八年も付き合った君と別れたのに涙ひとつ出ない。むしろ朝日がいつもより綺麗で、聞き流す音楽が豊かに響く気がした。靴箱の奥からお気に入りのパンプスを取り出す。私はどこにだっていける、と思った。さよならを紡げないでいた唇が情けない。私の心はずっと前から、君と離れる準備ができていたんだ。
こちらの浮気が原因で別れることになった。飲み会の後、たった一回。けれど恋人は『別れよう』とLINEをしてきた。会って弁解させてほしくて『三年付き合って終わり方がLINE一通って……』と食い下がった。日付が変わってから恋人から返信がきた。『何言ってるの?浮気した時点でもう終わってるんだよ』
失恋で10キロ痩せた。真夜中の電話で別れようと言われてから、気づけば1ヶ月経っていた。彼はどうしてもっと早く相談してくれなかったのだろう。細い脚を見ても今は嬉しくない。静かな部屋で夕食をとりながらあの夜を思い出していた。電話が切れる直前、彼は「痩せていた頃が好きだった」と言った。
「テストの点数高かった方がアイス奢りね」テスト前、隣の席の君は対決を申し込んできた。「アイスでいいの?最近冷えるけど」教室の窓から入ってくる風は仄かに金木犀の香りがした。「じゃあお菓子で」ニッと笑う君が、点数で勝つことよりも二人きりの帰り道を望んでいればいいのに。僕と同じように。
今夜、恋人は同窓会に行くらしい。高校時代のメンバーで集まるそうだ。いってらっしゃい、と笑顔で見送った。その背中が徐々に遠くなる。夕方のネットニュースはこう語っていた。『嫉妬心が強い人は一途なのではなく、むしろ浮気への関心が高い』と。だから行かないでと言いたくなる自分が嫌いだった。
「付き合って一年経つけど」彼女は深夜の喫茶店で言った。「最近なんか冷めてきたなあ、って」すぐには反応できず沈黙が続いた。あまりに急な話で。「どうしたの急に。冗談だよね?」だって昨日までは笑い合っていた。彼女はフッと表情を緩め「うん、嘘」と頷いた。「本当はずっと前から冷めてたんだ」
恋を知るまで私は優しかった。君のそばにいるあの子が憎いとか、どうして私を最優先してくれないのなんて、一度も考えたことがなかった。自信なくて劣等感でいっぱいで布団の中で泣いてばかりの自分が情けなかった。本当は知っていた。恋が私を変えたんじゃなくて、恋が私の弱さに光を当てただけだと。
浴衣を着るのは久しぶり。鏡に映る私はいつもより少し大人びて見えた。スマホを手にとり君とのチャット履歴を確認する。待ち合わせは今日の夕方、花火大会の会場前。どんな顔をしていけばいいだろう。君から来た最後のメッセージがくすぐったい。『会場前に来てください。もしも告白への返事がOKなら』
その結末が賛否両論を巻き起こしていると噂の恋愛映画を観た。幸福とも不幸ともとれる内容らしい。一緒に観た二人の友人は、映画館を出てから激論を交わしていた。「最悪の結末だったね」「え?でも一応復縁はできたんだし」それを聞きながら、なるほど映画の結末は観客の人生観が決めるのだと思った。
好きな人からデートに誘われた。午後二時、駅前に集合。当日は舞い上がりすぎた。何度も着替えたり髪型を変えたりしていたら五分ほど遅くなってしまった。改札を出ると、遠くに君の横顔が見えた。それだけで胸がいっぱいになる。落ち着かない様子で前髪を整えている君が、家を出る前の自分に似ていて。
「寂しくなっちゃった」と彼女は俯いた。それが別れたい理由だった。僕は分かったと答えたが、三年間の思い出を壊す理由が寂しさかよ、と泣けてきてその夜は眠れなかった。半年経って僕は気づいた。最後に伝える言葉として「寂しい」を選んだだけだ、きっと。最後まで僕を責めないのが彼女らしかった。
「絶対に恋人ができる呪文知ってる?」どうしたら恋人ができるだろうと聞いた僕に、美人でモテると評判の友人は自信ありげにそう言った。「知らない。どんな呪文?」「相手に好きって言うの」僕はため息をついた。それで上手くいくのは君だけだ。「僕には無理」「嘘じゃないよ。試しに私に言ってみて」
困ったことがあるたび姉に相談していた。神経質な私とは違って大らかで、ニッコリしてこう言うのだ。「友達と喧嘩したり、恋人と別れたり、人生って色々あるけど、お姉ちゃんはずっとお姉ちゃんだからね」当たり前じゃん、と思っていた。けれど、死にたい夜にいつも思い出すのは姉の言葉と笑顔だった。
出会って一週間で付き合った。そんな衝動的な恋も、気づけば三年続いている。「ねえ、初めて会った時から好きかもって思ってた?」蝉の鳴き声が響く夜の公園で彼に聞いてみた。「いや。違うこと考えてた」彼は首を横に振った。当然頷くと期待していたのに。「ずっとこの人を探していた気がする、って」
イヤリング、運命的にぴったりと有孔ボードにはまるので挿して保管していたのですが、ネットを見てもあまりこういう例は見当たらず、もしかして少数派だったのでしょうか……。
君の秘密を知っている。『夏祭り一緒に行こうよ』LINEの通知を見ただけで胸が高鳴った。好かれている、たぶん。先週は映画に誘われた。瞼の裏ではもう二人の夜が始まっていた。浴衣は白地。ラムネにりんご飴。嬉しくて返事ができなかった。恋人はいないと答えた嘘つきな君を、まだこんなに愛している。
かわいい、と言われた。家族以外の人から初めて言われた。普段下ろしている髪を結んだ夏の日に、廊下でばったり会った君から褒められた。時が止まった気がした。嬉しくて、でも少しだけ情けなくて。私は貰った言葉を宝物にして生きてしまう。君は明るくて、他の子にも同じことを簡単に言える人なのに。
郵便受けの中に鍵が入っていた。帰り際、その小さな鍵を回収すると落ち着かない気持ちになった。たぶん昨日泊まっていった彼が朝に置いていったのだろう。私のために、と買ってきてくれたアイスの甘さがまだ消化できていない。部屋に戻り、私は引き出しの中に鍵をしまった。本当にこれで最後なんだね。
君はおやすみ、と言ってから必ず私の手を握る。大喧嘩をしていたとしても。時々、おやすみの前に大好きだよと抱きしめてくれることもある。そんな時、私は無性に泣きたくなってしまう。恋人ではいられなくなっても、他の誰かを好きになっても、きっと君の手の温かさだけは忘れられないと気づいていた。
変わり者のペンギンは暑い夏が好きだった。あのじわりと溶けるような橙色の太陽に憧れていた。けれどペンギンの仲間はそれを聞くとひどく怒った。ついには仲間外れにしてしまった。変わり者のペンギンは寂しかった。一緒に暑いところに行こうなんて言ってないのに。ただ好きなんだと言っただけなのに。
「恋愛の理不尽なところが好き」休み明け、君は図書室で本を整理しながら言った。「どんなに尽くしても報われるとは限らない。そうでしょ?」どうやら心と時間を注いだ相手にふられたらしい。かける言葉が見つからなかった。君は本を棚にしまう。僕がずっと君を想っていることも悟られている気がした。
花火大会に行った。今夜で別れる約束をした彼女と。この頃喧嘩ばかりだったから、最後は楽しい思い出を作ろうと提案された。夜空に光が弾け儚く消えていく。人が多くても蒸し暑くても幸せだった。普段は怒りっぽい彼女も穏やかで。「やっぱり別れる?」僕の言葉に彼女は頷いた。「そのために来たから」
実家に帰るとぐうたらな子どもに戻りたくなってしまう。「お昼ご飯作ってあげるね」母は扇風機の前で涼む私に声をかけ、台所に立った。ありがたい。一人で住む都会の部屋では誰も料理を代わってくれない。けれど私は台所に近づき「私が作るよ」と言って母の肩に触れた。行動だけは大人になろうとして。
彼女の誕生日に素直な気持ちを伝えた。「誕生日おめでとう。朝ご飯を作ってくれるところ、気遣ってくれるところ、よく連絡をくれるところが大好きです」喜んでほしかったのに彼女はなぜか浮かない顔。ついには一粒の涙が落ちた。「私が好きなんじゃなくて、私がしてあげることが好きなんじゃないかな」
恋愛が趣味みたいな高校生活だった。放課後も週末も恋人のことで頭がいっぱいで、時間を見つけては会いにいった。宿題をするのも買い物もカラオケも全部一緒。青春の全てだった。「高校時代って何してた?」だからそう聞かれると困ってしまう。「勉強ばっかりしてたよ」新しい恋人に初めて嘘をついた。