いつも明るい友人がどうも苦手だった。何をしても「楽しい」とはしゃぎ、どんな映画を見ても「感動した」と泣く。流されやすくて浅いやつだなんて考えていた。けれど大人になって気づいた。あいつ以外、自分も周りも居酒屋で愚痴ばかり。暗い帰り道で思う。こんなに簡単なんだな、気難しくなるのって。
「好きだよ」と言ってくれないところ以外全部好きだった。まめに連絡をくれて、私に触れる手はいつも優しくて、笑顔が可愛くて。友人からは愛されてるねと言われる。けれど夜が来るたびに涙が溢れた。悲しいのではなく情けなかった。言葉しか信じない自分を変えられない。ずっと大切にされているのに。
二十歳の誕生日、タイムカプセルを開けた。中には十歳の私が書いた手紙が。『未来のわたしへ。夢は叶いましたか?幸せですか?もしそうなら、手紙は捨てていいです。過去はふりかえるな!』思わず笑ってしまった。かっこいいことを書きたい年頃だったようだ。深夜、私は色褪せた手紙を大切にしまった。
「私にしとけば?」なんて言って、君に近づく勇気はなかった。「最近倦怠期なんだ」その言葉に期待せずにはいられなくて、いつもより暑い夏だった。君が別れたら、君が別れたら。想像しながら歩いたら君の背中を見つけた。小柄なあの子の手を引いていた。木陰で一人立ち止まる。仲良しじゃん、嘘つき。
隣の席の君は人気者だ。優しくて、爽やかで、クラス内にファンクラブがある。私だけは入ってないけれど。そんな君と委員会が一緒になった。夏の午後、並んで花壇に水やりをする。「すごいね、ファンクラブ」君は意外にも不機嫌そうに答えた。「別に、あんなの意味ないよ。俺の好きな子は入ってないし」
夜の公園から秋の匂いがした。「告白の言葉が何だったか覚えてる?」散歩中、君は私の質問にすまし顔で答えた。「俺んとこ来いよ、だろ。懐かしいな」「あはは。嘘ばっかり」隣を歩く君は呆れるほどの自信家だ。だから忘れてあげない。一年前の君が「恋人になってください」と震える声で言ったことを。
時々、人の目の中に数字が見える。それが付き合ってから別れるまでの年数だと気づいたのは、二十歳の時だった。それ以来恋愛から遠ざかっていた。付き合っても虚しくて。そんな自分がまた恋に落ちた。数字は見えていたけれど、それでも好きで付き合った。共に生きようと思う。君と素晴らしい五十年を。
「ずっと待ってる」と君はひび割れた笑顔で言った。私は告白を断ったのに。その言葉通り、次の日も変わらず挨拶してくれた。真夏の太陽みたいだった。いつでもそばにいてくれる君に恋をしたのは紅葉が舞い落ちる頃。私の告白を聞いて君は号泣した。「嘘ついてごめん。待ち続けられるほど強くなかった」
「元気?」と、前の恋人から連絡が来た。「元気だよ。そっちはどう?最近暑くなってきたね。そういえば、あの部屋から引っ越した?置きっぱなしの服、もう捨てたかな。ねえ、新しい彼女、私より可愛い?」打った文字を全て消した。やっぱり返信はしない。君に甘えたら私、あのさよならを壊してしまう。
「いつか結婚してさ、家族で幸せに暮らしたいね」「そうだねぇ」学生時代、僕らはよく未来の話をした。夜風が吹く並木道で手を繋ぎながら。今は全てが懐かしい。大人になって僕らは夢を叶えた。「今、幸せだなぁ」「僕もそう思う」同窓会で思い出話をした。僕と君にはそれぞれ新しい家族ができていた。
スマートグラスに「ミュート」機能が追加された。ボタン一つで嫌いな人を視界から消せるというものだ。生活上必要な時だけ相手が表示される仕様で、ストレスが減ると評判だ。そんなある日、駅でスーツ姿の人から肩を叩かれた。「あなたは百人以上からミュートされました。別区画で暮らしてもらいます」
今日のデートが終わったら、もう君に会うことはない。呼び出されても行かない。電話にだって出ない。二人で歩く夜道で呼吸を整えた。君にとっては都合のいい人で、私にとっては運命の人だった。「じゃあね」その背中に最後の言葉を投げた。私は弱いけれど強い。涙が溢れても運命だって終わりにできる。
最近、人間とアンドロイドが一緒に働く会社が増えている。僕の取引先もそんな会社の一つだ。打ち合わせの際、オフィスを見て驚いた。「ぱっと見、誰がアンドロイドか分かりませんね」取引先の担当者は答えた。「表情で分かりますよ。無表情か笑顔か」なるほどと頷いた。「笑顔な方がアンドロイドです」
「私のどこを好きになったの?」バーで乾杯した後、私はずっと気になっていたことを聞いた。恋愛には興味がないと聞いていた彼に告白された時は正直驚いた。彼は「色々あるけど」と言ってグラスだけが置かれたテーブルに目を向けた。「二人でいる時スマホを全然触らないよね。たぶん、そういうところ」
元彼の母から電話があった。静かな夜のことだった。彼に何かあったのだろうか。一瞬緊張が走ったが、違うようだ。私とも親子のように仲良くしていたので、最後に挨拶がしたかったらしい。「本当の家族になりたかったな……なんてね」この言葉を聞き、別れてから初めて涙が出た。私もです、おかあさん。
二人で食べようねと言った高いチーズがまだ残っていた。冷蔵庫に入れたお酒の缶も、使い古した枕も、傘もコップも偶数なのに、君がいない。別れ際、捨てておいて、と君は手を振った。好きでもないカップ麺を食べながら、LINEのお気に入りから君を外した。死ぬまで一緒にいると信じていた人だった。
彼女が目を合わせてくれない。そのせいで喧嘩したまま半日が経った。僕としてはそろそろ仲直りをしたいのに。ソファに腰掛け、彼女は分厚い本を読み続けている。ページを捲る音がいやに響く部屋で、僕はついに口を開いた。「こっち見てよ」「無理」即答だった。「どうして」「顔見たら許しちゃうから」
昔読んだ本に書いてあった。人は息を引き取る時、向こうの世界に一つだけ好きなものを持っていけるらしい。祖母の着物や叔父さんのカメラが見つからなくなったのもそのせいだろうか。恋人の写真を見ながらそんなことを考える。なら僕を選ばなかった君はやっぱり優しい。あんなに寂しがりやだったのに。
「一生君を支えるから」昨年旅立った夫からそんなプロポーズを受けたことを思い出した。一人きりの結婚記念日。神経質な私とは違って大らかな人で、すぐに謝るから喧嘩にもならなかった。そして一度も約束を破ったことがない。「君は特別な人だよ」夫がくれた言葉が、泣き虫な私を今も支え続けている。
三年付き合った人と友達に戻った。ふしぎ、昔より仲良くなった気がする。しばらくしていなかった映画の話、漫画の話、今日流れてきたニュースのこと。トーク履歴が踊るようにぽんぽん増えていく。だけど夏がくる頃、君からの連絡はぴったりやんだ。淡い痛みが胸を刺す。きっと、新しい恋をしたんだね。
上京する彼女を見送った。「心配しないで。私モテる方じゃないし」スーツケースを引く彼女に知ってる、と返事をすると怒られた。女心は複雑だ。「俺はまあまあモテるけどね」「はいはい」午後五時、飛行機が彼女を連れ去った。茜色の空に乞う。照れた時の可愛すぎる笑顔を、僕以外誰も見ませんように。
彼はクールで愛情表現が乏しい。けれどそれで諦め、納得する私ではない。「出勤前にキスすると寿命が5年伸びるんだって」そう言って、出かける前の彼を少し屈ませる習慣を作った。そんなある日。気づけば、彼は外出する準備を済ませ、玄関にいた。恥ずかしげな顔で振り向いて。「寿命のやつ、まだ?」
変わり者のペンギンは暑い夏が好きだった。あのじわりと溶けるような橙色の太陽に憧れていた。けれどペンギンの仲間はそれを聞くとひどく怒った。ついには仲間外れにしてしまった。変わり者のペンギンは寂しかった。一緒に暑いところに行こうなんて言ってないのに。ただ好きなんだと言っただけなのに。
「おじいちゃん、おばあちゃんになっても一緒にいようね」僕は泣かないように空を見上げながら「うん」と頷いた。病弱な彼女が将来の話をするのは初めて。そっと抱きしめたあの日から随分経った。あの約束は果たされていない。もう皺が増えたのに「おばあさん」と呼ぶと「まだおばさんよ」と怒るのだ。
夜の街を駆けた。大好きな人に会うために。あと五分もすれば着くはずだ。すれ違う人は不思議そうな目でこちらを見ていた。無理もない。真冬なのに汗だくなのだ。会いたい。いつも会いたいと思っているけれど、今日は特別だ。ただ「愛してるよ」と伝えたい。だから神様、まだあの人を連れていかないで。