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「ねえ、私って重い?」メッセージを送るのも、嫉妬するのも私ばかり。彼はやや気まずそうに答えた。「うーん、この頃受け止められるか不安になることはあるかも」やっぱりそうなんだ。私は絞り出すように言った。「こんな彼女……嫌だよね」彼はエッと驚く。「体重のことでそこまで思い詰めてたの?」
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運命の人が誰かと聞かれたら、私は君だと答える。雪解けの頃に出会った人。気難しい私に愛される喜びを教えてくれた。あれから花も海も輝いて見えて、命ってものがいっそう尊く感じた。私の人生には優しくてずるい君が必要だ。だから何度生まれ変わっても君に恋をして、そのたびに別れを選ぶんだろう。
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掃除中、昔好きだった人が置いていった小説を見つけた。「貸すよ」と言われた夏の日からもう五年も経っていた。あの頃は勇気もきっかけもなくて、友達以上にはならなかった。丁寧に埃を払う。「君なら絶対気に入るよ」と言われた本だった。最後のページまで面白くなくてホッとした。秋が近づいていた。
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消えたい。全てから逃げ出したい。そう願った夜、家で一本の映画を見た。「生きるのが嫌になった時でも絶対に前を向ける」と友達が太鼓判を捺していた映画。感動の結末には思わず涙した。けれど、いや、だからこそ見終わった後は夜風に当たりたくなった。この映画を見ようとも思わない人生が良かった。
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「どこからが浮気だと思う?」台所にいる妻が唐突に聞いてきた。どういう意味だ。妻に限って、まさかとは思うが。「他に好きな人ができた、とか」冷静さを保ってそう答えると、妻は呟くように言った。「じゃあ私、今浮気してるかも」彼女の目には涙が。「やっと妊娠したよ」気がつけば僕も泣いていた。
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別れるタイミング、と入力して検索。湿っぽい布団の上で山ほど記事を読んだ。連絡が億劫になったら。スクロール。未来を想像できなくなったら。スクロール。一緒にいても寂しいと感じたら。全部その通りだ。なのに電話はできなかった。君を神さまと思うほどに惚れていた時間が、まだ私を見つめていた。
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「恋愛の理不尽なところが好き」休み明け、君は図書室で本を整理しながら言った。「どんなに尽くしても報われるとは限らない。そうでしょ?」どうやら心と時間を注いだ相手にふられたらしい。かける言葉が見つからなかった。君は本を棚にしまう。僕がずっと君を想っていることも悟られている気がした。
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先輩、好きな人がいるんだって。一目惚れなんだってさ。そんな噂を聞いてから部活中ずっとそわそわしてしまう。「きっと美人なんでしょうね!その好きな人とやらは」二人きりの廊下で思わずそう言ってしまった。不機嫌なのを隠す余裕もなく。先輩はフッと笑う。「そんなに気になるなら鏡見てくれば?」
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「忘れられない出来事ってある?」放課後の教室には私と親友だけ。沈む夕日を眺めながら聞いた。「好きな人に告白されたことかな。そっちは?」「私も」「え、いつの間に!?」少し前に初めての恋人ができた親友は興味ありげに頬を寄せた。そう、忘れられない。大好きなあなたをとられた夏の終わりを。
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絵を投稿してもちっとも反応がもらえない。そのうちサイトを見るのもつらくなった。若いのに絵が上手い人、評価されている人が山ほどいる。自分が描く理由を見失った。『投稿やめます』と書いた夜、何人かが実は好きでしたと送ってくれた。嬉しくて嬉しくて、幸せな気持ちのままアカウントを削除した。
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幸せになってね、と妻は言った。それが最期の言葉になった。笑顔の写真をそっと撫でる。儚げな見た目とは違い、随分勝ち気な性格だった。結婚する前も後も、目が回るほど振り回された。器用な僕はなんだかんだで君の願いを叶えてきたけれど。教えてくれ。どうやって幸せになればいい。君がいないのに。
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「誕生日、何が欲しい?」そう何度も聞いているのに彼は微笑むばかり。「俺が家に帰ったらさ、ニコって笑ってよ」「もう。ちゃんと教えてよ」当日、私は夕方まで店で贈り物を選んでいた。けれどハッと思い出し、家へと駆け出す。彼の家庭環境は複雑で、よく寂しい思いをしたそうだ。特に誕生日の夜は。
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「あー、彼女?」幼馴染は照れ臭そうにこめかみを掻いた。八月。近頃は夕方になっても暑さが引かず気が滅入る。「なんだろうな。いい子なんだけど、不器用っていうか。そういうところはお前と似てるかもね」ふぅん、オメデト、と返事をした。ばか。なんだそれ。私でいいじゃん。私で、よかったじゃん。
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「この契約書にサインして」告白する相手を間違えたかもしれない。好きになった同級生は、僕に紙を差し出した。交際契約書だそうだ。浮気禁止。返信は二日以内を厳守。怪しい紙だが、僕は渋々サインした。あの日から七年。君は緊張した顔で新しい紙を差し出した。僕はまたサインして市役所に提出した。
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「先輩、すき」その寝言が聞こえた瞬間、思わず息を呑んだ。夕日が差し込む部室に二人きり。疲れたのだろう、大好きな人は僕の隣で通学鞄を枕にすやすや眠っている。肩を揺らして起こすと、その目に落胆の色が見えた。「なんだ夢かぁ」僕は頷き、そして口を開いた。「変な寝言を言ってましたよ、先輩」
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優しくてつらい。彼氏よりたくさん連絡をくれる同僚も。新しい服を着ると似合いますねと褒めてくれる後輩も。付き合って五年、同棲して二年。食事中すら話さない二人の部屋で、彼はスマホばかり見ている。けれどまだ好きだった。人の視野は広すぎる。彼が運命の人なら、彼以外見えなくなればいいのに。
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夢が二人を引き裂いた。寝る時間も、行きたい場所も、何もかもがずれていた。別れの日は「お互い夢を叶えよう」と約束して握手した。もう会うことはないと知りながら。時は過ぎ、テレビで懐かしい顔を見た。君だ。随分大人びている。連絡はしなかった。いずれ届く。私も約束を果たしたと、画面越しに。
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「プレゼント、たまにはお花とかアクセとかがいいな」誕生日の四日前。私は付き合いの長い彼の肩にもたれた。彼は構わずゲームを続けている。「贅沢な女だなぁ」「えー、今年くらいはいいじゃん!」可愛く言ったつもりで、ぽろっと涙が出た。私が好きって言ったものを、一度も贈ってくれたことがない。
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沈黙が続く深夜のファミレス。悩んでいた様子の彼女がついに口を開いた。「もう終わりにしよう……」僕はため息をついた。「誘ったのはそっちだろ」「ごめん。でも、もう冷めちゃったから」僕は何を見落としていたんだろう。諦めきれずに黙ったままでいた。まったく、この店の間違い探しは難しすぎる。
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君は誕生日が来るたびに花束をくれた。カーネーションに薔薇、スイートピーに鈴蘭。驚かせるつもりだろうが、いつも車の後部座席に大きな包装が見えていた。不器用だけど正直な人。けれど今年の誕生日、後ろの席に花束はなかった。交際五年目。「もう、恋人はやめよっか」差し出されたのは指輪だった。
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先輩は刑事として飛び抜けて優秀だった。史上最悪と言われたシリアルキラーの逮捕に貢献したこともあった。この冬、そんな彼が退職する。「町から正義の味方が減りますね」僕の言葉に先輩は「俺は正義の味方なんかじゃない」と返事をした。「殺人鬼を捕まえられるのは、あいつらの考えが分かるからさ」
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好きな人から告白される夢を見た。五年も片思いした人から、静かな海辺で。幸せすぎて泣きそうだった。目が覚めた後、枕元で動かしていた機械を止めた。液晶には完了という文字が表示されている。「一生叶うことのない夢」を見せる機械に異常はない。それを見て決めた。やはり自分から告白しなければ。
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「好きな人の定義とは?」放課後、意味もなく友人と教室に残った。「一緒にいると毎日が映画のワンシーンみたいに思える人」さすが、優等生は言うことが違う。「何かの引用?」「いや。今、映画の主人公みたいな気分だから」そんな恋してみたいな、とはしゃぐと、友人はなぜか泣きそうな目をしていた。
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揺れるバスの一番後ろで、僕らは最後まで無言だった。肩が触れる距離にいたのに。君は部活終わりまで待ってくれたのに。頭の中だけがうるさくて、僕は途方もなく不器用だった。いや、不器用なまま大人になった。君もあの頃、本当は話したいことがあったのだろうか。僕は気になって助手席の妻に聞いた。
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この世を去る時、最後に恋をした人が魂を導いてくれるらしい。事故に遭った私は手術の前に呼吸が止まった。光のかたちをした魂が、身体からすうっと抜けていく。見渡せば青く晴れた空。私は街を見下ろして、ぽたぽたと涙を落としながら歩いた。たったひとりで。よかった、あの人はまだ生きてるんだわ。