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芸術において優劣を付ける事に納得がいかないという思いと、競争が嫌い、組織が好きではないという思いから、今まで一度も絵画公募展に出品した事がない。
積極的に出品していればより多くの人に届いていたかもと考える事はあるが、肩書で人や作品を判断する世界と関わりたくないので良いのだ。
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絵を描く上で一番大切な事は技術ではなく、自分の心が何を求めていて、何を魅力に思い、何を美しいと感じるかを明確に把握、理解しているという事だと思う。
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本当は「こうでなければならない」などと言うことはどこにもなく、それは育って行く中で誰かに植え付けられたり、知らぬ間に思い込んでしまった事かもしれない。力を抜いてその思い込みを疑ってみる、解けていくと見える景色が変わっていき、自分にとって本当に大切なものが見えてくるかもしれない。
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悲しみには二種類ある。何かのきっかけがある一時的なものと、ずっと続いていくもの。
ずっと続いていく悲しみのうちで、明確な心的外傷を原因としないもの、すなわち治療のしようが無いものを哲学的悲しみと呼びたい。哲学的悲しみの帰すところが芸術なんだと思う。
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生まれ育った環境は選べないけれどそれだけにより自分が作られているのではなく、後天的に自分が好ましく思う哲学に依って自分の核が作られているという側面はあると思う。例えばこの映画によって人生が変わった、この作家に出会って世界が変わったと言うことは往々にしてある。
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アインシュタインは「思考は音楽と同じでそれ自体が目的です」のような事を言っていたけれど、空想をしていたり脈略もなく思いを巡らせる時や、世界について、生きるという事について深く考えるような時間こそ、誰にも奪われない本当の自由、そして彩であり、決して無駄な時間などでは無い。
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@otapediatrician こちらの方が理があるように思えます。 twitter.com/sunasaji/statu…
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悲しさと美しさはなぜか相性がいい。
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「全ての創造的な仕事の後ろには必ず子供の心があります」のような事を司馬遼太郎が言っていたけれど、本当にそう思う。金や権力欲という動機ではなく、子供が目を輝かせる時のように、心を動かされるからそれをするという気持ちからのみ本当に良いものは生まれる。
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子供の時間は、将来良い仕事や収入を得るための準備期間としてあるのではなく、あるだけの楽しい気持ちと、自然や世界の魅力を心身に取り込むためにあるもの。
その記憶は大人になってから心の芯になり生きていく上での支えになる。
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絵画は作者の思想をそのまま写しとるものなので深みのある心がないと、どんなに技術的に上手くても作品に魅力が出て来ないという事もあるのだろう。
反対に、たとえ技術的に下手でも背景に深い思想、心があれば作者の思い、精神世界の魅力が絵から滲み出てくる。
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こちらPCR検査によるCovid防疫に関して丁寧にまとめられているSuna氏@sunasajiのnoteですが、7月に論じていた事がその通りになっています。
note.com/sunasaji/n/n2c…