作家として、川端はもう一人の候補者を挙げています。谷崎潤一郎です。
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国木田独歩が島崎藤村に付けたあだ名はイソギンチャク。どうしてかは知りません。本人が聞いたら嬉しくないと思いますが、悪気はなかったようです。ちなみに、柳田国男によれば「国木田君は好く言へば無造作、悪く言へば無茶な男だつた」とのこと。「無造作」は決して褒め言葉ではないのですが・・・。
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芥川龍之介を知らない青年と新年早々初版本の整理をしました。芥川の本も出てきたので「これ芥川だよ」と言ったら「へー、これでアクタガワなんですね」と。予想外の言葉でしたが、確かに簡単な読みではないのかもしれません。夏目漱石も初対面の芥川に献本する時、漢字でどう書くか戸惑ったそうです。
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梶井基次郎のことを「志賀直哉の文章で泉鏡花の幻想をつづった作家」、すなわち「インテリの鏡花」だと言ったマイナー作家がいます。なかなか鋭いですね。
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海軍機関学校時代の芥川龍之介。晩年の病的な顔を見慣れているせいか、穏やかな表情だと思いますが、よく見ると左目が・・・
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「だまされる人よりも、だます人のはうが、数十倍くるしいさ。地獄におちるのだからね。」(by太宰治) 太宰の言う「地獄」は来世のそれではなく、「生き地獄」のことなのかもしれませんね。
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萩原朔太郎は堀辰雄に「自分は怪談と云ふものを好まない。ちつとも怖いと思つたことがない。しかし、さう云ふ怪談にエロチツクな要素が這入つてくると、それが妙に怖くなり出す」と語り、『牡丹燈籠』を好みました。朔太郎が江戸川乱歩の作品を愛したのも「エロチツクな要素」が一要因かもしれません。