Makoto Iijima(@makokujira)さんの人気ツイート(新しい順)

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過干渉な親が先回りして物事を進めたり、子の発話を遮って意見を被せ過ぎると、話すことに対するハードルが上がっていき、自分の意見を言う事を躊躇うようになる。言わなかった思考は反芻され頭の中で煮詰まるので哲学的、文学的思考を持つ人はこう言う背景を持つ事が多いのではないかと言う仮説。
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@mph_for_doctors 韓国は12月日本と同じような新規感染者の増加がありましたが、そこから「やみくも」にも思える大量PCR検査を行い感染者数を減らしている傍ら、抑制論のため無症状者への公的検査が絞られている日本の状況はご存知の通りです。感染制御に成功している諸外国を見習うべきでは? twitter.com/bb45_colorado/…
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子供の時間は、将来良い仕事や収入を得るための準備期間としてあるのではなく、あるだけの楽しい気持ちと、自然や世界の魅力を心身に取り込むためにあるもの。 その記憶は大人になってから心の芯になり生きていく上での支えになる。
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こちらPCR検査によるCovid防疫に関して丁寧にまとめられているSuna氏@sunasajiのnoteですが、7月に論じていた事がその通りになっています。 note.com/sunasaji/n/n2c…
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日本は他のアジア諸国のように初めからCovid防疫のための検査を拡充するべきでした。影響力のある医師/専門家から一斉に出た日本独自のPCR抑制論は間違いであったと思っています。手遅れ感はありますが、政府は本腰をいれて国家プロジェクトとして検査/隔離を整え封じ込めに舵を切るべきです。
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目標を達成しないと有意義ではない意味はない、という考えは危険。 生きるという事は1日を、1秒1秒を「過ごす」という事であり、その一日の間にどんな小さい事でも、嬉しいと思えたり、良かったと思えたり、美しいと思える瞬間があればそれこそが生を全うしているという事と思う。
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@otapediatrician こちらの方が理があるように思えます。 twitter.com/sunasaji/statu…
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たとえ作っているものが仕事に結びつかなくとも、それを作っている時の何事にも代え難い、掛け替えの無い時間こそが生きていると言う事であり、それによって自分が生かされていると言う事。「売れなければ無駄」などと言う人の意見を聞く価値はない。
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昔、好きで繰り返し聞いていた音楽を今聴いても懐かしさ以外には、良さが分からないと言う事も多々あるわけで、何かを強烈に好きになる、という現象はある年齢の自分と、その精神状態にちょうどシンクロする創作物との交点の奇跡的な一致であり。その感動は宝物と思う。
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気にしなくて良いような事を気にしたり、考えなくてもいいような事を考えたりして、周囲との間に温度差が出来てしまうような人は、創作活動に向いている人と言えると思います。
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絵画教室で園児と接していると、人間にとって絵を描くという事はとても自然な行為で、食べる、遊ぶ、と同じように遺伝子に組み込まれているのではないかと思う時がある。絵画は人間にとって基本的で本質的な表現衝動ではないだろうか。
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幼稚園児の絵画教室、生徒の作品。 深い。
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色の変わった世界ではどれがまやかしで、どれが本質であるかが分かるようになるし、自分にとって何が必要か、何が不必要かが分かるようになる。悲しみは絶えず存在するけれど、淡い色の景色の中の繊細な輝きが見えるようになる。
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一度、精神的に危険なところまで追い詰められた事のある人にとっては、求めるものは心の平静であり、それ以外の事は大して重要ではないという心境になるものだ。 その時点から物事の価値が根本から変わり、世界の色が変わる。
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作品を置いておきます。コロナ禍で2020年5月の個展が延期になり、次回個展を2021年春に東京京橋で予定しております。
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絵を描く人にとっては、ずっと前に描いた作品と全く同じものを、もう一度描くという事は難しいという事が分かるはず。それは、時間とともに技術力が変わり、心境も変わっていくから。人間の精神は時とともに変容するもので、絵はその人のその瞬間の精神を封じ込めている。
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幼稚園児の絵画教室、生徒の作品。 素晴らしい抽象表現主義絵画。
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繊細な感受性を持っている人にとって今の社会は生き辛い。なぜならこの過度な競争社会の余裕のない感情の押し付けに辟易としてしまうから。 でも、その感受性があるからこそ、風の香りや日差しの声や、音楽、芸術をーその繊細な機微と深みをー受け取ることができる。
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芸術作品を購入するという行為は、ただ欲しいからという側面だけではない。自分にとって価値があると思うものと、それを作り出す人をーその精神をー世の中に存在させる手伝いをしているという側面がある。世界を深みのあるものに変える手伝いをしている。
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そもそも創作や表現の才能がある人は、感受性が豊かであり、感受性が豊かと言う事は繊細な訳で、周りを不必要に気にしてしまう所もあるんだと思う。 お金にならなければ意味がない、のような意見を正面から受けてしまい、そのダメージも大きい。それにより生き方を変えられてしまうのは悲しい事。
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音楽や芸術に関する催しが削られ、その理由として音楽や芸術は直接的な生活の為には不要だから、と言われてしまうこの時世だけれど、音楽や芸術が無くなった世界を生きることが出来る気はしない。
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暗い絵が描きたいからと暗い色を使っても、心が浮かれていれば浮かれた絵になるし、明るい色を使っても心が暗黒であれば暗黒の絵になる。 絵画は嘘がつけない。小手先の技術の奥に本質が透けて見えるし正直にならないと良い作品は描けない。
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絵画の大きな魅力の一つは、「何かわからないけどこの絵には何かあるぞ、何だろう」という感覚だと思いますが、それは作者と観覧者が持っている精神世界の近い部分の呼応と、自分の精神世界を作者が凌駕している部分への反応なんだと思います。
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昔NHKのプロフェッショナルという番組で「あなたにとってプロフェッショナルとは?」というキメの質問に宮崎駿が「プロフェッショナルじゃない方が良いんですよ。職業人ではなく素人の気持ちで、自分が好きでやっているという事の方が大切」のような事を言っていたのは痛快だったし共感した。
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考えなくても実社会で生きる為には全く問題がない哲学的なこと、もしかしたら考えない方が生きやすいのではないかと思うような事をどうしても考えてしまうという人はいると思うのだけれど、そういう人達にとって、そこは誰にも侵されない本当の自由がある大切な場所でもあるのだと思います。