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一目惚れした君からの告白を断った。大学一年の夏。「君に僕はもったいないよ……」君は大きな目に涙をため「なんで」と声を震わせた。言えない。美人で完璧な君じゃなくて、普通の子と付き合いたいなんて。そんな君を町で見かけたのは就職後のこと。少し疲れたスーツ姿の君は、普通の社会人に見えた。
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「元気に行ってこい!」彼女にドンと背中を押された。春、空港の保安検査場前。僕はそれでも名残惜しくて、最後に彼女を強く抱きしめた。「一緒にいられなくてごめん」「何言ってんの。飛行機に乗ればすぐじゃん」明るい声に励まされゲートの向こうへ。搭乗の直前、彼女からLINEが届いた。『寂しいよ』
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先輩は刑事として飛び抜けて優秀だった。史上最悪と言われたシリアルキラーの逮捕に貢献したこともあった。この冬、そんな彼が退職する。「町から正義の味方が減りますね」僕の言葉に先輩は「俺は正義の味方なんかじゃない」と返事をした。「殺人鬼を捕まえられるのは、あいつらの考えが分かるからさ」
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「これまでさ、いいこといっぱいあったね」結婚前夜、彼は懐かしそうに言った。嬉しいけれど急で戸惑う。「旅行も楽しかったし、他も……」「何?遺言?」彼は首を横に振った。「伝えたかっただけ!」寝る前、告白された時のことを思い出した。確か私はこう答えた。「私と付き合ってもいいことないよ」
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席替えの後、好きな子の横顔が遠くなった。今朝までは隣同士だったのに。明るくお喋りで、休み時間のたびに話しかけてくれるから嬉しかった。ふと窓際の席に座るあの子の方を見ると、こちらの視線に気づき小さく手を振ってくれた。なぜだかそれが、今までのどのやりとりよりも強く胸をキュッとさせた。
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「結婚相手との出会いってどこが多いか知ってる?」改札までの道のりで先輩は私に尋ねた。「アプリですか?」「残念。職場が多いらしいよ。身元がはっきりしてるのがいいよね」なるほどと頷いた。「こういう話するの珍しいですね」「告白の成功率を上げたいから」先輩は改まった顔で私の名前を呼んだ。
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「元カノってどんな子だった?」私からの問いかけに、彼はレポートを進めながら答えた。「さあ。忘れた」「高校生の時の元カノは?」「覚えてないなあ」いつもとは明らかに声のトーンが違う。嘘つき、付き合う前は涙ながらに語っていたのに。けれど今は、彼の優しい嘘に少しだけ救われているのだった。
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「次付き合う子が初めての彼女ってことにしてほしい」親友はそう言って頭を下げた。聞けば、好きな子に「人生で初めて好きになったのが君だ」と伝えたらしい。呆れる。確かに自分らが手を組めばバレないだろうが。今、親友の隣で新しい彼女が微笑んでいる。彼が私と付き合っていたとは知らないままで。
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失恋で10キロ痩せた。真夜中の電話で別れようと言われてから、気づけば1ヶ月経っていた。彼はどうしてもっと早く相談してくれなかったのだろう。細い脚を見ても今は嬉しくない。静かな部屋で夕食をとりながらあの夜を思い出していた。電話が切れる直前、彼は「痩せていた頃が好きだった」と言った。
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夢が二人を引き裂いた。寝る時間も、行きたい場所も、何もかもがずれていた。別れの日は「お互い夢を叶えよう」と約束して握手した。もう会うことはないと知りながら。時は過ぎ、テレビで懐かしい顔を見た。君だ。随分大人びている。連絡はしなかった。いずれ届く。私も約束を果たしたと、画面越しに。
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「推しと私どっちが大事なの」ついにこの日が来たか。僕は膨れっ面の彼女に壁際まで追い込まれた。記念日の夜、一人で推しのライブに行ったのがまずかったらしい。「そりゃ、彼女に決まってるじゃん」「ほんと?」ころっと機嫌を良くする彼女の頭を撫でながら、あのライブは最高だったなと考えていた。
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君がいなくなることが別れだと思っていた。でも違った。いつも君が煙草を吸っていたベランダで星を見る。いなくなってしまった。君と手を繋いでいる時は素直になれる私も。君と話す時は本音を言う私も。だからもう誰かの前で子供みたいに泣いたりはできない。深まる夜の中にひとり、そっと涙を隠した。
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魔法使いに拾われ、育てられた。無口で合理的な人だ。新薬の被検体にするために拾われたのかと疑ったことも一度や二度ではない。けれど他の魔法使いとも関わるうちに知った。曲がったタイを整えるのも、寝癖を直すのも、本当は魔法を使えば一瞬で済むらしい。あの人はいつも丁寧にやってくれるけれど。
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たぶん嫉妬深い方だ。彼が元カノと立ち話しているのを見ただけで死にそうになる。「もう恋愛感情はないよ」その言葉を信じられるようになったのは、彼と離れてから。冬の町を歩きながら思う。こんな気分だったんだね。それから「特別な人ではあるけど」と彼が呟いた理由も分かるようになってしまった。
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地獄に落としたい人がいる。同級生だった。地味だけど平穏な私の学校生活を軽い気持ちで壊した人。卒業式まで耐えた私を周りは褒めてくれた。「頑張ったね」「よく乗り越えたね」褒められても喜べなかった。大人になった今、傷だらけの心を抱えて思う。あれは、逃げたっていい試練だったんじゃないか。
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告白なんかしなくていい。友達として隣にいられるなら。そう決めて苦しい片思いを続けていた。遊びに誘われるくらい仲良くなったし、これで十分だ。けれどある日、君は雑談のついでに言った。「もう二人では遊べないや」恋人ができたらしい。ああ、忘れていた。君の真面目なところを好きになったのに。
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たった一度の告白で崩れるくらいなら、君と死ぬまで友達でいよう、なんて臆病な勇気を握り締めている。
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好きな子からライブに行こうと誘われた。知らないバンドだったが結構聴くよなんて嘘をついた。ライブまでの二週間、毎晩聴いたがあまりハマれなくて焦った。当日は炎暑の駅前で待ち合わせ。演奏が始まっても中途半端にしか乗れない僕に「無理に誘ってごめんね」と君が謝る、間違いだらけの初恋だった。
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子供の頃から片思いしている君が、また恋人に振られたらしい。真冬の公園に呼び出された夜。その目も頬も真っ赤だった。たった二ヶ月の真剣交際だったそうだ。「俺でいいじゃん」とつい口に出してしまった。「何それ」君の嫌そうな顔にズキリと胸が痛む。「俺で、じゃなくて俺の方がいいって言ってよ」
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僕は昔から嘘がつけない。「見た目は別にタイプじゃないかな。性格で選んだし」そこまで言って、さすがにまずいと気づいた。気が強い彼女がソファの端で涙目になっている。「ひどい。なら早く言ってよ……」やはり嘘でも好みだと褒めるべきだったか。「知ってたらスウェットすっぴんで過ごしてたわ!」