「いつか結婚してさ、家族で幸せに暮らしたいね」「そうだねぇ」学生時代、僕らはよく未来の話をした。夜風が吹く並木道で手を繋ぎながら。今は全てが懐かしい。大人になって僕らは夢を叶えた。「今、幸せだなぁ」「僕もそう思う」同窓会で思い出話をした。僕と君にはそれぞれ新しい家族ができていた。
死んだように生きている。疲れては寝る、を繰り返すだけの日々。この生活をあと何十年続けるのだろう。気怠い夜、ある本のことを思い出した。「人生に迷ったら読みなさい」と恩師に手渡されたものだ。本棚を見てみようとしたが、睡魔に襲われ目を閉じる。今日も疲れた。また明日、気力があれば探そう。
浴衣を着るのは久しぶり。鏡に映る私はいつもより少し大人びて見えた。スマホを手にとり君とのチャット履歴を確認する。待ち合わせは今日の夕方、花火大会の会場前。どんな顔をしていけばいいだろう。君から来た最後のメッセージがくすぐったい。『会場前に来てください。もしも告白への返事がOKなら』
「別れよう」と言われて、うっかり「ありがとう」と返しそうになった。危ない。それじゃ彼女との別れを望んでいたみたいだ。冬の日、白い息を吐く彼女に「分かった」と返事をした。それから最後のハグをして帰った。僕の大事な試験が終わるまで別れ話は伏せておく、そういうところが本当に好きだった。
『会いたい』真夜中にLINEの通知がきた。送ってきたのは甘え下手な彼女。こんなことは初めてだ。まだ終電あったっけ、なかったら電話するか、と考えながらベッドから起き上がる。もう遅いし電話かな。トーク画面を開くと『会いたい』の一言が消えていた。『送信を取り消しました』という表示を残して。
絵を投稿してもちっとも反応がもらえない。そのうちサイトを見るのもつらくなった。若いのに絵が上手い人、評価されている人が山ほどいる。自分が描く理由を見失った。『投稿やめます』と書いた夜、何人かが実は好きでしたと送ってくれた。嬉しくて嬉しくて、幸せな気持ちのままアカウントを削除した。
「140字の物語」今年の人気作TOP4です。 2020年は私にとって初の書籍化が決定した、忘れられない年になりました。 #2020年の作品を振り返る
生まれて初めて年下の彼氏ができた。人懐っこくて、素直で、思わず可愛いねと撫でたくなってしまう。その話を聞いた親友は、神妙な面持ちで口を開いた。「彼氏に可愛いって言わない方がいいよ」そうか、相手にとっては嬉しくないのか。彼女は続けて言った。「私の彼氏、私より可愛くなっちゃったから」
今夜人生が変わるかもしれない。彼がレストランの予約をしてくれたらしい。記念日にだってそんなことしない人なのに。「お洒落してきてね」そう微笑まれてワンピースを新調した。ねえ、どんな顔で待ち合わせに行けばいい?目の前の店は、ここでプロポーズされたいと、付き合う前に私が話したところだ。
深夜の散歩が好きだ。「急に炭酸飲みたくなってきた」「買いに行く?」頷き合い、部屋着とサンダルで夜の町へ。木々はざわざわと揺れ、自動販売機にはヤモリがはりついている。ソーダとコーラを一本ずつ。お互いプシュッと蓋を開けた。この時間が好きだ。どんなに近い場所でも、君は隣を歩いてくれる。
長く付き合った彼女と喧嘩別れをした。クリスマスの直前だった。怒り顔で玄関を出るその姿を思い出しては深く傷ついた。僕が立ち直ったのは、春になり新しい恋人ができてからのこと。今はあの子の幸せを願う。僕はたぶん一生勝てない。喧嘩別れした僕の悪口を、あの子は親友にすら言わなかったらしい。
「どうやって告白しよう」親友は電話の向こうでかれこれ三時間悩んでいる。会う以外の方法で伝えたいらしい。「LINE送れば?」「ネットに晒されるかもしれないじゃん!」「手紙は?」「裏で回し読みされるかも」親友は声を震わせる。私は大きなため息をついた。「そんなやつに告白しようとしてんの?」
彼女からは冷たい人間だと思われている、たぶん。確かに感情の起伏は激しくない。映画を観て泣くこともない。表情がコロコロ変わる彼女とは大違いだ。「私が好きすぎて悶えたりしないの?」「しないね」何を今さら。問1の答えである159という数字から彼女の背丈を想像する、そういう恋をしている。
私は悩んでいた。付き合って半年になるのに、彼は指一本触れてこない。ミニスカートも艶めくリップもまるで無力だった。休日、彼の部屋。今や私は乙女の皮を被った獣だ。「ねぇ……寒い。あっためて」寄り添う私に、彼は「ごめん、ずっと気づかなくて」と謝った。もはや暑い。3枚も毛布をかけられて。
「好き」と「可愛い」を溢れるほどくれる人だった。文字でも、電話でも、二人で過ごす休日の中でも。私に可愛いなんて言うのは今までは両親だけだった。『可愛いね』トーク履歴に残る君の言葉が新鮮で、少し恥ずかしくて、死ぬほど嬉しくて。全てをくれた。「付き合おう」という一言以外は、なんでも。
憧れの部長に手作りのクッキーを渡した。仲間思いで誰にでも優しい人だ。一枚摘んだ先輩は美味しいよ、と笑った。「他のメンバーにもあげるの?」「はい」「気に入ったから全部欲しいな……なんて」そ、それって。ドキドキしつつ残りを全部渡した。家に帰って試作を食べると、悶絶するほどまずかった。
親友は叶わぬ恋をしている。「恋愛には興味がない」と公言している人を三年近く想い続けているのだ。そんな彼のことを可哀想だと思っていた。「もう諦めろよ。絶対振り向かないんだし」親友は答える。「振り向いてもらうってそんなに大事?」その口調があまりに穏やかで、なぜだか少し羨ましくなった。
「嘘つきは泥棒の始まりよ」それが母の口癖だった。素直でいるといつも褒めてくれて。そうやって生きていく、はずだったのに。「御社が第一志望です」「志望動機は……」「今朝はバスが遅れて」ついた嘘の数はもう数え切れず、スーツの下の心臓が重い。この世界で、どうすれば綺麗に生きられただろう。
同僚は恋人にしない、と君は言った。昔から本当に真面目だ。だから二人で飲むようになっても恋心を隠し続けてきた。週末、買い物に付き合ったって期待してはいけない。ルールを守る人だから。ある夜、そんな君が急にデスクを訪ねてきた。「今日飲みにいける?会社辞めるから、伝えたいことがあるんだ」
「ネックレスつけてる?」昼休み、彼女からそう聞かれて冷や汗が出た。制服の下につけようと約束したお揃いのネックレス。毎日つけるのは面倒で、今日は家に置いたままだ。「ごめん……最近つけてなくて」正直に告白すると、彼女は「私も」と笑った。そのシャツの襟からは銀色のチェーンが覗いていた。
「先輩、すき」その寝言が聞こえた瞬間、思わず息を呑んだ。夕日が差し込む部室に二人きり。疲れたのだろう、大好きな人は僕の隣で通学鞄を枕にすやすや眠っている。肩を揺らして起こすと、その目に落胆の色が見えた。「なんだ夢かぁ」僕は頷き、そして口を開いた。「変な寝言を言ってましたよ、先輩」
「せーのでお互いトーク履歴消そうよ」別れ話の後、君からそう提案された。履歴が残ると恋しくなるから、だそうだ。「もう昨日消しちゃった」「ちょ、容赦なさすぎ!」夕方のカフェでげらげら笑う。こんな時でさえふざけた会話ができる君を好きになって、けれどそればかりだったから別れた二人だった。
今日のために可愛い洋服を買い揃えた。動画でヘアアレンジの練習をして、だけど君はスマホを見たまま。「一言くらい褒めてよ」「簡単に褒めないのが俺らしさだから」いつもなら仕方ないな、と諦めるけれど今日は泣きそうだった。らしさが大事なら、褒められたいっていう私らしい感情を無視しないでよ。
高校時代の親友と縁が切れた。大人になった私達はいつの間にか趣味も価値観も変わっていて、会うたびに息苦しさを感じていた。笑い声よりも沈黙が目立つようになった頃、私達は自然と会わなくなった。十年前のツーショットを見ながら思う。離れてよかった、たった一人の親友を嫌いになってしまう前に。
地球を侵略するためにやってきた。人は私を怪物と呼んだ。地球には怪物並みの強さを持つ少年がいて、侵略は難航した。だが、そのうち少年以外の人間は皆いなくなった。「まだ戦うか?」少年は私に聞いた。「人間が残っているからな」少年は攻撃を受ける間際、初めて人間と呼ばれたと嬉しそうに笑った。