オッカム(@oxomckoe)さんの人気ツイート(古い順)

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今はない大学も多いが、「第二外国語」の選択は、入学したての幼い頭では気づかないその人の指向性、世界への接し方の傾向性を反映しているのではないかと親しい友人と話した。「マスター」できるかどうかは重要ではない。ただダイバーシティーを確保したいなら英語至上主義はやめたほうが良いと思う。
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日本のいわゆる平和ボケや軍事研究・安全保障研究者を禁秘のようにしてきたことは僕はそれほど心配していない。戦争は起こるだろうし、起これば日本人は対応するだろう。自衛隊は強いだろうし同盟国とも内内の連携はとっているだろう。僕が危惧しているのは、過剰適応で頭が硬直する社会的知性の萎縮。
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ジョン・アダムズは、「主権」を独特なアプローチから論じている。「主権」などというものは、戦争が起こってしまえば、これは何とでもなるんだと。重要なのは、平時において主権を明確に定義し、それに対する国民の自由を明文化しなければいけないと。
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話を現代に戻すと、アメリカの監視システムは実は物凄い。しかしアメリカ人は、それを乗り越えるくらい度し難く自由な生き物である。戦時中のロシアにおいて反戦を唱える強靭な人物はいて、中国にも公安警察を恐れない強靭な個人がいる。日本人は戦争を行うに足る国民なのかそこが心配である。
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日本は戦えば強いはずである。戦ってなかったのはここ100年足らずで、平安末期から世界屈指の首狩族だった。旧帝国時代と違い、今のところ多数派の陣営に所属している。だから喫緊の安全保障には楽観的なのだが、その後の日本の在り方について胸騒ぎが止まらない。
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何度もツイートしてることですが、戦争になると皆さんが一番嫌いなタイプの人々が威張るようになります。自衛官だって、立派な人々はたくさんいるのでしょうが、一度大きな権限を有するようになれば極めて傲慢な特殊技官集団になるでしょう。戦争は起こります。だからまず市民社会を強固にしましょう。
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「いつもの世代論か」と言わず普遍的問題として聞いて欲しいのですが、やはり70年代生まれを水産資源のように雑に扱いすぎましたね。一番人口ボリュームがあったこの世代を「代わりはいくらでもいる」とばかりに遇したことで職種を問わず各所で運命が滞っているように見受けられます。
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団塊の世代の再就職も定年し尽くした辺りで、突然、70年代生まれで不遇な状況にある人々がここ数年、一定数ですが急にそこそこ高い地位で採用されている事例を目にします。あと数年続くかもしれません。人材が枯渇しているからですが、訓練なしにいきなり十字砲火の中に投入される感じかと思います。
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誤)各所で運命が滞っているように見受けられます。 正)各所で運営が滞っているように見受けられます。
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これは私の偉大な友人の言葉なのですが、やはり上の世代のリベラルの欺瞞はちゃんと糾弾しなければならんでしょうね。70年代生まれで大学教育受けた人は左派的志向を多くが持っているが、裏切られた感が正直あります。方法的「ネオコン堕ち」は必要かなと。それを経ると今のリベラルも強靭になる。
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リベラルがどこか鼻持ちならないのは、言ってることとやっていることが一致していないからなのです。主張は平等主義なのに、本人はダーウィニストで、目の前の他者の苦境からはそっと距離を置き、攻撃する場合は組し易し相手を狙う。だから信用されないのだと思います。
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人権というのは普遍的なものだが、それを実現するにはグローバルな世界では不可能というか、絵に描いた餅に過ぎなくて、必ず国家、それも国民国家が必要。矛盾するようだけれど、そこには排除の論理は潜んでいる。国民を限定することで宗教、人種などの問題を棚上げして中立的な政府が可能になる。
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国民国家には国民国家の毒や地獄が当然ある。だから毒消しのように例えばジョン・レノンの「イマジン」が自由に流れるのが良い(アメリカは戦時に規制した)。しか毒消しもまた毒であり、「イマジン」の歌詞に示される世界観を文言通りにやったら、新自由主義の世界になる。
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「現実主義」と「現実を直視する」との間には極めて大きな違いがあるように思う。ついでにいうと平和なら良いというものはない(アメリカの奴隷制度がそうだった)。平和とは緊急性の中にあって理性を保ち、説得力と妥協が両輪になってかろうじて存続する状態なのだと改めて思う。
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今回のロシアによる侵略戦争で改めて痛感したのは戦況分析や具体的な武器や装備の知識が、国際政治を考える上でとても有益であるということ。日本の場合、敗戦から冷戦期にかけてそれを忘れさせる仕組みがとられていたために、とても抽象的な理論(これは大切)しか重視されず車輪の片方が欠けていた。
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専門外なので戦前のアカデミアはどうだったのかは知らない。印象論でいうと、この手の分析や研究は軍が一手に握っていた感じがある。民間の研究所や大学に一定数、この分野の専門家を揃えておく方が、シビリアン・コントロールの観点からも有益であるように思われる。
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もちろん、毎日でテレビなどで見るように立派な専門家はいるにはいたが、職を得るのが難しく研究活動できる生活の場が限られていた点は否めない。確かに「安全保障屋」という少し下に見る傾向がなきにしもあらずだったように思う。
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「安全保障屋」という蔑称(と言っていいだろう)は、彼ら彼女らが価値に無頓着であるように見えたから生まれたのだろうが、状況の変化によって必要となる専門家も変化するのだから、必要な専門家はちゃんと育成して生活できるルートをもう少し拡充した方が良い。
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僕は植民地時代からアメリカ合衆国の建国初期までの政治史と政治思想史が専門なので、本件については何一つ識見はないけれど、遠くから見てそう思う。というのは、僕だって自分の研究するには当時の戦況や武器や補給、国際関係について知らないと実際に研究できないのだから。
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僕は思想史よりの研究者なので、上記の知識量も厳密さも強くはないが、ちゃんとそこを専門にする研究者がいるので、必要になれば彼ら彼女らの研究を参照することができる。
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た〜だ、日本の場合、そこを冷静に扱えるのかなあという不安はあるのですよね。陳腐なことを言うようだが、こういうことこそ先の大戦での日本人の無様な失態を学んだ方が良い。イキリたつ軍人、怖くて黙っちゃう知識人、世間の空気に忖度する民人。そこの自信がどうしても持てなくて。
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現今の戦争を遠くから眺めながら思ったことの一つは、「道徳的優位」は、即効性はないが使える材料であるということ。ロシアは今回のことでナチスを倒したという輝かしい経歴を台無しにした。お陰で日本のロシアに対する道徳的劣位も少しだけ減った。
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憲法九条を邪魔に思っている人もいるかもしれないが、実際に自衛隊という強力な武力が存在することを考えれば、侵略を受けた場合、「憲法九条があるのに残念だ!」と反撃できるし、これを敷衍していくと核も持たない方が良い。侵略国側が核を使う選択肢を取るのを難しいものにできるかもしれない。
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僕の観察によれば、いわゆる一流大学の学生だって、本当は外国語で書かれた学術書は最初はチンプンカンプンなはずなのです。しかし意地で食らいついて読むのを諦めないのだと思います。僕はこの意地を育成するのが現段階の自分の仕事の一つだと思ってます。
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僕のゼミからも研究者育成の伝統のある名門大学院に進学した学生はいます。彼は確かに優秀でした。しかし話してみると彼より本当は頭の良い学生はいました。違いは研究したいという願望と、それには外国語が読めなきゃいけないという必要に従って、必要なことをやめなかったことだけだったと思います。