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「日本は、武断の国で学歴社会じゃないんだろうね。星の数よりメンコの数で、さすがに高卒では昇進に頭打ちがあるから大学には行くけど、大学院に行くよりは社会経験がものをいうんだろうね。日本は、学歴に関係なく新入社員は最下級スタートだから」とは言ったが、(こりゃあ将来負けるな)と思った。
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余談。アメリカ革命戦争は足掛け8年行われたが、イギリス軍はとても強かったが、中国に侵略した旧帝国陸軍と同じ状況に陥り、ギブアップした。イギリスがえげつないのは、ギブアップを日程表に入れてから、もう一踏ん張りして米仏艦隊を沈めまくってから講和に持っていったところ。
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知っている人は知っていると思うが、アメリカ合衆国の監視システムは物凄い。物凄いのだが、とにかく監視する側の仕事がずさんで、さらにアメリカ人の自由さはそれを上回り、司法制度がカジュアル。アメリカの仕組みを日本に導入したら大変なことになる。息もできなくなる。
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私の育った北北海道は、皆んなが協力しないと死んじゃう。事実なので細部は言えないけれど、例えば小学校の担任教師のお孫さんが娘さん(孫から見たら母親)を殺害したり、母のパートの同僚が旦那さん殺してたり、男女関係もぐちゃぐちゃでも同じ町内会のイベントで席を同じくしていたりする。
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カルト撲滅は下手を打つと通常の市民的自由まで侵害する権限を政府に与えてしまう恐れがあるが、日本には世界に名高い「中世の司法」、とりわけそれを代表する東京地検特捜部があるんだからいつも通り動けば良いのにと訝しく思っていたが、そうか宗教法人職員には人質司法が通用しないから無力なんだ。
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じゃあなぜ生命をつなぐのかというと、究極的には『死生観』を確立するための時間を得ることだと思っております。私はたまたま大学の先生という職業に就きましたが、どんな職業でも究極的には『死生観』を得るため杖なのではないかと考えております→
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教祖が東大法学部卒だった某新新宗教団体が大学を作ろうとしたのですよ。学者なんか優秀な人間がなるもんじゃない、自分なら理想の大学を作ることができると。でもいざ作ろうとしたら、博士号もしくは博士号相当の業績、教育歴等がある人間を探そうとしたらとんでもなく大変だったと。結局失敗した。
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すると彼女は冷然と「参考になりませんね。女性の職業的成功を阻害するものの考え方で、老害なんじゃないでしょうか」と青い顔で言われた。そんなつもりはなかった。聞かれたから無邪気に答えたが1971年生まれの田舎の社会を背景にした話しで、今なら違う解があるだろう。それは「知らんけど」。
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これはアメリカ革命についても(他の外国史についても)言えることなのですが、実際はとてつもなくハイコンテクストなのですよね。文化的・歴史的背景が全然違うのですから。『ベルサイユのばら』は、一旦、日本人の理解できる文脈に落とし込んで次に進ませる効果はあったなあと思います。
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別な意味で酷かったのは、日本長期信用銀行だったなあ。もう大学院進学を目前にした1月か2月ころ、凄い偉そうでダルそうな声で「長銀ですけど」と電話が来て面接してやると。たぶん上位旧帝か早慶で辞退者が出たんだろう。「大学院行くんで」と断ったら舌打ち聞こえた。そりゃ潰れますよね(笑)。
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あー、言わんでも分かると思いますが、多言語なら自動的に貴族であるわけでもないし、貴族の中にも外国語苦手な残念な子はいます。そういう細かな逸脱例は言わなくても圧倒多数の人にはわかりますよね?たまにため息の出る「反証」してくる人がいるので先に書いておきます。
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頭痛の種だった新領土の維持費用の問題はなくなり、アメリカの密貿易を取り締まる負担もなくなり、カナダを正式に獲得し、これまで通りアメリカとは英語で貿易できるわけです。気づくのに8年かかったけど。身軽になったイギリスはここから19世紀の世界征服に乗り出すことになった。
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た〜だ、日本の場合、そこを冷静に扱えるのかなあという不安はあるのですよね。陳腐なことを言うようだが、こういうことこそ先の大戦での日本人の無様な失態を学んだ方が良い。イキリたつ軍人、怖くて黙っちゃう知識人、世間の空気に忖度する民人。そこの自信がどうしても持てなくて。
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アメリカ合衆国は、歴史の絶対的時間は短いけれど、近代以降に存在した共和政国家としては一番古い。アメリカ合衆国憲法は1787年に制定されたが、これは現在存在する諸国家の成文憲法で一番古い。歴史は時間の長さとは無関係ではないが、歴史性は時間の長さとは無関係である。
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後に博士号を取得し、大学教授になるのだけれど、ある子育て中の方から、「先生はどうやって克服したんですか」と聞かれ、僕は実に無邪気に「専業主婦だった母親がね、毎日話を聞いてくれて、母親が昼寝している横で安心して漢字ドリルや計算の勉強して、起こしては褒めてもらってた」と言った。
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自動車の中で弟は「僕は猫も杓子も高等教育を受けられた時代こそSDGsの可能性だった。実はこの在り方が持続可能じゃないのだとすれば、つまり階級社会の方がデフォルトだとするなら『持続可能』なんて『永久機関』と何も変わらない。ただの中世じゃないか。900年続いたならSDGsそのものだ」と論じた。
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自然環境が厳しすぎて、戦争する余裕がなかったのですよね。偉大なる「一発屋」のジャレド・ダイアモンド先生の言う通り。人口希少の過酷な環境では戦争に強い共同体はできない。サイヤ人とか実は設定に無理があるのですよね。
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「まず素人は逃げて」という正論にケチをつけているわけではない。しかし、実践というのは道場での講習で身につくわけでもなく、戦場においてはSPも含めて厳密な意味での玄人というのはいないのだなと「漁師の喧嘩術」を見て改めて思った。
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どうも世の中、エルダーの教員を追い出すのが正義みたいな雰囲気があるが、組織はバランスが大事で、カツカツの条件下で雇用された世代が年を重ねて先の先生の世代に近づきつつある。これがとても心配である。若い頃、不安な時間が長すぎて従順になった世代が重鎮になるとその「老害」は深刻かも。
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「現実主義」と「現実を直視する」との間には極めて大きな違いがあるように思う。ついでにいうと平和なら良いというものはない(アメリカの奴隷制度がそうだった)。平和とは緊急性の中にあって理性を保ち、説得力と妥協が両輪になってかろうじて存続する状態なのだと改めて思う。
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実際の歴史は男たちが延々議論してるもので、ギロチンがフル稼働だったし、「男装の麗人」など昔のベタベタな少女漫画設定だったのですが、あの一コマで歴史を題材にした漫画が芸術作品になりましたよね。
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東京は開かれた都市かというと、東京は東京で大きく閉鎖的な村でした。中山先生は、皆の前で私に気さくに接する様子を示すことで私が寂しい思いをしないように配慮して下さっていました。研究者が亡くなってここまで打ちひしがれたのは初めてです。
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学生は何かを察したらしく、授業後、僕が説明を飛ばした箇所を余った講義レジュメに赤を入れて渡してくれ、「質問したいことがあるので来週お願いします。人間なんですからこういう日もありますよ」と言ってくれた。
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「氷河期世代」の棄民についてはしばしば触れるが、男性の話は目立つが当時の価値観も含めてこの世代の女性はもっと悲惨だったはずです。:子どもは欲しかったが 年収300万以下、見捨てられた氷河期世代:朝日新聞デジタル asahi.com/articles/ASR43…
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助手の頃マサチューセッツから保健法の教授が来日していて、ところが研究会の出席者の人数が足りなすぎてサクラとして急遽呼び出されて出席したことがある。日本の学生なら皆まで言わんでも分かるような計算や図を必死で書いていた。アメリカ人どんくさ(笑)、と思ったがこんな彼らが日本軍を破った。