今日のデートが終わったら、もう君に会うことはない。呼び出されても行かない。電話にだって出ない。二人で歩く夜道で呼吸を整えた。君にとっては都合のいい人で、私にとっては運命の人だった。「じゃあね」その背中に最後の言葉を投げた。私は弱いけれど強い。涙が溢れても運命だって終わりにできる。
結婚するらしい。独身のままがいいと言っていた元彼が、唐突に。「相手は?」「同僚」「へえ」電話をするのは二年ぶり。雨の夜に私達は別れた。彼に結婚願望がなかったから。だから何故と聞きたくなってしまう。けれど聞かずに電話を切った。分かっている。彼は確かに結婚したくなかったのだ、私とは。
たぶん嫉妬深い方だ。彼が元カノと立ち話しているのを見ただけで死にそうになる。「もう恋愛感情はないよ」その言葉を信じられるようになったのは、彼と離れてから。冬の町を歩きながら思う。こんな気分だったんだね。それから「特別な人ではあるけど」と彼が呟いた理由も分かるようになってしまった。
彼女と別れても生活はほとんど変わっていない。元々遠距離だったから当然ではある。家と学校を往復する毎日。コンビニで買ったパンが案外美味しくなかったとか、朝から風邪気味だとか、そういう些細なことを話す相手がいなくなっただけだ。だから驚いた。たったそれだけで泣きたくなってしまう自分に。
「そんなだせぇ服で同窓会行くわけ?」家を出る準備をしていた私に彼が言った。「え、可愛いじゃん」「どこがだよ」服、靴下、帽子、ピアス。険しい顔で腕組みをした彼から全部変えるよう命じられた。困った人だ。渋々着替えをして外に出る。相当心配なようだ。服も帽子も全て彼から貰ったものだった。
大人になり恋をするのが上手になった。いい人と悪い人を的確に見抜き、短期間で距離を詰める。初めての彼氏より二番目の彼氏の方が優しくて、三番目の彼氏は優しい上に格好良い。だから不器用だった頃の自分が恋しくなる。次に付き合う人はもっと素敵かも、なんて考えずに手を繋げる私で生きたかった。
「僕の好きなタイプ……ですか」部活帰り、この頃気になる後輩は夕暮れの空を見上げながら唸った。「うーん、心を許せる人が好きですね。二人だけの内緒話ができるような」真面目な彼の性格がよく出ている答えだ。それから私の目をじっと見て言った。「この話、他の人には秘密にしてくださいね。先輩」
「誕生日、何が欲しい?」そう何度も聞いているのに彼は微笑むばかり。「俺が家に帰ったらさ、ニコって笑ってよ」「もう。ちゃんと教えてよ」当日、私は夕方まで店で贈り物を選んでいた。けれどハッと思い出し、家へと駆け出す。彼の家庭環境は複雑で、よく寂しい思いをしたそうだ。特に誕生日の夜は。
人気作とは別に、神田澪が個人的に気に入っている物語も4つ選んでみました。 #2020年の作品を振り返る
「140字の物語」今年の人気作TOP4です。 2020年は私にとって初の書籍化が決定した、忘れられない年になりました。 #2020年の作品を振り返る
「お互い人気歌手になろうね!」桜の木の下でそう言って幼馴染と握手をした。大きな夢を胸に宿して。高校を卒業して幼馴染はすぐに成功した。「今作ってる曲、どう思う?」人気者になったあの子は今も時々デモ音源を送ってくる。東京でまだ何者にもなれない私へ。嬉しいはずなのに胸がチクリと痛んだ。
愛は目に見えないなんてきっと嘘だ。「このマフラー、せっかく貰ったんだけどほつれちゃった。捨ててもいい?」彼女は白いマフラーを手にそう言った。確かに端の方が少しほつれている。いいよと答えた。それ以外言えなかった。僕だけなのだ。プレゼントが入っていた箱ですらまだ捨てられずにいるのは。
「おじいちゃん、おばあちゃんになっても一緒にいようね」僕は泣かないように空を見上げながら「うん」と頷いた。病弱な彼女が将来の話をするのは初めて。そっと抱きしめたあの日から随分経った。あの約束は果たされていない。もう皺が増えたのに「おばあさん」と呼ぶと「まだおばさんよ」と怒るのだ。
「俺、結婚することになった」元彼からの電話はいつも急で、心臓に悪い。「そっか。おめでとう」未練はないけれど、途方もなく寂しかった。電話を切る前にさよならと言うべきだろうか。もう簡単には会えなくなる。受験前は一緒に図書館にこもり、就職後はお互いの心を支え合った、親友とも呼べる人に。
今日のために可愛い洋服を買い揃えた。動画でヘアアレンジの練習をして、だけど君はスマホを見たまま。「一言くらい褒めてよ」「簡単に褒めないのが俺らしさだから」いつもなら仕方ないな、と諦めるけれど今日は泣きそうだった。らしさが大事なら、褒められたいっていう私らしい感情を無視しないでよ。
今年のクリスマスは彼に会えなかった。「プレゼント、家に届いた。ありがと」夜、遠い地で暮らす彼から電話がきた。少し低いその声を聞いただけで胸が高鳴る。何時間もお喋りをした後、ふいに彼が言った。「会いたいな」思わず口角が上がる。そっけない彼から会いたいなんて言われたのは初めてだった。
『もう別れようか?』そこまで入力したのに送信するのを躊躇っている。恋人にはもう長らく会っていない。電話すらしない。だからこの言葉を送っても変ではないけれど、何か違う気がしていた。初めての恋人と私はどうなりたいんだろう。一晩悩み、早朝に送信ボタンを押した。最後の疑問符を消した後で。
寒い夜は彼で暖をとる。セミダブルのベッドの上、漫画を読む彼の右腕にぴたりとくっつきスマホを触るのだ。お互い無言のまま。冷え性な私とは違い、彼は指先までほかほかしている。眠気を覚えながらふと思った。幸せとは、漫画なら一コマで済まされそうなこの時間が長く長く続くことなのかもしれない。
寝る前に彼と電話をした。まだ温まりきらない布団を肩までかけて、天井を見つめながら。「今日は何してた?」「朝から勉強してて……」彼の近況を聞けるこの時間が何より幸せだ。「じゃあ、おやすみ」最後、彼は満足そうな声でそう言って電話を切った。これから私の一日について話そうとしていたのに。
一目惚れした君からの告白を断った。大学一年の夏。「君に僕はもったいないよ……」君は大きな目に涙をため「なんで」と声を震わせた。言えない。美人で完璧な君じゃなくて、普通の子と付き合いたいなんて。そんな君を町で見かけたのは就職後のこと。少し疲れたスーツ姿の君は、普通の社会人に見えた。
上京する彼女を見送った。「心配しないで。私モテる方じゃないし」スーツケースを引く彼女に知ってる、と返事をすると怒られた。女心は複雑だ。「俺はまあまあモテるけどね」「はいはい」午後五時、飛行機が彼女を連れ去った。茜色の空に乞う。照れた時の可愛すぎる笑顔を、僕以外誰も見ませんように。
子供の頃から片思いしている君が、また恋人に振られたらしい。真冬の公園に呼び出された夜。その目も頬も真っ赤だった。たった二ヶ月の真剣交際だったそうだ。「俺でいいじゃん」とつい口に出してしまった。「何それ」君の嫌そうな顔にズキリと胸が痛む。「俺で、じゃなくて俺の方がいいって言ってよ」
「遠距離かあ」と彼は嘆いた。「俺、電話かけるのって苦手でさ」嫌な顔はするけれど卒業式の日になっても別れようとは言われなかった。春、私は遠くの町へ引っ越した。彼は本当に電話をかけてこない。その代わり、毎晩「起きてる?」とLINEをくれる。そうすれば私が電話をかけてくると知っているから。
数年前の自分が残した言葉が今まさに響いている。