後輩の誕生日に何を贈るか迷う。雑誌にはネックレスが人気と書いてあったけれど「好きでもない人からアクセ渡されるのは重い」と話しているのを聞いてしまった。無難にお菓子にするか。けれど結局決めきれず、本人に聞いてみた。「誕プレ何がいい?」後輩はニッと笑った。「新しいピアスがいいです!」
「うちの学年、誰が一番可愛いと思う?」休み時間、廊下から声が聞こえた。隣のクラスの人だった。そうだなぁ、と悩んでいるのは内緒で付き合っている彼。私は耳を澄ます。嘘がつけない人だから、私の名前を挙げるのではとドキドキした。「一番は……秘密かな」なるほど賢い答え方だ。私は三番だった。
私達はいつから間違い探しを始めたんだろう。たぶん近すぎたんだ。「ねえ、靴下出しっぱなし」「うるさいなあ。今は疲れてんの」こんなやりとりをもう何度も。逃げ場のないワンルームはため息で満ちていた。いつどうしてこんな生き方に変わってしまったのか。最初は確かに幸せを探していたはずだった。
「私、料理下手だよ」初めて泊まった彼の部屋でふいに泣けてきた。不安で言葉が溢れてくる。「すぐ嫉妬するよ」彼は黙って私の手を握っている。「子供っぽいし、いいところないよ」なのに彼はそばで笑う。「あったじゃん、いいところ」どうしてだろう、悪い点しか挙げてないのに。「正直なところだよ」
ずっと聞けないでいたこと。「私達、付き合ってるのかな」デートはしても、手は繋いでも、それ以上はない。隣を歩く君が「はあ?」と怒ったように足を止めるから、それだけで涙が出そうになった。冗談だよ、と笑うこともできない。「付き合ってると思ってたの、俺だけかよ……」君は両手で顔を覆った。
書籍 第二作目が出ます。 『私達は、月が綺麗だねと囁き合うことさえできない』(大和書房) 発売日は11月20日に決定しました! 『ありふれた遠距離恋愛のはずだった。  ――君の秘密が明かされるまでは』 amazon.co.jp/dp/4479772340 本日より予約受付開始。 🎁Amazon限定で予約・購入特典があります。
ドラマみたいな出会いじゃなかった。絵になる二人の夕暮れもなかった。けれど誤解されやすい私を「真っ直ぐで素直な人だ」と言ってくれた君の横顔が心を射抜いてしまった。共通点は少なくてちぐはぐな私達。だけどいつの間にか私の言葉も君の心を揺らしたのかもしれない。だって君は今日もそばにいる。
結婚が不安でたまらない。彼の両親は喜んでくれたけれど。「ありがとねぇ、こんな息子と婚約してくれて」田舎にある彼の実家。いずれお義母さんになるその人は、緊張気味な私の手をとって言った。その隣には彼の父が。「本当にね。あんなことがあったのにね」私はまだ、あんなことが何なのか知らない。
靴下を片付けろと何度も怒られた僕が、部屋を隅々まで綺麗にして玄関を出た。冷えきった冬の夜だった。歯ブラシもiPhoneのケーブルも、紙切れすら残さないと決めていた。家に帰った時、君はどう思うだろう。自分が情けなくて笑った。もう他人なのに我儘だな。今更、君の寂しさの理由になりたいなんて。
年老いた母はついに僕の名前も忘れてしまった。「ほら、母さんが食べたがってたパンだよ」今から親孝行なんて遅すぎると分かっている。母は厚切りの食パンを受け取り、耳だけをちぎって食べ始めた。「もう、真ん中が美味しいのに」僕らを見ていた父は泣いていた。「お前が小さい頃もそうしてたんだよ」
先輩が社会人になった。昔は夜通し盛り上がった趣味の話題が、最近は全く出てこない。「最近何してます?」「仕事か寝るか……」さすがに大げさだろう。平日の夜も、土日だってあるのに。幾度目かの春。私もまた社会に出た。仕事して休んで、休んだらまた月曜日。毎日、生きているだけで精一杯だった。
「見て見て」大学帰りの彼女が見せてきたのはスマホの壁紙。そこには俺の顔が大きく映し出されていた。「没収アンド削除」「あー!」既に何度も取り上げているのに懲りないやつだ。散々格闘した末、壁紙はベージュ一色に再設定された。「やっと別の画像にしたか」「ううん。眉間を拡大した」「やめろ」
カップル専用アプリが入っていた。付き合いたての彼のスマホに。クールに見えるのに、元カノとはこれで楽しんでいたのか。暗い嫉妬に心が染まる。「このアプリさあ」私の指先を見て彼は動揺していた。「そ、それはっ」タップすると、私の名前が。先週入れたばかりらしい、二人の記念日を記録したくて。
「君の友達になりたいな」春、母の再婚相手はそう言って握手を求めてきた。彼は私の父になろうとはしなかった。あれから十年。周りからは奇妙な関係だと時々言われる。けれどいいのだ。私が実の父を慕っていることを彼は知っている。それに私にはこの年の離れた友達が、父と同じくらい大切なのだから。
困ったことがあるたび姉に相談していた。神経質な私とは違って大らかで、ニッコリしてこう言うのだ。「友達と喧嘩したり、恋人と別れたり、人生って色々あるけど、お姉ちゃんはずっとお姉ちゃんだからね」当たり前じゃん、と思っていた。けれど、死にたい夜にいつも思い出すのは姉の言葉と笑顔だった。
私は嘘つきだ。ずっと一緒にいようね、も嘘。君が世界一かっこいい、も嘘。大人になっても君が好き、も嘘。二人目の彼に頬を寄せた。懐かしい散歩道で、悲しいほど赤い鬼灯が風を受けて揺蕩う。「ずっと一緒にいよう」彼の言葉が降る。いつも嘘だけつけたらいいのに、未完成な私は何も言わずに笑った。
三ヶ月ぶりに彼と会う。二泊分の荷物とお土産をリュックに詰め、新幹線に乗った。窓の外に映る雪山や河川、珍しくもない住宅街ですら今日は煌めいて見える。彼は優しく抱きしめて、話の一つ一つに頷いてくれるだろう。だから不安だった。帰りの新幹線で私は、同じ景色を見ながらどれほど泣くだろうか。
金曜の夜は心が騒ぐ。愛する彼からデートに誘われないかと。家に帰り、動画を流しながら夕食をとる。まだ連絡はない。ついに日付が変わる。それでも通知は表示されない。深夜一時、私はいつものように『明日お出かけしよう』とLINEを送った。翌朝くる『いいよ』に心が曇る、どうしようもない恋だった。
分かりやすい言葉が欲しかった。好きなら好きと言えるはず。そう信じて疑わなかった。深夜二時、SNSの投稿を見るだけで心が暗くなる。記念日。サプライズ。プレゼント。誰も彼もが自分より幸せそうに見えた。望むな、考えるなと頭の中で繰り返す。時々くれる連絡だけで満たされる大人になりたくて。
この頃、君は急に可愛くなった。すっきりと切った栗色の髪に、揺れるたびにきらめくピアス。目が合うとすぐに逸らすその仕草が僕の心をくすぐった。「最近変わったよね」やっと二人になれた中庭で、君は真面目な顔で答えた。「好きな人ができたの」それが別れの言葉だと、理解した時にはもう遅すぎた。
2100年、文学部に入った。今週の課題はある作家の研究。私と友人は図書館へ行き調査を始めた。「ねえ、出版後のLINEってページ見て」友人は本を大きく広げて見せた。「このぴえんって、どんな意味なのかな」その後、二時間調べても分からず、教授に聞くことにした。つまらない意味じゃないといいけど。
彼女が家に来た。風邪で寝込んでいる僕を心配してくれたようだ。「有り合わせのもので何か作るね」台所へ行く彼女を、水だけでいいと呼び止めた。けれどその顔は不服そうだ。「私の料理、そんなに嫌?」何が不満だと詰め寄る彼女に僕は仕方なく打ち明けた。うちには今、ビールとたけのこの里しかない。
実家に帰るとぐうたらな子どもに戻りたくなってしまう。「お昼ご飯作ってあげるね」母は扇風機の前で涼む私に声をかけ、台所に立った。ありがたい。一人で住む都会の部屋では誰も料理を代わってくれない。けれど私は台所に近づき「私が作るよ」と言って母の肩に触れた。行動だけは大人になろうとして。
「私ね、付き合った記念日にはいつも地元の遊園地に行くの」そう話す友人は、来週記念日を迎えるらしい。買い物中も幸せそうだった。「いいね。でも、いつも同じところだと飽きない?」「ううん、飽きないよ」なるほど、それが恋か。一人納得していると、友人は続けた。「同じ人と行くわけじゃないし」
彼氏の裏アカを見つけてしまった。真っ黒なアイコンに、プロフィール文には「泣いていいかな?」とある。彼にこんな繊細なところがあったとは。どれ私への愚痴でも書いていないかと探すと、さっそく今朝の投稿を見つけた。「全然会えない。寂しい」これは彼と話さなければ。私は寝室の扉をノックした。