高校時代の親友と縁が切れた。大人になった私達はいつの間にか趣味も価値観も変わっていて、会うたびに息苦しさを感じていた。笑い声よりも沈黙が目立つようになった頃、私達は自然と会わなくなった。十年前のツーショットを見ながら思う。離れてよかった、たった一人の親友を嫌いになってしまう前に。
「ひまわりって怖くない?」ひまわり畑へと向かうバスの中で彼女は言った。「お前を見ているぞって感じ」「なんだそれ」変なことを言う人だ、と僕は笑った。あんなに綺麗なのに。翌年、遠距離恋愛を始めると彼女はひまわりを送ってきた。花瓶に入れたその花はなぜか、ただ綺麗なだけではない気がした。
「恋人ができたんだ」信号待ちで君は早口に言った。昼下がり、強い日差しが肌を焦がしていく。「ふーん」心配そうな君の顔を見て、恋人ができた嬉しさで報告したのではないと確信した。どうしても祝ってほしいのだ。「おめでとう」許すように呟く。信号が青に変わり、先月告白したことをまた後悔した。
溶けた氷が夏の音を立てる。カフェの窓際で、俯いたまま次の話題を探していた。遠くに引っ越した君に会うのは半年ぶり。「多かった?」半分残したコーヒーを指差して君が言う。曖昧に笑ったのは、飲み干すのが帰りの合図になりそうだったから。空になった君のグラスと比べると、愛の残量みたいだった。
「俺がダメな恋をしてたら、止めてくれる?」小さい頃からよく知っている彼は、海沿いの通学路を歩きながらそう頼んだ。自信がなくていつも迷っている人だった。「はいはい」私は苦笑いした。二十歳の夏、あの約束を果たす時が来た。傷つけたくないけれど、今、親友として伝える。「別れよっか、私達」
彼女と別れそう、と君が言った。私って性格悪い。嬉しいと思ってしまった。いつか振り向くかな。面倒だけど髪を伸ばした。趣味じゃない服装も、君の好みだからいつも身に纏った。ずるいけど本気の恋。桜が散る頃、君はそのまま結婚した。式場の隅では、見た目だけ君好みの私が、俯いて拍手をしていた。
ジャンクフードが食べたい。なぜだか、無性に。時計を見ればちょうど昼時。ついでにと、最近少し気になっている人を誘った。すぐに店に来た君は、コーヒーだけを頼んでいた。実はジャンクフードが苦手らしい。「言ってくれれば他の人を誘ったのに」君は頭を掻いた。「それが嫌だから来たんだけど……」
僕にそっくりな大人に話しかけられた。公園で友達を待っていた時だった。「未来から来たんだ。昔の自分が懐かしくなって」ベンチに腰掛けたその人は、未来の生活について教えてくれた。僕は最後に聞いた。「大人って楽しい?」「楽しいさ」嘘つき。僕は心の中で呟いた。だったらなんで戻ってきたのさ。
言えなかった。花火を見にいこうと、何度も練習したのに。放課後、君は廊下で他の子に誘われていた。「週末の花火大会、一緒にいこ?」「いいよ」ああ駄目なんだ。一途なだけでは。土曜の夜、部屋の隅で膝を抱えた。真っ黒なヘッドホンで耳を塞ぐ。大好きな花火の音が、泣きたくなるほどうるさかった。
困ったことがあるたび姉に相談していた。神経質な私とは違って大らかで、ニッコリしてこう言うのだ。「友達と喧嘩したり、恋人と別れたり、人生って色々あるけど、お姉ちゃんはずっとお姉ちゃんだからね」当たり前じゃん、と思っていた。けれど、死にたい夜にいつも思い出すのは姉の言葉と笑顔だった。
初めて話すクラスメイトが日直の仕事を手伝ってくれた。清楚に見えるが「遊んでいる」と噂される女の子だ。「噂って当てにならないね」「え、どんな噂?」首を傾げる彼女に噂の説明をした。「夜遊びしてるとか……」「ふふ。それは嘘だよ」彼女は口に手を当てて笑った。「そんな可愛いものじゃないよ」
思い出が詰まったコンビニの前で別れた。「また会おうね」君は最後にそう微笑んで去っていった。家までの道をひとりで歩くのは変な気分で、明日にはこれが寂しさに変わるのだと確信していた。君はいつも通り優しかった。もう会う気なんかないくせに。嘘の甘さに恋をして、嘘の儚さでさよならを決めた。
「忘れ物した」君からのメッセージで二ヶ月ぶりに会うことになった。僕の家まで来ると言うから掃除をした。きっとすぐ帰るだろうに。肌寒い夜、君は予告通り家を訪ねてきた。小さな飾りがついたヘアピンを渡す。君は何か言いたげな顔で帰っていった。「このためだけに来たの?」と聞けない僕を残して。
失恋で10キロ痩せた。真夜中の電話で別れようと言われてから、気づけば1ヶ月経っていた。彼はどうしてもっと早く相談してくれなかったのだろう。細い脚を見ても今は嬉しくない。静かな部屋で夕食をとりながらあの夜を思い出していた。電話が切れる直前、彼は「痩せていた頃が好きだった」と言った。
ネットの友達がアカウントを消した。突然だった。夜が明けても消えたままで、私は動揺を隠して学校に行った。友達とはいつものように漫画の話をした。先生のものまねで盛り上がった。なんだ、私ちゃんと笑えるじゃん。ただあの子がいないだけだ。真夜中に病む私を知る人が、いなくなってしまっただけ。
アプリで知り合った相手にドタキャンされた。女友達にその話をすると、よくあることだよ、と励まされた。「はあ、いつになったら幸せになれるのかな」もうアプリで頑張るのも疲れた。「幸せって案外近くにあるらしいよ」「日々の生活を大切にってこと?」彼女は僕の質問に答えず、深いため息をついた。
「ついでに、ご飯いきません?」取引先の課長に誘われ、二人でレストランへ。気難しい人だと思っていたが、外で見る彼は爽やか。聞けば同年代らしい。手慣れた様子でメニューを渡してくれた。「俺、ここのランチ好きで。……あれ、なんで笑ってるんです?」ちょっと可愛いなと、いつもはワタシだから。
子供の頃から片思いしている君が、また恋人に振られたらしい。真冬の公園に呼び出された夜。その目も頬も真っ赤だった。たった二ヶ月の真剣交際だったそうだ。「俺でいいじゃん」とつい口に出してしまった。「何それ」君の嫌そうな顔にズキリと胸が痛む。「俺で、じゃなくて俺の方がいいって言ってよ」
「先輩、今度映画に」「めんどい」デートの誘いを断られ続けて数ヶ月。根負けしたのか、ある日ついにOKが出た。やっとだ。このチャンス、絶対活かしてみせる。けれど当日、準備に手間取り大幅に遅刻してしまった。駅前で思わず泣きそうになる。先輩は遅すぎ、とため息をついた。「次は遅れないでよ」
私は嘘つきだ。ずっと一緒にいようね、も嘘。君が世界一かっこいい、も嘘。大人になっても君が好き、も嘘。二人目の彼に頬を寄せた。懐かしい散歩道で、悲しいほど赤い鬼灯が風を受けて揺蕩う。「ずっと一緒にいよう」彼の言葉が降る。いつも嘘だけつけたらいいのに、未完成な私は何も言わずに笑った。
成人式の後、国から二つの薬が届いた。傑出した能力を得られるが短命になる薬と、何の代償もなく寿命を延ばせる薬。僕は恋人を呼んで言った。「一緒に長生きしようよ」けれど恋人は首を横に振った。「私は別の薬にする」恋人は百年後に見る夕映えより、歴史に刻まれた名前の方が美しいと思う人だった。
グラスにカルーアを30ml、ミルクを90ml。レシピ通りに作ったカクテルを口に含んだ瞬間、思わず顔を顰めた。僕には甘すぎる。甘いお酒ばかり残していった君に文句を言いたくなった。『うちに置いたお酒消費してよ』返事はOKのスタンプ。「わざと置いたの」と聞かされたのは、君が恋人になった後だった。
夢に好きな人が出てきた。冬の遊園地で手を繋いで、輝くイルミネーションを見た。吐く息が白いってだけでなんだか面白くて、二人で何度も空気を真白に染めた。幸せだった。年の差なんて気にならないくらいに。一人の部屋で目が覚めると好きな人に会いたくなった。今はもう夢の中でしか会えないけれど。
長年片思いしていた人のアイコンが変わっていた。幸せそうな二人が花畑の中で微笑み合っている。タイムラインをスクロールする手を止め、アイコンをじっと見つめた。優しいな。私が描いた絵をアイコンにしてくれるなんて。喜べと自分に言い聞かせる。結婚式のウェルカムボード用に依頼された絵だった。