君の寝顔を見ながら、昔のことを考えた。そういえばいつ好きになったんだっけ。ずれ落ちそうな布団をかけ直してあげつつ、頭の中で季節を遡る。道案内をしてもらった春?案外気が合うと気づいた夏?明確には思い出せなかった。けれど不思議と悪い気はしない。きっと君を好きな理由は一つじゃないんだ。
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恋人に捨てられた。夜、凍える道を震えながら帰った。本当は知っていた。君が前の恋人を忘れられないこと。それなのに君は告白に頷いた。なぜだろうと今でも思う。家に帰り、冷たくなったポケットのカイロを触って気づく。お手軽に温まりたかっただけなのだ。カイロの将来なんて、興味がないのだから。
「今週末、買い物付き合ってよ」下校中、君は桜並木の下で言った。いいよと短く返事をする。嬉しさが声にこもらないように。硬い種だと思っていた恋はいつの間にか芽吹いていた。何も与えずとも健やかに育つ。育ってしまう。「彼女に何を贈るか悩んでてさ」枯れる日を待つだけの花が、胸の奥で揺れた。
「昨日彼女と喧嘩してさ」「え、また?」冬、僕と友人は部活の帰りによくコンビニに寄った。買ったお菓子の一つを渡すと大げさに喜ぶ。彼女とは大違いだ。「あのさ」友人の声は少し震えていた。「私じゃ……だめ?」それから僕らは友達をやめた。恋人のいる相手にアプローチするタイプは許せないのだ。
「去年の願い事ってなんだったか覚えてる?」彼女は短冊を飾りながら聞いてきた。僕はペンを片手に「どうだったかな」と返事をした。それから短冊に『世界平和』と大きく書いた。悪いね、本当はちゃんと覚えているさ。『来年も一緒にいられますように』と書いたのだ。隣にいたのは君じゃなかったけど。
ヒーローとして戦うのが僕の仕事だ。その気になればこの星を壊せるくらいには強いが、万能じゃない。休憩は必要だし、地球の裏側で泣いている子には気づかない。けれどあっちを助ければこっちを助けなかったと非難される毎日。だから時々考える。楽になれるかな。怪物に振るう拳をこの星に向けたなら。
「見て!これ、好きな人が前に使ってたネックレスなの」親友は胸元で輝くシルバーのネックレスを指差して言った。大学の講義室。変わった子なので心配していたが、彼女の恋はいい方向に進んでいるらしい。「欲しいって頼んだの?」彼女は首を振った。「ううん。フリマアプリのアカウントを見つけたの」
「愛する方と愛される方、どっちが幸せだと思う?」学校からの帰り道。燃えるような夕焼けを眺める君に問いかけた。「愛する方かな。なんで?」君は不思議そうにこちらを見た。「別に。聞いてみただけ」お幸せに、と心の中で呟く。本当は前から好きだったと伝えるつもりだった。もし君が後者の人なら。
僕は昔から嘘がつけない。「見た目は別にタイプじゃないかな。性格で選んだし」そこまで言って、さすがにまずいと気づいた。気が強い彼女がソファの端で涙目になっている。「ひどい。なら早く言ってよ……」やはり嘘でも好みだと褒めるべきだったか。「知ってたらスウェットすっぴんで過ごしてたわ!」
「おまたせ」その声に顔を上げると、こちらへ駆け寄ってくる彼女が見えた。今日着ている服は初めて見る。「その服、可愛いね」「ん、何?」雑踏のせいで聞こえなかったのか、彼女は首を傾げた。「可愛いよって」「え?」「だから……」耳を寄せる彼女がニコニコしていて、また騙されたのだと気づいた。
初めてできた彼女との、初めてのデート。ドキドキしすぎてどうにかなりそうだ。友達だった頃は気軽に話せたのに。「なあに、緊張してるの?」彼女は僕の顔を覗き込んで言った。よほど様子が変だったのだろう。「べ、別に」「そう?」彼女は髪を触りながらえへへと笑う。「私はね、すっごく緊張してる」
近頃、冷凍庫を開くたびにアイスが増えている。前まではアイスキャンディーが数本あるだけだったが、昨日と今日はハーゲンダッツが増えていた。ふうと息を吐く。乱雑に置かれたアイスを整理し、買ってきた冷凍食品を隙間に詰めた。ずるい人だな。今夜にでも仲直りしないと、食べ切れなくなってしまう。
近頃、娘達はバレンタインの話で盛り上がっている。「彼氏でもできたのか?なーんて……」長女はこともなげに答えた。「うん」「私もいるよー」横から口を挟んだのは中学生の次女。ショックが二倍だ。「あーちゃんはね、いないよ」そう言って抱きついてきたのは保育園に通う三女。「この前別れたから」
「おばあちゃん、なんでお墓の中に行っちゃったの?」緑に囲まれた墓の前。幼い少女が戸惑った顔で立っていた。「長く生きたからね。暮らす場所を変えたのよ」「そうなの?」それでも少女は祖母が恋しかった。少し離れた場所にいた少女の父は、妻の肩を叩いた。「なあ。あの子、誰かと話してないか?」
「食べてください!」押しが強い後輩はぐいぐいとクッキーを押しつけてきた。見た目はまあ悪くない。「変なもの入れてないだろうな?」「まさか!先輩が私に夢中になるおまじないはかけましたが」もう六回も告白を断っているのにまだめげないらしい。一口齧りながら、よく効くおまじないだなと思った。
しばらくは会えないと言われた。人が少ない改札の前。君の夢を応援したいから、寂しいとは言えなかった。朝、窓はひりつくほど冷たい。今日も君に会えない、けれど。通知には君の名前が並ぶ。超寒いね。朝ごはん失敗した。いつもなら送らない、他愛無い報告。なんだ、なんだ、私、結構好かれてたんだ。
のんびりするのが好きだ。恋をしろ、成長しろと急かす世界はどうも苦手。晴れた日、ふかふかの布団で、一度きりの夏ってやつを贅沢に溶かして、漫画を読むのがいいのだ。りんと通知音がする。教師である友人からだった。医者から勧められたが、休養とはどうすればいいかと聞かれた。今日は私が先生だ。
寂しいよ。おやすみなんて言わないでよ。寝息をたてる君の隣で、子どもみたいに泣きたくなった。午前零時。なんだか朝まで話したいような気がした。目を閉じると会えないような気もした。手と手が触れる。だけど君を起こす勇気はなくて。この恋は毒だ。いつの間にか、私はすっかり弱虫に変わっていた。
望んだら、会いに来てくれますか。そんなことを言って困らせたい恋だった。「大人っぽくて、落ち着いてるところが好き」それは褒め言葉という呪い。君の理想になりたくて、何度も、何度も、甘やかな自分を殺してきた。「今すぐ会いに来てよ」やっと言えたのは三年後。午前零時、君にさよならを告げに。
初めてのデートを再現しよう。彼女のアイデアにいいねと返した。当日、僕らは涼しい風が吹く公園を散歩した。二年前に告白した場所に着くと、彼女は急に顔を覆った。「あの頃の気持ちを思い出そうとしたの。でも……」夕日が沈む。僕は今更気づいた。昔と違って手も繋がず、会話もない二人になったと。
魔法使いに拾われ、育てられた。無口で合理的な人だ。新薬の被検体にするために拾われたのかと疑ったことも一度や二度ではない。けれど他の魔法使いとも関わるうちに知った。曲がったタイを整えるのも、寝癖を直すのも、本当は魔法を使えば一瞬で済むらしい。あの人はいつも丁寧にやってくれるけれど。
分かりやすい言葉が欲しかった。好きなら好きと言えるはず。そう信じて疑わなかった。深夜二時、SNSの投稿を見るだけで心が暗くなる。記念日。サプライズ。プレゼント。誰も彼もが自分より幸せそうに見えた。望むな、考えるなと頭の中で繰り返す。時々くれる連絡だけで満たされる大人になりたくて。
別れたら写真もトーク履歴もその日に消すんだって、豪語したくせに指は動いてくれない。まだ距離があった初デートの遊園地。旅行先ではしゃぐ君の笑顔。この三年は青春の全てだった。それでも元に戻れないのは、向かい合っても見つめ合ってはいないから。何度夜を越すだろう、私が言葉に追いつくまで。