「どうやって告白しよう」親友は電話の向こうでかれこれ三時間悩んでいる。会う以外の方法で伝えたいらしい。「LINE送れば?」「ネットに晒されるかもしれないじゃん!」「手紙は?」「裏で回し読みされるかも」親友は声を震わせる。私は大きなため息をついた。「そんなやつに告白しようとしてんの?」
君と別れてから、人に褒められるくらい可愛くなった。朝、雨空の下を走る電車に揺られ都心へ向かう。ふいに視線を感じた。顔を上げると、斜め前には懐かしい君。けれどすぐ電車を降りていった。半年前と同じ、冴えない後ろ姿で。なぜか負けた気がした。私と別れたくらいじゃ何も変わらないんだ、君は。
大好きな人にプロポーズされた。子宝にも恵まれた。幸せだ。「パパ、みてみて!」「お、上手にできたね」積み木で遊ぶ娘と夫を、ずっと見ていたいような昼下がり。夫はふらりと台所に来た。「ママ、何か飲み物ある?」うんと頷く。言葉にできない寂しさが胸に詰まった。彼はもう、私を名前で呼ばない。
「深く考える前に結婚しなさい」祖母の言葉は極端だけれど、今は分かる気がした。結婚前夜。眠る彼の隣で、心は淡いブルーに染まる。付き合って五年。ときめきは六割減。悪い所も知り尽くした。けれど、彼は夢の中でも私の手を離さない。迷っても進もうと思った。先が見えずとも、彼のそばで歩く道に。
二十歳になるのが嫌だ。「明日は誕生日だね」夜、お母さんはカレンダーを見て微笑んだ。私もついに大人だわ、と大げさに嬉しいふりをする。泣いてしまわないように。やりたいこともないくせに、何かをやり残した気がしていた。部屋に戻り、窓を少し開けた。高い星を見た、あと五分だけの十九歳だった。
「先輩って、恋愛とか興味なさそうですよね」仕事人間として有名な先輩は、私の言葉に淡々と答えた。「いや?好きな子は他にとられる前にガンガン飲みに誘うけど」意外だ。普段着が想像できないあの先輩が。その後、先輩はいつものようにワインを頼み、二人で乾杯した。なぜか今日はため息が多かった。
『夜九時に、その日あったことを送り合おう』遠い町で暮らす君との、たった一つの約束。退屈な日々を過ごす僕は書くことがない。けれど君は送り続けてくれた。読んだ本のこと。料理に失敗したこと。あの約束を懐かしく思う。今は代わりに声をかける。「今日さ」今度は僕が話そう、写真の中で笑う君へ。
「うちの学年、誰が一番可愛いと思う?」休み時間、廊下から声が聞こえた。隣のクラスの人だった。そうだなぁ、と悩んでいるのは内緒で付き合っている彼。私は耳を澄ます。嘘がつけない人だから、私の名前を挙げるのではとドキドキした。「一番は……秘密かな」なるほど賢い答え方だ。私は三番だった。
金曜の夜は心が騒ぐ。愛する彼からデートに誘われないかと。家に帰り、動画を流しながら夕食をとる。まだ連絡はない。ついに日付が変わる。それでも通知は表示されない。深夜一時、私はいつものように『明日お出かけしよう』とLINEを送った。翌朝くる『いいよ』に心が曇る、どうしようもない恋だった。
なかなか電話を切れないふたりだった。「そっちが切ってよ」「そっちこそ」そんなやり取りで笑い合う夜が好きだった。けれど季節が過ぎれば大人になる。講義室で眠そうにしていた君は、いつの間にか変わっていた。「今までありがとう」最後の電話だった。君はもう、こんなにあっさり電話を切れるんだ。
夏までに恋人がほしいな、と友人は言った。「前に告白しようか悩んでた子はどう?」学校近くの喫茶店。私の質問に友人は俯いて答えた。「進展なし」「顔が好みって言ってた子は?」「つかず離れず」何も進んでいないのか。私は呆れて言った。「誰か一人に絞りなよ」友人は顔を上げた。「全部君だけど」
彼はいつもタイミングが悪い。制汗剤を塗り忘れた日にばかりくっついてきたり。ケチなくせに、今日に限って「払っておいたよ」だなんて。くたびれたジーンズで隣を歩くのが恥ずかしい。見慣れた街並みが夕闇に輝く。目の奥が熱くなった。いつもみたいに雑に扱ってよ。私、さよならって言いにきたのに。
「私に彼氏ができたらどうする?」「え、泣く」幼馴染は白いシャツの袖で涙を拭うふりをした。そんな台詞はいくらでも言うけれど、彼に告白されたことはない。曖昧な関係のまま、十七歳になった。夏休みを待つ教室の片隅。「話があるんですが」放課後、彼の腕を引き寄せた。「ハンカチの準備はいい?」
彼が女の子の自撮りにいいねしていた。童顔で、私とは正反対の顔立ちのアイドルだった。彼の元カノに少し似ていた。夏風が吹き込む部屋で鏡を見る。目も輪郭もキリリと細い。好みではないと、分かってはいた。彼とは、夏が終わる前に別れた。この頃彼のいいね欄には、クールな女優の写真が並んでいる。
彼と喧嘩して家を飛び出した。真夜中、財布とスマホだけを持ってどかどかと歩く。些細なことが原因だった。振り向いてみるが、誰もいない。彼はこういう時、絶対に追いかけてこない人だ。待ってと言って抱きしめてくれれば、私だってすぐに許したのに。今夜もまた、近くのコンビニに先回りされていた。
「いつか好きな人と花火大会に行ってみたいな」貼り出されたポスターを見上げる瞳は綺麗な薄茶色。「それで浴衣を着るの」思わず君の浴衣姿を想像した。きっと世界一似合う。見てみたい。こんな時、他の人なら君を誘うのだろう。けれどできなかった。僕らはもう、ずっと前に二人で花火を見てしまった。
十年付き合った彼女と別れることになった。制服姿で手を繋いだ日々は過ぎ、もう二十代半ば。「最後に写真を見ようよ」古びたソファに腰掛け、彼女は僕を手招きした。水族館、温泉旅行、どれも懐かしい。けれど僕らは途中で見るのをやめた。ここ数年の写真が少なすぎると、きっとお互いに気づいていた。
彼女は最高の恋人だった。出会いは大学の入学式。隣の席になったことを、運命だと思うほど日に日に惹かれた。六月の雨の中、彼女は僕の告白を泣いて喜んだ。初めて手を繋いだ瞬間を、きっと死ぬまで忘れない。仕事を始め、僕らは恋人でいるのをやめた。都会の空に月が見える。彼女は最高の妻になった。
同僚は恋人にしない、と君は言った。昔から本当に真面目だ。だから二人で飲むようになっても恋心を隠し続けてきた。週末、買い物に付き合ったって期待してはいけない。ルールを守る人だから。ある夜、そんな君が急にデスクを訪ねてきた。「今日飲みにいける?会社辞めるから、伝えたいことがあるんだ」
彼が私の容姿をばかにした。聞き間違いだと思いたかった。頭の中で硝子の割れる音が響いた。鞄の中から合鍵を引っ張り出して、別れよう、と机の上に置いた。「待ってよ。三年も付き合って、それくらいで……」彼はまだ笑っていた。恋愛ほど繊細なものはないのに。私達、恋心でしか繋がっていないのよ。
「元カノってどんな子だった?」私からの問いかけに、彼はレポートを進めながら答えた。「さあ。忘れた」「高校生の時の元カノは?」「覚えてないなあ」いつもとは明らかに声のトーンが違う。嘘つき、付き合う前は涙ながらに語っていたのに。けれど今は、彼の優しい嘘に少しだけ救われているのだった。
「ひまわりって怖くない?」ひまわり畑へと向かうバスの中で彼女は言った。「お前を見ているぞって感じ」「なんだそれ」変なことを言う人だ、と僕は笑った。あんなに綺麗なのに。翌年、遠距離恋愛を始めると彼女はひまわりを送ってきた。花瓶に入れたその花はなぜか、ただ綺麗なだけではない気がした。
2100年、文学部に入った。今週の課題はある作家の研究。私と友人は図書館へ行き調査を始めた。「ねえ、出版後のLINEってページ見て」友人は本を大きく広げて見せた。「このぴえんって、どんな意味なのかな」その後、二時間調べても分からず、教授に聞くことにした。つまらない意味じゃないといいけど。
私が好きになってしまった人は、省エネ人間だった。走っている姿を見たことがない。雨の日は外に出ないし、飲み会もさっさと帰る。そんな君を、土砂降りの雨の中、駅前で何時間も待たせる人がいる。「ごめんね。会議が長引いて」君はいいよ、と笑って私を迎えた。ああ、こんなの、好きになってしまう。
「男女の友情って成立すると思う?」大きな入道雲の下を自転車で駆ける夏。隣で汗を垂らす幼馴染は、だるそうな目でハンドルを握っていた。「そりゃ、成立するだろ。俺とお前がそうじゃん」朝早くから耳を刺す蝉時雨。自転車は進む。「だね。私もそう思う」私はいつものように、大きな声で嘘をついた。