どーらく(@df5066)さんの人気ツイート(いいね順)

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雪の四国色
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北条鉄道、寒冷地仕様で初期型のキハ40が走っているにも関わらず、国鉄型王国の西日本ではファンの関心があまりないのか、沿線で同業者に会うことは一度もなかった。
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鉄道連絡船には不可欠な車両
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消えた村
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GWという事もあり、帰省や旅行で四国入りされている方も多いと思う。 昭和の四国入りというと宇高連絡船が最もポピュラーな方法だった。四国の玄関と言われた高松駅からは四国各県行きの列車がひっきりなしに出発していた。
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瀬戸大橋開業後、末端ローカル線になってしまった宇野線だがなかなかに面白い車両も走っていた。
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夏の登校日
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あまりにもディープだった旧瓦町駅周辺
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山間の要衝が賑うひととき
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解体中の旧瓦町駅 全ては記憶の彼方に。
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琴平線暮色
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夏の通学列車
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駅弁を買うだけなら駅前でいつでも買えたのだが、蒸気機関車の煙の匂いが染み付いた人吉駅の構内で菖蒲さんの手から買うから何倍もおいしく感じたのだと思う。 長いあいだ本当にお疲れ様でした。
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徳島駅で今でも見られるヘッドマークの交換風景 このようなアナログな鉄道情景も今では貴重になってきた。
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本日のリバイバル急行鷲羽 鉄道ファンのみならず、地元宇野の住民の関心も高いようで一般の人たちが撮影している光景も数多く見られた。
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40年前の香川県民の車両の呼び方   ←汽車   電車→
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自分の記憶に深く残っている和田岬線はこちら。
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阿波池田の商店街を走る四国交通ボンネットバス クラウドファンディングが成功し、懐かしい旧塗装でまたこのアーケードを元気に駆け抜ける姿をぜひ見たい。
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徳島県人と思われているようですが、この街で生まれ育った人間です。
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土佐北川の朝 1994年
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本当の昭和を知らないな。
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1988年4月10日瀬戸大橋開業初日の高松駅 富田靖子が一日駅長を努めマリンライナーの出発式を行った。JR四国の当時のキャッチコピーは「どっきん四国」
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ことでんレトロ電車もいよいよ完全に引退 幼少期からまだレトロとなど呼ばれず、普通の琴電の電車として慣れ親しんできた自分には、大げさではなく、まさに人生の節目の出来事ともいえる。
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大歩危駅周辺。険しい山の頂上付近に人家が多いのは、まだ鉄道や道路がなかった頃、人々は山の尾根伝いに移動していた時の名残り。 現代ではそれが逆に不便になってしまった。
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ことでんのすごいところは、令和開業の複線高架駅と大正時代の木造駅舎が同一路線上に存在すること。