2018年 #140字小説 まとめ 第1弾 今年は広告風にまとめてみました。
花を育てている。恋心によって育つ花だ。好きな人ができた時に芽を出し、今では深紅の花弁が光を受けている。綺麗だった。そろそろか、と二人きりの夜に告白した。「ごめんなさい」謝る時まで君は優しい。その夜は泣かなかった。半年経っても花が枯れていないと気づいた時、初めてぽつりと涙が落ちた。
長年片思いしていた人のアイコンが変わっていた。幸せそうな二人が花畑の中で微笑み合っている。タイムラインをスクロールする手を止め、アイコンをじっと見つめた。優しいな。私が描いた絵をアイコンにしてくれるなんて。喜べと自分に言い聞かせる。結婚式のウェルカムボード用に依頼された絵だった。
「また彼氏と話してたの?」夜、長時間の通話を終えた後で母からそう聞かれた。「そうだよ」「四時間くらい話してなかった?信じられない」驚きすぎでは、と私は首を傾げた。遠距離だし、こういう日もある。「昔は電話代が高くてね……羨ましいわ。ね、あなた」母は新聞を読んでいた父に微笑みかけた。
「プレゼント、たまにはお花とかアクセとかがいいな」誕生日の四日前。私は付き合いの長い彼の肩にもたれた。彼は構わずゲームを続けている。「贅沢な女だなぁ」「えー、今年くらいはいいじゃん!」可愛く言ったつもりで、ぽろっと涙が出た。私が好きって言ったものを、一度も贈ってくれたことがない。
望んだら、会いに来てくれますか。そんなことを言って困らせたい恋だった。「大人っぽくて、落ち着いてるところが好き」それは褒め言葉という呪い。君の理想になりたくて、何度も、何度も、甘やかな自分を殺してきた。「今すぐ会いに来てよ」やっと言えたのは三年後。午前零時、君にさよならを告げに。
今年最後のデートに出かけた。粉雪が降る十二月。「寂しくなるね」彼女は公園のベンチに腰掛けて言った。来年、僕は夢を追うために上京する。「ねえ」彼女は小声で何かを言った。「何?」「応援してるよって言ったの」一月、僕は飛行機に乗った。行かないでという言葉は、ちゃんと聞こえていたけれど。
別れようと言ったら、君は泣くのだと思っていた。「いいよ」けれど返事はそれだけだった。僕らは同じ気持ちを抱えていたのかもしれない。一晩で生活が変わった。半年も経てば寂しさも薄らいで。あっさりした綺麗な別れに思えた。君以外の誰かを好きになるのが難しい心だけが、恋の傷跡に気づいていた。
「この契約書にサインして」告白する相手を間違えたかもしれない。好きになった同級生は、僕に紙を差し出した。交際契約書だそうだ。浮気禁止。返信は二日以内を厳守。怪しい紙だが、僕は渋々サインした。あの日から七年。君は緊張した顔で新しい紙を差し出した。僕はまたサインして市役所に提出した。
優しくてつらい。彼氏よりたくさん連絡をくれる同僚も。新しい服を着ると似合いますねと褒めてくれる後輩も。付き合って五年、同棲して二年。食事中すら話さない二人の部屋で、彼はスマホばかり見ている。けれどまだ好きだった。人の視野は広すぎる。彼が運命の人なら、彼以外見えなくなればいいのに。
「去年の願い事ってなんだったか覚えてる?」彼女は短冊を飾りながら聞いてきた。僕はペンを片手に「どうだったかな」と返事をした。それから短冊に『世界平和』と大きく書いた。悪いね、本当はちゃんと覚えているさ。『来年も一緒にいられますように』と書いたのだ。隣にいたのは君じゃなかったけど。
「俺、結婚することになった」元彼からの電話はいつも急で、心臓に悪い。「そっか。おめでとう」未練はないけれど、途方もなく寂しかった。電話を切る前にさよならと言うべきだろうか。もう簡単には会えなくなる。受験前は一緒に図書館にこもり、就職後はお互いの心を支え合った、親友とも呼べる人に。
大人になり恋をするのが上手になった。いい人と悪い人を的確に見抜き、短期間で距離を詰める。初めての彼氏より二番目の彼氏の方が優しくて、三番目の彼氏は優しい上に格好良い。だから不器用だった頃の自分が恋しくなる。次に付き合う人はもっと素敵かも、なんて考えずに手を繋げる私で生きたかった。
彼女は昔、寒い時期は手を繋いでくれなかった。「手がすごく冷えてるから……」そんなの気にしないのに。僕の手まで冷えそうで嫌なのだという。けれど三年経つと色んなものが変わった。「温めお願いします!」彼女はニコニコしながら冷えた手を差し出した。雪の中を二人で進む。僕は今の関係が好きだ。
「そんなだせぇ服で同窓会行くわけ?」家を出る準備をしていた私に彼が言った。「え、可愛いじゃん」「どこがだよ」服、靴下、帽子、ピアス。険しい顔で腕組みをした彼から全部変えるよう命じられた。困った人だ。渋々着替えをして外に出る。相当心配なようだ。服も帽子も全て彼から貰ったものだった。
「恋愛の理不尽なところが好き」休み明け、君は図書室で本を整理しながら言った。「どんなに尽くしても報われるとは限らない。そうでしょ?」どうやら心と時間を注いだ相手にふられたらしい。かける言葉が見つからなかった。君は本を棚にしまう。僕がずっと君を想っていることも悟られている気がした。
もう何日も彼から返信がない。それに既読すらつかない。朝から視界がじわりと滲んだ。最後のやり取りも素っ気なかった。今日会えないの?と責める私に、仕事が忙しくてと返す彼。あの日は二人の記念日だった。深夜、彼は事故で亡くなった。私は自分を恨んだ。彼の横でケーキの箱が潰れていたと聞いた。
「二度目の恋は初恋の模倣だ」高校の先輩は時々そう呟いていた。「だから初恋と比べてしまうのさ」美術室の窓から外を見る先輩は、叶わぬ恋をしていた。ロマンチックで、現実的。そんなキャッチコピーが似合う人だった。春、私は大学生になって恋人ができた。スポーツ好きで素直な人だ、先輩と違って。
困ったことに、彼女と元カノの名前が一緒だ。今日は初めての家デート。僕は恐る恐るその事実を告げた。「実は元カノも同じ名前で。呼び方は別がいいよね?」そのキリリとした目元がより厳しくなった。「嫌。同じ呼び方がいい」僕は予想外の答えにたじろいだ。「取っておくんじゃなくて、上書きしてよ」
人の寿命が見える。この妙な能力のせいで、私は恋人と長続きしたことがない。好きになればなるほど、その数字を見るたびに泣いてしまうからだ。けれど「一目惚れです」と告白してくれた君の寿命は見えなかった。運命の人だ、と思った。初めて会った日の夜、真夜中の事故は君の命を連れ去ってしまった。
「大人になったと思ったのは、いつ?」陸上をやめたあの子は俯いた。「限界を感じたとき」去年結婚したあの子は微笑んだ。「恋の終わりを知ったとき」ミニスカートを履かなくなったあの子は遠い目をした。「好きなものを捨てたとき」あなたは、と聞かれて私は答えた。「こんな質問をしたくなったとき」
片思い中の彼はお酒が弱い。「全然飲んでなくね?」既に出来上がっている先輩にグラスを持たされ、彼は困った顔をしている。「本当にだめで……」彼を助けるべく、飲み会のたびに「それ美味しそう〜」とグラスを奪い取ってきた。半年後、その努力が認められ、サークル内で酒泥棒というあだ名がついた。
別れるタイミング、と入力して検索。湿っぽい布団の上で山ほど記事を読んだ。連絡が億劫になったら。スクロール。未来を想像できなくなったら。スクロール。一緒にいても寂しいと感じたら。全部その通りだ。なのに電話はできなかった。君を神さまと思うほどに惚れていた時間が、まだ私を見つめていた。
中学生の頃好きだった漫画がネットでバカにされていた。確かに、大人になって読むと呆れるほど単純な展開に思える。だけど憂鬱だったあの頃、漫画の発売日だけが待ちきれないほど楽しみだった。『それでも僕はこの漫画に救われました』勇気を出して書いたコメントには、案外たくさんのいいねがついた。