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匿名のアカウントを彼にフォローされた。私だとは気づいていないようだ。正体を明かさないまま交流していると『一回会ってみない?』とDMで誘われた。正直モヤッとした。『彼女いないの?』とはっきり尋ねる。『いるよ』という返事にホッとすると、またメッセージが来た。『それでもいいなら会おうよ』
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「深く考える前に結婚しなさい」祖母の言葉は極端だけれど、今は分かる気がした。結婚前夜。眠る彼の隣で、心は淡いブルーに染まる。付き合って五年。ときめきは六割減。悪い所も知り尽くした。けれど、彼は夢の中でも私の手を離さない。迷っても進もうと思った。先が見えずとも、彼のそばで歩く道に。
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二番目でもいいと思った。「ごめん、忘れられない人がいるんだ」君はそう答えたけれど、隣にいられたら満足だった。お花見も、夏祭りも、君は誘えば来てくれるから嬉しくて。カメラロールは君でいっぱいだ。けれど私は連絡するのをやめた。気づいてしまった。君から誘われることはない、きっと永遠に。
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国語の先生の滑らかで整った字が好きだった。数学の先生の右上がりな字も好きだった。社会の先生の丸い字も好きだった。黒板の写真を見た。そんな一瞬の出来事で三年間の思い出が溢れて止まらない。けれど他の先生の字は思い出せなかった。抜け落ちている。抜け落ちていく。少しずつ、息をするたびに。
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郵便受けの中に鍵が入っていた。帰り際、その小さな鍵を回収すると落ち着かない気持ちになった。たぶん昨日泊まっていった彼が朝に置いていったのだろう。私のために、と買ってきてくれたアイスの甘さがまだ消化できていない。部屋に戻り、私は引き出しの中に鍵をしまった。本当にこれで最後なんだね。
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好きな人ができてから日記を書くようになった。きゅんとする仕草にあふれそうな心。戸惑いと不安。どれも忘れたくなくて。夜になると君を思いながら日記を綴る毎日。両思いになったらやめようと思っていたけれど予定通りにはいかなかった。もうしばらく続きそうだ。今日からは隔日で君が書き込むから。
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人気作とは別に、神田澪が個人的に気に入っている物語も4つ選んでみました。
#2020年の作品を振り返る
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あーあ、一分前までは付き合ってたのにね。電話を切ってまだベッドの中。言わなきゃよかったかな。私が好きなら煙草はやめてとか。送らなきゃよかったかな。次いつ来るのとか。君が使うからって買った枕は私の趣味じゃなくて、だけど君に似合うから好きだった。最後の通話は、もう十分前になっていた。
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寂しいと思ったことはない。一人で映画館に行くのも、カラオケで歌うのも。気楽であることが何より大事で、周りの目も気にならなかった。だから、どこにでもついて行きたがる君と付き合ったことを後悔している。「楽しかったね」無邪気に笑う君がいなくなった今、何かが足りないとばかり考えてしまう。
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「私ね、付き合った記念日にはいつも地元の遊園地に行くの」そう話す友人は、来週記念日を迎えるらしい。買い物中も幸せそうだった。「いいね。でも、いつも同じところだと飽きない?」「ううん、飽きないよ」なるほど、それが恋か。一人納得していると、友人は続けた。「同じ人と行くわけじゃないし」
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大好きな人がいた。この人と結婚するんだと信じて疑わなかった。可愛いスカートを買ったのも、いくつものヘアアレンジを覚えたのも、その人と付き合ってから。別れたとき、このまま死ぬのも悪くないな、と思った。「他に好きな人ができた」一番悲しいさよならの理由を口にしたのは、三年後の私だった。
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彼は写真を撮る習慣がない。カメラロールの中には書類のコピーが数枚あるだけ。けれどせっかくの旅先だからと撮影を勧めてみた。「何を撮ればいい?」彼はカメラアプリを立ち上げて困った顔をした。「なんでもいいよ。気に入ったものを」分かったと頷き、彼はスマホを構える。「こっち向いて。笑って」
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僕ら魔法使いは一般人から恐れられている。本当は皆優しいのに。村外れで迷子になっていた子供を両親のもとへ送り届けると「親切な魔法使いがいるとは」と驚かれた。僕は「当然です」とひらひら手を振って去った。魔法使いは皆、心に余裕があって優しい。何かあれば一般人なんて簡単に消せるのだから。
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死にたいと呟いた彼女のために物語を書いた。毎日ノート1ページ分だけ進む冒険譚。必ずいいところで終わらせた。続きは絶対に教えない、明日学校で会うまでは。そんな物語もついに今日完結する。僕は花束とノートを彼女に渡した。「あはは、酷い終わり方!」きっと大丈夫。君はそうやって笑えるから。
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結婚が不安でたまらない。彼の両親は喜んでくれたけれど。「ありがとねぇ、こんな息子と婚約してくれて」田舎にある彼の実家。いずれお義母さんになるその人は、緊張気味な私の手をとって言った。その隣には彼の父が。「本当にね。あんなことがあったのにね」私はまだ、あんなことが何なのか知らない。
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「夜中でも会いたくなるくらい好き」なんじゃなくて「夜中でも会いたくなるくらい不安」なのかもしれなかった。
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その結末が賛否両論を巻き起こしていると噂の恋愛映画を観た。幸福とも不幸ともとれる内容らしい。一緒に観た二人の友人は、映画館を出てから激論を交わしていた。「最悪の結末だったね」「え?でも一応復縁はできたんだし」それを聞きながら、なるほど映画の結末は観客の人生観が決めるのだと思った。
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三ヶ月ぶりに彼と会う。二泊分の荷物とお土産をリュックに詰め、新幹線に乗った。窓の外に映る雪山や河川、珍しくもない住宅街ですら今日は煌めいて見える。彼は優しく抱きしめて、話の一つ一つに頷いてくれるだろう。だから不安だった。帰りの新幹線で私は、同じ景色を見ながらどれほど泣くだろうか。
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夕暮れの事故が妻の命を奪った。あれから半年。家に帰るたびに涙した夜をこえ、前を向こう、と思い始めた十二月。会社から書類の訂正を求められた。僕は狼狽えて聞いた。「配偶者の有無、無にマルですか?」担当者は頷いた。指先が震える。妻はプロポーズを泣いて喜んだのに。僕の妻は、あの人なのに。
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SF小説の主人公に激しく共感した。こんな体験は生まれて初めて。パラレルワールドを彷徨う旅人の一生を描いた物語だった。主人公の生い立ちや性格が自分とそっくりで感情移入しやすかった。深夜、何度も頷きながらページを捲る。小説を全て読み終えてから作者と自分の名前が同じであることに気づいた。
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静かな夜だった。『お疲れさま。寝る前にちょっと話さない?』勇気を出して彼にメッセージを送る。三十分経っても返事は来ない。忘れた頃に通知音が鳴った。『ごめん。今日は疲れてるから無理』寂しさを飲み込んでスタンプを返す。彼は悪くない。疲れている時こそ話したいと思う私とは違うってだけで。
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好きだと告げた日から、二人きりでは話せなくなった。「おはよう」「……はよ」朝、廊下で見かけた君はスッと目を逸らし、去っていった。避けられている。あの日から徹底的に。遠ざかる後ろ姿を見つめるだけで喉の奥が苦しくなる。君と話す時間が好きだった。苦しくても、一番の友達でいればよかった。
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「好き」と「可愛い」を溢れるほどくれる人だった。文字でも、電話でも、二人で過ごす休日の中でも。私に可愛いなんて言うのは今までは両親だけだった。『可愛いね』トーク履歴に残る君の言葉が新鮮で、少し恥ずかしくて、死ぬほど嬉しくて。全てをくれた。「付き合おう」という一言以外は、なんでも。
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背の高い君を、私はすぐに見つけられる。けれど君はいつも私を見失う。恋人になった夏。花火大会で人波に流され、私達は離れ離れになった。会場を見渡し、私は木に寄りかかる君を見つけた。君は困った顔もせず目を閉じている。叫びたくなった。探してよ、私を。広い広い海の中から、見つけにくい私を。