私も妻も年老いた。なのに妻は言う。「一度くらい海外に住んでみたいわ」私は即座に答えた。「何を言ってる、この歳になって」けれど妻は英会話を習い始めた。笑顔が増えた。時が経つほど若返っていくようだ。数年後、妻は旅立った。静かな部屋で今更気づいた。本当は、置いていくなと心が叫んでいた。
友達には戻れなかった。べつに、ひどい別れ方をした訳ではなかったけれど。「……あ」久々にすれ違った君は気まずそうな顔。廊下はしんとしていた。「なんだ、元気そうじゃん」わざと茶化すように言い残して駆けた。角を曲がり、階段をおりて、おりて、涙をふいた。戻れないや、君はあまりにも特別で。
余命わずかの僕はコールドスリープを勧められた。低温で眠ったまま、医療の発達を待つのだ。皆にさよならを言って眠った。目を覚ますと、そこは病室だった。そばには見知らぬおばあさんがいた。看護師さんかと聞いたが、違うという。病室を出たきり見ることはなかった。初めての恋人に、少し似ていた。
結婚が不安でたまらない。彼の両親は喜んでくれたけれど。「ありがとねぇ、こんな息子と婚約してくれて」田舎にある彼の実家。いずれお義母さんになるその人は、緊張気味な私の手をとって言った。その隣には彼の父が。「本当にね。あんなことがあったのにね」私はまだ、あんなことが何なのか知らない。
「元気?」と、前の恋人から連絡が来た。「元気だよ。そっちはどう?最近暑くなってきたね。そういえば、あの部屋から引っ越した?置きっぱなしの服、もう捨てたかな。ねえ、新しい彼女、私より可愛い?」打った文字を全て消した。やっぱり返信はしない。君に甘えたら私、あのさよならを壊してしまう。
死にたいと呟いた彼女のために物語を書いた。毎日ノート1ページ分だけ進む冒険譚。必ずいいところで終わらせた。続きは絶対に教えない、明日学校で会うまでは。そんな物語もついに今日完結する。僕は花束とノートを彼女に渡した。「あはは、酷い終わり方!」きっと大丈夫。君はそうやって笑えるから。
恋愛未満のまま一年経った。近くても触れはしない同級生。夜、一人の部屋で着信の音が鳴る、それだけで嬉しいけれど。「何してるかなと思って」君の声が耳に優しい。今週二度目の通話だった。「最近よく電話くれるね。暇になった?」「いや、忙しいけど……」ねえお願い。今日はその続きが聞きたいよ。
カップル専用アプリが入っていた。付き合いたての彼のスマホに。クールに見えるのに、元カノとはこれで楽しんでいたのか。暗い嫉妬に心が染まる。「このアプリさあ」私の指先を見て彼は動揺していた。「そ、それはっ」タップすると、私の名前が。先週入れたばかりらしい、二人の記念日を記録したくて。
元彼のSNSは見るべからず。分かっているのに検索した。最近の写真には、知らない女の子の姿が。新しい彼女は載せるんだね。可愛いから?残酷すぎる。私は三年間で一度も載っていない。それから数年。彼は同窓会で写真のことを謝った。「俺と別れたこと、後悔してほしかったんだ。俺が後悔したように」
彼女の父は厳しい。「君のような人間と結婚させる訳にはいかない」最初は玄関で追い払われた。長く続けられる仕事に就きなさい。身なりを整えて、言葉遣いも丁寧に。忠告の山に耳が痛くなる。それでも努力して、一年後に僕は気づいた。あれ、僕の暮らしは良くなったし、もうリビングまで通されている。
今夜、大好きな君に告白する。学習机にノートを開き、伝えたい言葉を並べた。好きです。一緒にいると楽しくて……。思い出が溢れる。漫画の貸し借りをした。何度も君の相談に乗った。ペンを置いた時、君からLINEがきた。『元彼とよりを戻せたよ』落ちた涙で字が滲む。ああ、君からの相談を受けすぎた。
結婚なんかいいや。付き合うとかも面倒。仕事が楽しくて恋からは遠ざかっていた。朝、通勤中にスマホを触ると、地元の友達が二人目を出産したことを知った。コメントはせずにいいねだけ。画面を更新すると、別の友達が離婚していた。今度は頑張れと一言。ふと顔を上げると、電車は目的地を過ぎていた。
「晩ご飯?簡単なやつでいいよ」仕事から帰ってきた夫は、ソファにゴロリと横になった。私は二人の子供を相手しつつ、ご飯出してとスピーカーに話しかけた。すると壁際の食品ポストから四本のチューブが出てくる。ジェリータイプの完全栄養食だ。一本を夫に渡す。これがない時代はよく喧嘩したものだ。
初デートでファミレスに行ったら振られた。金銭感覚が合うか試したかったが、やはり駄目か。「はあ。結局カネか」僕の呟きに、職場の後輩はムッとしていた。「人によりますよ。試しに私とデートしてみますか?」疑う僕は再びファミレスに連れていった。後輩は言った。「普通に話がつまんなかったです」
いつも140字の物語をお読みくださりありがとうございます! リプライとしてご投稿される創作物に関して共有です。 ご一読いただければ幸いです。
なんとなく、そんな気はしていた。「今日も楽しかったね!」改札前、大袈裟にはしゃぐのは君の顔が暗いから。私を全然見ていない。踏切の音が心を騒つかせた。「俺達さあ、恋人には向いてないかも」謝るみたいに君は切り出した。「俺よりいい人がいるよ」そっか、私のためにいい人にはなれないんだね。
「ついでに、ご飯いきません?」取引先の課長に誘われ、二人でレストランへ。気難しい人だと思っていたが、外で見る彼は爽やか。聞けば同年代らしい。手慣れた様子でメニューを渡してくれた。「俺、ここのランチ好きで。……あれ、なんで笑ってるんです?」ちょっと可愛いなと、いつもはワタシだから。
「プレゼント、たまにはお花とかアクセとかがいいな」誕生日の四日前。私は付き合いの長い彼の肩にもたれた。彼は構わずゲームを続けている。「贅沢な女だなぁ」「えー、今年くらいはいいじゃん!」可愛く言ったつもりで、ぽろっと涙が出た。私が好きって言ったものを、一度も贈ってくれたことがない。
『泊まっていい?終電なくなっちゃった』深夜、片思いしている人からLINEが来た。泊まる?うちに?舞い上がらない訳がなかった。ベッドの上、まずは息を整える。部屋はそこそこ散らかっている。水回りも掃除して、後は……。考えているとまたスマホが鳴った。『他の子がOKしてくれたや。急にごめんね』
ゲームを起動すると、元カノのセーブデータが残っていた。僕がいない時に遊んでいたようだ。外は雨、暇潰しにロードしてみる。登場キャラに変な名前をつけるのがあの子らしい。パスタ、卵焼き。みんな料理名だ。視界が滲み、僕はそれ以上進めるのをやめた。どれもこれも、僕が褒めた料理の名前だった。
些細なことで喧嘩をした。十歳下の彼女が、スマホを持ってむくれている。インスタに僕の顔は載せないでくれと言ったらこの調子だ。いつもは賑やかな部屋に、今は洗濯機の回る音がやけに響く。「他に本命でもいるわけ?」「違うよ……」僕はただ思うんだ。幸せって、二人で分け合うだけじゃ駄目なのか?
寝ようとした時、玄関の扉が開く音がした。彼が帰宅したようだ。「もう寝た?」小声で問いつつ、私のいる寝室に入ってきた。その時ふとひらめく。寝たフリをして、急に起き上がり驚かせてみよう。よし行くぞ、三、二、一。刹那、私は動きを止めた。彼は私の薬指に、糸のようなものをそっと巻いていた。
深夜の散歩が好きだ。「急に炭酸飲みたくなってきた」「買いに行く?」頷き合い、部屋着とサンダルで夜の町へ。木々はざわざわと揺れ、自動販売機にはヤモリがはりついている。ソーダとコーラを一本ずつ。お互いプシュッと蓋を開けた。この時間が好きだ。どんなに近い場所でも、君は隣を歩いてくれる。
別れるタイミング、と入力して検索。湿っぽい布団の上で山ほど記事を読んだ。連絡が億劫になったら。スクロール。未来を想像できなくなったら。スクロール。一緒にいても寂しいと感じたら。全部その通りだ。なのに電話はできなかった。君を神さまと思うほどに惚れていた時間が、まだ私を見つめていた。