苦手なタイプの子が隣の席になった。先生にもタメ口で、校則違反の服装、話題は彼氏や遊びのことばかり。私とは正反対だ。恋やお金とは遠く、必死で勉強している。そんなある日、彼女のテストの点数が見えてしまった。全て私より上だった。規則通りに結んだ胸元のリボンが、虚しく見えて仕方なかった。
君と別れてから、人に褒められるくらい可愛くなった。朝、雨空の下を走る電車に揺られ都心へ向かう。ふいに視線を感じた。顔を上げると、斜め前には懐かしい君。けれどすぐ電車を降りていった。半年前と同じ、冴えない後ろ姿で。なぜか負けた気がした。私と別れたくらいじゃ何も変わらないんだ、君は。
母のアルバムには星空の写真ばかり入っている。日付は二十年前。独身時代に撮ったようだ。「お父さんと星を見に行ってたの?」母は首を横に振った。「実は違うのよ」「まさか元カレ?」私の質問に母は笑った。「お父さんとは遠距離恋愛でね。夜のベランダで電話してたから、綺麗な星をよく見つけたの」
彼が前の恋人に送った言葉が目に入ってしまった。「今が人生で一番幸せ」送信日は二年前。添えられた写真の中の海は宝石のように輝いていた。私はたまらず聞いた。「ねえ、人生で一番幸せだったのって、いつ?」本を読んでいた彼は答えた。「さあ。いつかな」私は悟った。彼の目は今、過去を見ている。
彼女は面倒な人だった。僕と付き合う気はないくせに寂しがりやで、時々向こうから手を繋いできたりした。けれど彼女に恋人ができた夏、そんな関係も終わった。未だにLINEだけは来るが。そんな面倒なやつ忘れな、と友人は肩を叩く。そう簡単じゃない。あんなに面倒なのに、それでも好きだったんだから。
全国民が心を病んでいるという国を旅した。珍しい国だ。旅人として興味が湧いた。危険度は低く、観光する分には特に問題ないらしい。空港を出ると清潔そうな街が見えた。人も普通に外を歩いている。僕はその国で様々な人と話をした。そのうち僕は怖くなってしまった。皆、至って普通の人ばかりだった。
寝る前に彼と電話をした。まだ温まりきらない布団を肩までかけて、天井を見つめながら。「今日は何してた?」「朝から勉強してて……」彼の近況を聞けるこの時間が何より幸せだ。「じゃあ、おやすみ」最後、彼は満足そうな声でそう言って電話を切った。これから私の一日について話そうとしていたのに。
『ごめん、他の用事ができちゃった』待ち合わせの直前にそんな連絡が来た。勇気を出してやっと食事に誘えた人からだった。『気にしないでください』と返事をして電車を降りる。それ以上の連絡はなかった。丁寧に編んだ髪の毛の一本一本が虚しい。『また別の日に』と送りたいのは私だけなのだ、きっと。
君はおやすみ、と言ってから必ず私の手を握る。大喧嘩をしていたとしても。時々、おやすみの前に大好きだよと抱きしめてくれることもある。そんな時、私は無性に泣きたくなってしまう。恋人ではいられなくなっても、他の誰かを好きになっても、きっと君の手の温かさだけは忘れられないと気づいていた。
初めての遠距離恋愛。時々寂しくなるが、僕は案外穏やかに暮らせている。むしろ彼女への想いが薄れないかどうか不安になるくらいだ。冬、一年ぶりに帰省した。空港で待っていたのは肩の下まで髪が伸びた彼女。目が合うと全ての悩みが吹き飛んだ。言葉よりも先に走り出す足が会いたかったと叫んでいた。
二十歳になるのが嫌だ。「明日は誕生日だね」夜、お母さんはカレンダーを見て微笑んだ。私もついに大人だわ、と大げさに嬉しいふりをする。泣いてしまわないように。やりたいこともないくせに、何かをやり残した気がしていた。部屋に戻り、窓を少し開けた。高い星を見た、あと五分だけの十九歳だった。
彼と喧嘩して家を飛び出した。真夜中、財布とスマホだけを持ってどかどかと歩く。些細なことが原因だった。振り向いてみるが、誰もいない。彼はこういう時、絶対に追いかけてこない人だ。待ってと言って抱きしめてくれれば、私だってすぐに許したのに。今夜もまた、近くのコンビニに先回りされていた。
大好きな彼女に振られた。不器用な自分なりに大切にしていたのに。長い髪を揺らしながら遠ざかる後ろ姿に「どうして」と問いかけた。涙で潤んだ目が僕を真っ直ぐに見る。「あなたは優しくて、しっかり者で、欠点がなくて」「だったらなんで」曇り空から雨粒が落ちた。「だから疲れちゃった。ごめんね」
愛は目に見えないなんてきっと嘘だ。「このマフラー、せっかく貰ったんだけどほつれちゃった。捨ててもいい?」彼女は白いマフラーを手にそう言った。確かに端の方が少しほつれている。いいよと答えた。それ以外言えなかった。僕だけなのだ。プレゼントが入っていた箱ですらまだ捨てられずにいるのは。
「あっ!」彼が急にスマホの画面を指差した。なぜか口をパクパクさせながら。「どうしたの?」映し出されていたのは子猫の写真だった。真っ白なタオルの上でとろんと眠そうな目をしている。「可愛いね」私の言葉に彼は嬉しそうに頷いた。なるほど。昨日、他の子に可愛いって言わないでと怒ったせいか。
最近ときめいていない。恋人は返信が遅くなったし誕生日のサプライズもなくなった。変わってしまったのだ。私とは違っていつも幸せそうに見える友人に聞いた。「最近恋人といてキュンとしたことある?」友人は答えた。「週末に会うたびにキュンとする」その表情を見て、変わったのは私もだと気づいた。
恋を知るまで私は優しかった。君のそばにいるあの子が憎いとか、どうして私を最優先してくれないのなんて、一度も考えたことがなかった。自信なくて劣等感でいっぱいで布団の中で泣いてばかりの自分が情けなかった。本当は知っていた。恋が私を変えたんじゃなくて、恋が私の弱さに光を当てただけだと。
「僕の好きなタイプ?」彼は照れた顔で言った。「うん。教えてよ」勇気を出してやっと聞けた。期待と不安が入り交じって胸の鼓動が高まる。「僕とは正反対の人かな」なるほどと頷くことしかできなかった。みっともなく泣いてしまいそうだった。「君と僕は似てるね」と言われて、昨日は嬉しかったのに。
「大人になると、告白ってしなくなるよね」今夜こそ先輩に告白しようと思っていた私は返事に窮した。「え……じゃあ、どうやって好意を伝えるんですか?」隣に座る先輩は事もなげに答えた。「映画に誘うとか?」私は必死で今朝のことを思い出そうとした。前売り券をくれた時、先輩はどんな顔をしてた?
同僚は恋人にしない、と君は言った。昔から本当に真面目だ。だから二人で飲むようになっても恋心を隠し続けてきた。週末、買い物に付き合ったって期待してはいけない。ルールを守る人だから。ある夜、そんな君が急にデスクを訪ねてきた。「今日飲みにいける?会社辞めるから、伝えたいことがあるんだ」
「今年から義理チョコを配るのはやめます。メリットが少ないです」会社に着いて早々、同僚が高らかに宣言した。個人的には残念だが、彼女の合理的なところが好きでもある。夜、彼女は帰り際、僕の机に「チョコです」と紙袋を置いた。「配るのやめたんじゃ」彼女はさらりと答える。「はい、やめました」
同窓会で初恋の人と再会した。大人びた横顔が眩しく見える。「中学生の頃、毎年義理チョコもらってたじゃん。実はあれ、すごい嬉しかった」当時は恥ずかしくてお礼も言えなかった僕が、今は素直な気持ちを曝け出せる。けれど君は悲しげに目を伏せた。「義理チョコなんて、一回も渡したことないけどね」
過去なんて気にしないと決めていた。けれど付き合ってから初めて行くデートの予定を考えるだけで心が折れそうだ。「どこに行きたい?」雑誌のデートスポット特集を見せると恋人は曖昧な表情を浮かべた。どこも去年行ったばかりだそうだ。都内の水族館も。箱根の温泉宿も。密かに憧れていた場所は全部。
今年最後のデートに出かけた。粉雪が降る十二月。「寂しくなるね」彼女は公園のベンチに腰掛けて言った。来年、僕は夢を追うために上京する。「ねえ」彼女は小声で何かを言った。「何?」「応援してるよって言ったの」一月、僕は飛行機に乗った。行かないでという言葉は、ちゃんと聞こえていたけれど。