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2年程度ですっかり公共交通機関内でマスクしてない人を見かけると心がザワザワするようになってしまったのだし、平安時代、異性に顔を見せただけで消えてしまいたくなるほど恥ずかしかった女官とか、馬から落ちて冠が脱げただけで爆笑が起こっただとか、そうだったんだろうなぁと思えるようになった。
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これはナイスキャスティングだなあ。。 twitter.com/danjokyoku/sta…
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この年末年始にぼんやり考えていたこと。
FGOのオベロンは、人が生み出した「物語」と「キャラクター」というもの(そしてそれへ向ける関心と感傷と救済と、それでも離れていってしまう人の心の移ろいやすさ)を結晶化させたキャラだと捉えているのですが、
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そうした希望と絶望を、オベロン自身の物語の生みの親であるシェイクスピアよりも600年くらい前に描いて、そのうえでなお自選和歌集の末尾に「それでも(そうした気持ちを抱えて)生きてゆくのだ」と詠んだ紫式部さんといろいろ話すことで、すこしでも救われないかなぁ、、と幕間を期待しております。
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「いずくとも 身をやるかたの知られねば 憂(う)しと見つつもながらうるかな」紫式部集
【私訳】
どこへこの身を置いていいか(もう)わからず、そのことを知りながらも、生きてゆくものなのですね…
なおいっぽう紫式部集の冒頭歌は「めぐりあひて」です。「人生」、ですねえ。。。。
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あるジャンルの作品について「読まない理由」「苦手な理由」を語りたいという人もいるだろうし、そういうことを語りたい日もあるし気持ちもわかるのですが、わたしは「好きな作品の好きなところ」を語るほうが楽しいし、そういうことが得意になりたいです。人は習慣と訓練で出来ている。
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なお「日本最古のよかった探し」といえる『枕草子』に、嫌いなものや苦手なことが書かれているかというと…めっちゃ書かれてます。「貧相でブサイクな男女は昼間からイチャイチャすんな、暗い夜だけにしろ」とか「下衆の家には美しい月明りがさすのももったいない」とか、わりと無茶苦茶書いてます。
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清少納言先輩は「悪口」について、「言っちゃうものだ」と書いています。「本人に聞かれたら困る」とも書いていて、そのうえで「言うな」というほうが無理な話であり、人にはそういう側面があるもんだと。そういうところも含めて、『枕草子』は面白いなあと思うのでした。
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朝の情報TV番組に占いコーナーがあるのが不思議だった。非科学的なものを毎朝流すのはよくないのではないかと思っていた。ある朝ふと、「この社会には、毎朝すこしだけでも見る人を祝福するコンテンツが必要なのか」と気づいた。2022年1月14日金曜日、Twitterを見ているすべての人に、幸あれ。
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もしアーリーリタイヤできたら大学院を受けたいと思っているのですが、それはそれとして、カルチャースクール(つまり資格がいらず誰にでも門戸の開かれた、ジャンルを選べる学習機会)がたくさんある社会はとても豊かで大切なことだと思っているので、何かをdisる引き合いには使わないでほしい。
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これはまったく史料的な根拠がある話ではないのであくまで雑談なのですが、平安期における陰陽師の仕事には「防疫」の側面があると思っていて、物忌みや片違えの調整と、それを付記した具注歴の作製は、疫病罹患者の隔離と行動履歴のチェックという利点があったんじゃないかなぁ…と考えています。
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「古文漢文は役に立たないので入試科目に入れないほうがいい(他に入れるべき科目がある)のでは問題」は過去何度もSNSで話題になっていて、そのたびに研究者等が何を言っても提起したほうは対話することもなく収束してゆく流れを繰り返しているので、もう「SNSで話すことでではない」でいいのでは。
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昨日、今日と、受験生の皆さんには、積み上げてきた自分の実力を十分発揮できることを祈っております。それとともに、この巨大な仕組みを支える膨大な教職員の皆さんに感謝を。この社会の知性と教育の基盤を支えるだけでなく、「未来を支える作業」そのものといっていい仕事です。
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ああ、なるほど、こうやって「平家との関係が強い順で発言力が増す、という状況をひっくり返したい」という下地が出来てくるわけか。東国には東国の慣習や関係性があるのに、それを京都の論理で廻る平家の関係順で決めるなよと。
#鎌倉殿の13人
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頼朝に最初に心酔したのが政子だったから、政子は頼朝の死後も東国の武士たちに「鎌倉殿への恩義を忘れたのか」と檄を飛ばせたということかぁ。
#鎌倉殿の13人
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「作品の良し悪しと作者の人格を結び付けて批判すべきではない」というフレーズ、いやわかるんだけど、千年前に紫式部先輩が率先して結びつけて『枕草子』と清少納言先輩をdisりまくっていたことを思い出すと苦笑いしてしまう。
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日本文学史上最高峰と言われる物語作家が、最高峰と言われている随筆作家に向かって「こんなん書くやつはろくな死に方しない」と書いてますからね。最高に面白いでしょ日本文学。
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タイムラインを見ると「1月17日」というフレーズの受け止め方に関西勢と関東勢でやや差があるように思える。心に浮かぶ景色の彩度がだいぶ違うなと。それはそうだろうなと思いつつ、3月11日も9月11日もそうだろうし、Webは繋がることでいろいろな違いを塗り潰しながら浮き上がらせるなあと思いました。
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しつこく何度も言わなきゃいけないのは、「古典がどう社会や個々の人生に役立つか」ではなくて、「社会や個々の人生に役に立つかどうかである学問ジャンルを測っていこうとすると(それは「当たる宝くじだけ買おう」という話と一緒で)社会の知性全体が目減りする」ということのほうだと思うんだが。
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「値上がりする株だけ買おう」のほうが近いか。
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いわゆる「怒らない人」、強いから怒らないわけではないし、平気だから笑っているわけでもなく、ただ何かを耐えるときにこういうやり方のほうが自分に合っているだけであって、傷ついていないわけでも忘れているわけでもない(というケースが多い)ということは、もっと周知されてもいいなと思う。
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自分が怒って何かが解決してしまうと、それはそれで困るだろ……と思って怒らない、ということだってあるんですよ。。。
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以前おかざき真里先生から教わった話。マンガ家が集まって外食した時に、みんな思い思いに料理をスマホで撮影、その写真を見ると「見事にそれぞれの先生の作品のコマのようだった」と。これを聞いて、「感性」というのは視線の解像度が高く、かつ世界を切り取る画角の斬新さなんだと合点がいきました。
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おそらくたぶん、清少納言の目を通して見た世界は、朝露に濡れた軒下の蜘蛛の巣は「真珠を糸に通したよう」だったし、牛車で水溜りを通り過ぎた際に跳ね上がった水滴は「水晶を砕いたよう」だったのだろう。この世界は、見方によっていくらでも彩り豊かになり、いくらでも色褪せるということだなあ。。