26
心が成長するにつれ、物事を理解するにつれて、好きなもの、心奪われるものが変わっていくのは当然であり、その年齢、時期だからこそ感じられる感動というものが音楽や映画、絵画にはあると思う。なので好きになれる時に思いっきり好きになっておいた方がいい。
27
「全ての創造的な仕事の後ろには必ず子供の心があります」のような事を司馬遼太郎が言っていたけれど、本当にそう思う。金や権力欲という動機ではなく、子供が目を輝かせる時のように、心を動かされるからそれをするという気持ちからのみ本当に良いものは生まれる。
28
ラピュタで「良いまじないに力を与えるには悪い言葉も知らなければならない」のような事を言っていたけど。生きていく上での明るさやポジティブな気持ちをリアリティのあるものにするには、暗さや悲しさという本質に蓋をせず受け入れるという事が必要なんじゃないかと思う。
29
モネは「人は私の作品について議論し、まるで理解する必要があるかのように理解したふりをする。私の作品はただ愛するだけでよいのに。」と言ったそうだが本当にそう思う。絵は理解するしないで語ると魅力がわからなくなる。あぁいいなと思う感覚が全て。
30
音楽は見ている景色を変える。
絵画は心に音楽をかける。
31
たとえ作っているものが仕事に結びつかなくとも、それを作っている時の何事にも代え難い、掛け替えの無い時間こそが生きていると言う事であり、それによって自分が生かされていると言う事。「売れなければ無駄」などと言う人の意見を聞く価値はない。
32
全ての人に好かれようと調整しながら作っていると薄っぺらな物ができる。幅を限って掘り進んで行くと、一部の心を深く掴むような表現が出来る。執拗に作品と対峙し主観的になって掘り進んだ先は再び視界が開け、深く且つ幅広く共感されるような普遍的な景色が現れる。
33
気にしなくて良いような事を気にしたり、考えなくてもいいような事を考えたりして、周囲との間に温度差が出来てしまうような人は、創作活動に向いている人と言えると思います。
その感受性で繊細な精神の機微や、周りが気付かない美を捕まえる事ができるという事だから。
34
悲しさと美しさはなぜか相性がいい。
35
逆にこれとは対極の性質である鈍感さ適当さ打たれ強さ図太さ責任感の無さは今の弱肉強食の経済社会では出世しやすく生きやすい資質なのかもしれないけれど、平和なより良い社会のために貢献できる資質であるかどうかは疑問に思ってしまう。
36
鬱気質の人の特徴である、真面目さ、几帳面さ、責任感の強さ、繊細で豊かな感受性、創造性、全体を把握する力、というのはそのまま、より良い社会を作っていく為にに必要な能力であって、この気質を持つものが社会に貢献できるポテンシャルはものすごく高いのだと思っている。
37
辛い練習を乗り越えないと上手くならない、何事も達成できないという精神論は何かの呪縛であり、これに足を取られない方がいい。
好きだから下手でもいいから続けていると自然に上手くなるし、惹かれれる程に真剣になるので鑑賞に耐えうるものになる、と言う事の方が真だと思います。
38
芸術において優劣を付ける事に納得がいかないという思いと、競争が嫌い、組織が好きではないという思いから、今まで一度も絵画公募展に出品した事がない。
積極的に出品していればより多くの人に届いていたかもと考える事はあるが、肩書で人や作品を判断する世界と関わりたくないので良いのだ。
39
絵を描く上で一番大切な事は技術ではなく、自分の心が何を求めていて、何を魅力に思い、何を美しいと感じるかを分かっているという事で、それに忠実であるという事だと思う。
40
全ての人は心の中に、言葉にならず音にもならず色にもならない、意識の奥に眠る曖昧な原型を抱えている。それをある人は詩にして、またある人は絵や音楽にしたりするのだけれど、創作をしない沢山の人の心の中にも、素晴らしい音や色や言葉になり得る原型があるのだろうと思う。
41
宮崎駿が「プロ意識というより、好きでやってるという事の方が大切」の様な事を言ってたけど、全ての素晴らしい創作は、対象に対する献身と、内から起こる作りたい作らねばならないという思いから生まれるもの。その気持ちを無くし収益性のみが焦点になった創作はつまらないものになっていくのだと思う
42
売れない音楽を作るのも売れない絵を描くのも、周りから見れば無駄な事かも知れないけれど「そんなの無駄だからやめなよ」と言う人がいるとすればそれは人間性への冒涜だと思うし、その人をひどく陥れる言葉にもなってしまう。
描く、作ると言う行為自体が生きるために必要という人もいるのだ。
44
絵画の大きな魅力の一つは、「何かわからないけどこの絵には何かあるぞ、何だろう」という感覚だと思いますが、それは作者と観覧者が持っている精神世界の近い部分の呼応と、自分の精神世界を作者が凌駕している部分への反応なんだと思います。
45
前に好きだった画家の個展に行った時に、技術は本当に上手くなっているのに、絵としての魅力をなぜか感じなくて拍子抜けしてしまった事があった。技術に走りすぎているから魅力が無くなっているのか。技術と魅力は全く別物であるという事を改めて感じさせられた出来事だった。
46
感受性が鋭く意識の奥で思考をし始めるような人は、周囲との温度差に気づき、表層に馴染まずに世間を持て余し始める。
そのような人の帰すところが文学や芸術の世界であり、唯一自らを自由に解き放つことができる。
48
宮崎駿が言っていた「入り口は広く低く、出口は高く浄化されていなければならない」という彼の創作に対する態度が好きだ。自分の作品もそうあれたらと願う。
49
ツイッター。誰にも言わない事を瓶に入れて海に流しているようなものだと思っているので、拾ってくれる人がいるのは奇跡だと思っているし、知らない誰かと深い共感が生まれたりする事に驚く。魔法か何かじゃないかと思うことがある。
50
心に何か抱えた人が作る作品には星が入っていて、その星は誰かの心に直接届くことになっている。
例え売れたり人気になったとしても星の入っていない作品は忘れられていく。星の入っている作品は、たとえ人気にならなくとも、届いた一人の心に深く刻まれて、時代を経て光を灯し続ける。