初めて話すクラスメイトが日直の仕事を手伝ってくれた。清楚に見えるが「遊んでいる」と噂される女の子だ。「噂って当てにならないね」「え、どんな噂?」首を傾げる彼女に噂の説明をした。「夜遊びしてるとか……」「ふふ。それは嘘だよ」彼女は口に手を当てて笑った。「そんな可愛いものじゃないよ」
高校時代ずっと付き合っていた彼と友達に戻った。けれど趣味が合って、今でも時々一緒に出かける。今週末もそうだ。土曜の朝、私は鏡の前であれこれ悩んでいた。いつものスカートはやめてジーンズが無難か。髪型ももう少し手を抜こう。ふうと息を吐いた。困ったな。やっぱり私達は、友達とは少し違う。
彼とリモート同棲を始めた。通話を繋げ続けるだけ、引越しも不要でお手軽だ。家事の分担で揉めることもない。気が向いた時だけ話をする生活は心地良かった。「来年になったら一緒に家を借りようか?」画面の向こうの彼が笑う。嬉しいはずなのに返事に困った。言えない。ずっとこのままがいいだなんて。
恋人からネックレスをもらってわんわん泣いた。私の誕生日、せっかく丁寧にメイクをしたのに台無しになってしまった。恋人は私の涙を拭きながら、ちょっとだけ自慢げな顔をした。「絶対似合うって思ってたよ」首元で小さなダイヤが光る。単なる幼馴染だった頃、いつか欲しいなと話していたものだった。
絵を投稿してもちっとも反応がもらえない。そのうちサイトを見るのもつらくなった。若いのに絵が上手い人、評価されている人が山ほどいる。自分が描く理由を見失った。『投稿やめます』と書いた夜、何人かが実は好きでしたと送ってくれた。嬉しくて嬉しくて、幸せな気持ちのままアカウントを削除した。
「忘れられない出来事ってある?」放課後の教室には私と親友だけ。沈む夕日を眺めながら聞いた。「好きな人に告白されたことかな。そっちは?」「私も」「え、いつの間に!?」少し前に初めての恋人ができた親友は興味ありげに頬を寄せた。そう、忘れられない。大好きなあなたをとられた夏の終わりを。
よく冷たいと言われる。確かに僕は物事を合理的に考える方だ。大学時代に後輩からの告白を受け入れたのも、単に断る理由がなかったから。それでも交際は長く続いた。恋人が不慮の事故に遭うまでずっと。僕は考えた。人と人とはいずれ別れる。それが少し早かっただけだ。そう解釈しながら僕は号泣した。
「声聞いたら安心した」恋人は電話の向こうでふふっと笑った。それから「今夜はよく眠れそう」と付け加えた。涼しい風が吹く月夜だった。遠距離恋愛を始めてしばらく経つ。恋人の言葉が嬉しかったのに、すぐにはそうだねと頷けなかった。声を聞いたからこそ会えない寂しさが溢れそうだとは言えなくて。
僕は世界一孤独な小学生だった。テレパシーが使えるせいで家族の裏の顔まで知ってしまう上、相談相手もいなくて。だがある日、僕より多くの超能力を持つ人に出会った。僕に似たその人と話すだけで救われた。あれから十年。僕は大人になり家庭を持った。今年生まれた息子はどこか懐かしい顔をしている。
大好きな君が泣いている。学校を早退して、カーテンを閉めた部屋の隅で。私は優しく抱きしめてあげることができなかった。だって今日は君の元恋人の命日だ。目を真っ赤にする君に、本当は泣かないでと言いたかった。今はそばで静かに願う。お願い、前みたいに笑って。写真の中の私ばかり見ていないで。
私達はいつから間違い探しを始めたんだろう。たぶん近すぎたんだ。「ねえ、靴下出しっぱなし」「うるさいなあ。今は疲れてんの」こんなやりとりをもう何度も。逃げ場のないワンルームはため息で満ちていた。いつどうしてこんな生き方に変わってしまったのか。最初は確かに幸せを探していたはずだった。
グラスにカルーアを30ml、ミルクを90ml。レシピ通りに作ったカクテルを口に含んだ瞬間、思わず顔を顰めた。僕には甘すぎる。甘いお酒ばかり残していった君に文句を言いたくなった。『うちに置いたお酒消費してよ』返事はOKのスタンプ。「わざと置いたの」と聞かされたのは、君が恋人になった後だった。
母のアルバムには星空の写真ばかり入っている。日付は二十年前。独身時代に撮ったようだ。「お父さんと星を見に行ってたの?」母は首を横に振った。「実は違うのよ」「まさか元カレ?」私の質問に母は笑った。「お父さんとは遠距離恋愛でね。夜のベランダで電話してたから、綺麗な星をよく見つけたの」
SF小説の主人公に激しく共感した。こんな体験は生まれて初めて。パラレルワールドを彷徨う旅人の一生を描いた物語だった。主人公の生い立ちや性格が自分とそっくりで感情移入しやすかった。深夜、何度も頷きながらページを捲る。小説を全て読み終えてから作者と自分の名前が同じであることに気づいた。
もう会えない君が夢に出てきた。「いつまで泣いてるの」と笑う君に「いつまでもさ」と返事をした。胸が苦しくなる。僕とは違い、君だけは若いままだった。君は困った顔で「約束を守ってよ」と呟く。目が覚めると同時に昔のことを思い出した。付き合う時、確かに僕は「君の全てを受け入れる」と誓った。
「ずっと待ってる」と君はひび割れた笑顔で言った。私は告白を断ったのに。その言葉通り、次の日も変わらず挨拶してくれた。真夏の太陽みたいだった。いつでもそばにいてくれる君に恋をしたのは紅葉が舞い落ちる頃。私の告白を聞いて君は号泣した。「嘘ついてごめん。待ち続けられるほど強くなかった」
彼氏の鈍感なところが嫌いだった。髪型を変えても気づかない。手の込んだ料理を作っても「普通に美味しいよ」以外の感想がない。悪気がないのは分かっているが張り合いがない。ところが今は変わった。私にしわが増えても気にせず、レトルトカレーだけの夕食でも礼を言う夫に、幾度となく救われている。
別れた彼女のことを忘れると決めた。いつまでも落ち込んでばかりはいられない。夜中まで仕事に打ち込み、サボりがちだったジムに通い、友人を飲みに誘って語り合った。お陰で忙しくなった。毎日充実している。それなのに、仕事で疲れた後や飲み会からの帰り道で、無性にあの子に会いたくなるのだった。
好きな人ができてから日記を書くようになった。きゅんとする仕草にあふれそうな心。戸惑いと不安。どれも忘れたくなくて。夜になると君を思いながら日記を綴る毎日。両思いになったらやめようと思っていたけれど予定通りにはいかなかった。もうしばらく続きそうだ。今日からは隔日で君が書き込むから。
掴み所のない人だった。嘘と冗談が好きな君は一瞬の風のようだ。けれど気が合って交際を始めた。君が「好きだよ」と言って私が「嘘つき」と返す悪戯な日々。そんな君が、手を繋いで海辺を歩いた夜に「死ぬなら今がいいな」と呟いた。その時だけは「嘘つき」と言わなかった。私も同じことを考えていた。
夢が二人を引き裂いた。寝る時間も、行きたい場所も、何もかもがずれていた。別れの日は「お互い夢を叶えよう」と約束して握手した。もう会うことはないと知りながら。時は過ぎ、テレビで懐かしい顔を見た。君だ。随分大人びている。連絡はしなかった。いずれ届く。私も約束を果たしたと、画面越しに。
働き盛りの友は言う。「この頃、深夜にラジオを聴くのが好きだ」と。それを聞いて嬉しかった。忙しい友が新しい喜びを得たのだ。次に会ったらどの番組が好きか尋ねようと思っていたが、幾度電話をかけても出てはくれない。にわかに不安を覚えた。友はラジオを聴いたのではないか、夜明けまで眠れずに。
「恋人になってくれませんか。一ヶ月だけでいいから」よく寝落ち通話をする君からそう言われた。ネットで知り合って半年が経っていた。「気持ちは嬉しいけど、どういうこと?」「冗談、冗談。忘れて」それから君からの連絡が途絶えた。その冬、ずっと入院していた同じ学年の生徒が亡くなったと聞いた。
掃除中、昔好きだった人が置いていった小説を見つけた。「貸すよ」と言われた夏の日からもう五年も経っていた。あの頃は勇気もきっかけもなくて、友達以上にはならなかった。丁寧に埃を払う。「君なら絶対気に入るよ」と言われた本だった。最後のページまで面白くなくてホッとした。秋が近づいていた。