201
感動する映画を観て、彼に会いたくなった。『今から行ってもいい?』『うん』彼からの返事を確認して電車を降りた。飲み物とお菓子を買って家へ。彼は勉強をしていた。「大好き」そう言って抱きつく。「え、なに」その言葉にすっと熱が冷めた。駄目だ、彼を悲しませたくなる。私は愛を伝えにきたのに。
202
もう会えない君が夢に出てきた。「いつまで泣いてるの」と笑う君に「いつまでもさ」と返事をした。胸が苦しくなる。僕とは違い、君だけは若いままだった。君は困った顔で「約束を守ってよ」と呟く。目が覚めると同時に昔のことを思い出した。付き合う時、確かに僕は「君の全てを受け入れる」と誓った。
203
「世界一好きなんていい加減な言葉はいらないから、今日の服似合ってるって褒めてよ」彼女の言葉はどれもこれも本の中から抜け出してきたようで、面倒なこだわりごと愛していた。別れた後もその輝きが消えなくて。だからSNSはもう見ないと決めた。昔のままでも変わっていても傷ついてしまう、きっと。
204
朝からそわそわしていた。窓の外は曇り空。新品の可愛いルームウェアを隠すようにリュックに詰めた。「あのさ」洗い物をするお母さんに声をかける。「今日、友達の家に泊まってくるから」楽しんできてね、というその顔をまっすぐ見れない。私は変わってしまった。大好きなお母さんに嘘をつける人間に。
205
「遠距離かあ」と彼は嘆いた。「俺、電話かけるのって苦手でさ」嫌な顔はするけれど卒業式の日になっても別れようとは言われなかった。春、私は遠くの町へ引っ越した。彼は本当に電話をかけてこない。その代わり、毎晩「起きてる?」とLINEをくれる。そうすれば私が電話をかけてくると知っているから。
206
深夜の散歩が好きだ。「急に炭酸飲みたくなってきた」「買いに行く?」頷き合い、部屋着とサンダルで夜の町へ。木々はざわざわと揺れ、自動販売機にはヤモリがはりついている。ソーダとコーラを一本ずつ。お互いプシュッと蓋を開けた。この時間が好きだ。どんなに近い場所でも、君は隣を歩いてくれる。
207
「私に彼氏ができたらどうする?」「え、泣く」幼馴染は白いシャツの袖で涙を拭うふりをした。そんな台詞はいくらでも言うけれど、彼に告白されたことはない。曖昧な関係のまま、十七歳になった。夏休みを待つ教室の片隅。「話があるんですが」放課後、彼の腕を引き寄せた。「ハンカチの準備はいい?」
208
「好き」は貴方にあげたけど、人生まではあげられない。右手薬指のペアリングを外した。愛されないって泣くのは今日まで。冷たいのも、雑な扱いも、別にいいや。ただの友達に戻るから。『次付き合う子は大切にしてね』最後のメッセージを送信した。長い春が終わる。私は少し、私のことが好きになった。
209
彼はいつもタイミングが悪い。制汗剤を塗り忘れた日にばかりくっついてきたり。ケチなくせに、今日に限って「払っておいたよ」だなんて。くたびれたジーンズで隣を歩くのが恥ずかしい。見慣れた街並みが夕闇に輝く。目の奥が熱くなった。いつもみたいに雑に扱ってよ。私、さよならって言いにきたのに。
210
掴み所のない人だった。嘘と冗談が好きな君は一瞬の風のようだ。けれど気が合って交際を始めた。君が「好きだよ」と言って私が「嘘つき」と返す悪戯な日々。そんな君が、手を繋いで海辺を歩いた夜に「死ぬなら今がいいな」と呟いた。その時だけは「嘘つき」と言わなかった。私も同じことを考えていた。
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サッカー部のスタメンに初めて選ばれた。三年間の集大成となる試合に自分が出られるなんて。「やったじゃん!」仲のいい部活の友達に背中を叩かれた。だけど今は嬉しさを表現できない。「おいおい、もっと喜べって……」できないよ。俺の代わりに落とされたお前が、こんなに、こんなに泣いているのに。
212
八年も付き合った君と別れたのに涙ひとつ出ない。むしろ朝日がいつもより綺麗で、聞き流す音楽が豊かに響く気がした。靴箱の奥からお気に入りのパンプスを取り出す。私はどこにだっていける、と思った。さよならを紡げないでいた唇が情けない。私の心はずっと前から、君と離れる準備ができていたんだ。
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「声聞いたら安心した」恋人は電話の向こうでふふっと笑った。それから「今夜はよく眠れそう」と付け加えた。涼しい風が吹く月夜だった。遠距離恋愛を始めてしばらく経つ。恋人の言葉が嬉しかったのに、すぐにはそうだねと頷けなかった。声を聞いたからこそ会えない寂しさが溢れそうだとは言えなくて。
214
彼が女の子の自撮りにいいねしていた。童顔で、私とは正反対の顔立ちのアイドルだった。彼の元カノに少し似ていた。夏風が吹き込む部屋で鏡を見る。目も輪郭もキリリと細い。好みではないと、分かってはいた。彼とは、夏が終わる前に別れた。この頃彼のいいね欄には、クールな女優の写真が並んでいる。
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席替えの後、好きな子の横顔が遠くなった。今朝までは隣同士だったのに。明るくお喋りで、休み時間のたびに話しかけてくれるから嬉しかった。ふと窓際の席に座るあの子の方を見ると、こちらの視線に気づき小さく手を振ってくれた。なぜだかそれが、今までのどのやりとりよりも強く胸をキュッとさせた。
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「どうやって告白しよう」親友は電話の向こうでかれこれ三時間悩んでいる。会う以外の方法で伝えたいらしい。「LINE送れば?」「ネットに晒されるかもしれないじゃん!」「手紙は?」「裏で回し読みされるかも」親友は声を震わせる。私は大きなため息をついた。「そんなやつに告白しようとしてんの?」
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モテる友人に好きなタイプを聞いた。「お洒落な人かな」さらりと答えるその姿に憧れる。確かに彼女の元カレはみんなお洒落だった。けれど、まさかこだわりが服装だったとは。「へえ。かっこいい、とか優しい、とかじゃないんだね」驚く私に、友人は再びあっさりと返した。「え、それは大前提でしょ?」
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「俺、結婚することになった」元彼からの電話はいつも急で、心臓に悪い。「そっか。おめでとう」未練はないけれど、途方もなく寂しかった。電話を切る前にさよならと言うべきだろうか。もう簡単には会えなくなる。受験前は一緒に図書館にこもり、就職後はお互いの心を支え合った、親友とも呼べる人に。
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「長く続いたドラマの最終回でさぁ、初期の主題歌流すことあるじゃん」彼女はベッドの上でスマホを触りながら言った。「あれってエモくない?」僕は「分かるわ」と返事をした。ベタな演出だがいつも胸が熱くなる。ふと彼女のスマホから音楽が流れ始めた。付き合いたての頃に二人でよく聴いた曲だった。
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なかなか電話を切れないふたりだった。「そっちが切ってよ」「そっちこそ」そんなやり取りで笑い合う夜が好きだった。けれど季節が過ぎれば大人になる。講義室で眠そうにしていた君は、いつの間にか変わっていた。「今までありがとう」最後の電話だった。君はもう、こんなにあっさり電話を切れるんだ。
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恋愛が趣味みたいな高校生活だった。放課後も週末も恋人のことで頭がいっぱいで、時間を見つけては会いにいった。宿題をするのも買い物もカラオケも全部一緒。青春の全てだった。「高校時代って何してた?」だからそう聞かれると困ってしまう。「勉強ばっかりしてたよ」新しい恋人に初めて嘘をついた。
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「見て。この帽子」彼は店の棚に飾られていたお洒落な帽子を手に取り、私に見せた。「すげえ似合いそう」珍しい。いつもは私を褒めないのに。しかしまだ続きがあった。「俺に」その自信の欠片でいいから欲しい。彼は自分が大好きなのだ。ため息をつく私に彼は帽子をかぶせて笑った。「俺より似合うわ」
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友達には戻れなかった。べつに、ひどい別れ方をした訳ではなかったけれど。「……あ」久々にすれ違った君は気まずそうな顔。廊下はしんとしていた。「なんだ、元気そうじゃん」わざと茶化すように言い残して駆けた。角を曲がり、階段をおりて、おりて、涙をふいた。戻れないや、君はあまりにも特別で。
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今年のクリスマスは彼に会えなかった。「プレゼント、家に届いた。ありがと」夜、遠い地で暮らす彼から電話がきた。少し低いその声を聞いただけで胸が高鳴る。何時間もお喋りをした後、ふいに彼が言った。「会いたいな」思わず口角が上がる。そっけない彼から会いたいなんて言われたのは初めてだった。
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「一人でいるより楽しい」から付き合って「一人でいる方が楽」だから別れた。僕も彼女も大人で、あっさり終わった交際だった。午後十時、ベランダでタバコに火をつける。僕は大人になった。恋人が去っても昔のように悲しむことはない。白い煙を吐いてから、もう部屋で吸ってもいいんだったと気づいた。