オッカム(@oxomckoe)さんの人気ツイート(古い順)

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連絡が遅れましたが、Disney+で放映中のミュージカル『ハミルトン』の日本語字幕の監修を私がやりました。字幕のプロの方のお仕事には驚嘆しました。学者が字幕つけたらびっしり3行になるところを2行足らずで見やすいようにするのですね。これは本当に凄いとただ驚嘆した素晴らしい体験でした。 twitter.com/DisneyPlusJP/s…
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音信不通の学生から卒論の断片が送られてきた。必ず卒業させよう。ちなみにある学生から、「先生の年末年始のご予定はいかがでしょうか」という問い合わせが来たので、「孤独な人間なので、常時問題ありませんので、どんどん送ってください。添削して送り返します」と返信。
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論文というのは「その時の全力を出した上での諦め」によって完成します。私も博士論文も印刷機から死んで生まれた」シロモノでしたがそれで博士の学位を得た時にはどこか物悲しいものがありました。でもそれが10年くらいして評価されて今、忙しくしています。大事なのは完成度ではなく書き上げること。
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よく「○○についての文献・史料が見つかりません」という質問を学生から受けます。僕は「まずもって僕らが思いつくことはすでに誰かが研究しています。だから基本『ある』前提で考えてください。では何故、見つからないのか。それは打ち込んだ検索ワードのピントがズレているからです」と応えます。
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僕はアメリカ建国史が専門なので、例えば日本の近現代史とか東洋史に関わる知識は平均的です。ただ年齢の分だけ学生よりは上手に史料は探せますが、(ああ、これは分からんな)と思ったら専門としている先生にお尋ねするように指示します。すると、見事にGoogleさんは機能します。
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つまり知識とか構造の理解がないと検索はできないのです。僕が一流の研究者の方々とお仕事をご一緒した時に驚嘆するのは、そのえげつないまでの検索能力です。Googleから引っ張り出す力は、知識に比例します。だから普段の学習や読書がとても大切なのです。本読まないとググることもできないのです。
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僕が学部の頃の出身校の法学部は卒業論文はありませんでした。ただゼミ論文というのがその代替の役割果たしてたかと思います。テーマが閃いて図書館に入った時のあの夥しい蔵書たちのよそよそしかったこと。酷く場違いなところにいるような気がしました。とりつく島がまるでありませんでした。
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それで古典的研究の中で一番新しいものを1頁目から最終頁まで精読しました。注記も息をつめて読み抜きました。それでもう一度、図書館の書庫に入りました。すると、不思議なことに本の方から僕に話しかけてきてくれるようになりました。
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本当は僕の研究に必要な本はまだまだたくさんあったはずです。しかし彼らは話しかけてきてくれませんでした。何故かというと、僕の知識や理解が彼らの眼鏡にかなわなかったからです。その後、研究を続けたり語学を努力したりすると、話しかけてくれる本の数が増えていきました。
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以前書いたことですが、僕の父親はたいへんな読書家でした。でもある時期から(今の僕くらいの年齢の頃)、その読書は「自分の知っていることの確認」になって行きました。心地よいものだったと思いますが、こうなると読書は知的発展の営みにはなりません。読んだ分だけ視野が狭くなることもあります。
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いわゆる「思想」というものの怖い側面です。実はこれは年齢とは関係がなく、若くても晩年の父と同じようになります。ちなみに研究論文では、先行研究を明らかにした上で、自分の論文がどこに位置するのかを明らかにします。この訓練は読書の罠に陥らないための灯火になるかと考えられます。
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僕の経験からのアドバイスになりますが、まずは「権威」ある書物(研究でも作品でも)の奴隷になることです。服従は初学者にとってとても効率の良い学習法です。その上で、ちょいちょい謀反を起こしましょう。行き詰まったら「権威」に戻り、また気が向いたら謀反を起こす。これを一生繰り返すのです。
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修士論文や博士論文などで、とにかく分厚く長い分量を書く人がいますよね。僕の観察の限り、こういう人は将来性があります。筆力(ここでは技量ではなくたくさん書く力)は、知的基礎体力を現していて、その後安定して良質な論文書ける人がほとんどです。量を書けるというのは偉大なことなのです。
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国民の膨大な確定申告書類と納税漏れを税務署が全てチェックすることはとても大変なので、高額納税者を毎年数件血祭りにして見せしめにするのですが、我々のような庶民も無作為に抽出して警告してくることがあります。長万部時代、私がそれに当たったことがありましたのでどんな感じか情報共有します。
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「鉄道でつながっている」というのは文化的紐帯が存在している感覚があって、これは自動車やバスではあ代替できないのですよね。ただ稚内に住んでいる母と話していても、諦めが凄い。「もう駄目だ」と。
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昔から気になっている稚内人(道北全体もそうだろうか)の言葉に「札幌に引き上げる」というのがある。生まれてから一度も札幌に住んだことのない人がほとんどなのに「引き上げ」という言葉を使う。明治以降の日本における北海道を考える上で僕は実に興味深いと思う。「オラが村」という感覚が希薄。
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>RT 僕は田中義剛さんが登場した頃から北海道でブレイクし、次第に人柄が知られるようになり表舞台での露出が減っていくまでの姿を見ていた世代です。見方によってはガチガチに規制されていた農業(酪農)にチャレンジしたビジネスパーソンとも言えたのですが、その帰結は世界史が示す通りでした。
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私の守備範囲の歴史でいうと、食糧生産を行う農民は大陸ヨーロッパでは「身分」でした。しかし、カリブ海、西インド諸島の砂糖農園、アメリカ南部のプランターはビジネスパーソンでした。農業をビジネスでやると、アフリカ人奴隷が使役されるようになりました。
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ルイス・ハーツも言っているように、アメリカの農業はビジネスなのです。昔、世界食糧危機というのがありましたね。人類は、20世紀になって初めて、人間の数より食糧の方が多くなることに成功しました。つまり全員が食えるようになった。ところが無数の餓死者を出したのです。アメリカ農民の投機です。
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農民とつきあいの古い賢明な国の政府は、農民に市場競争させないようにしたのです。どんなに非経済的であっても農地や収入を保障し、品質管理の規制をしてきました。農民が本気で市場競争やるとシャレにならんのです。頭脳もメンタルも、彼らは競争に強いのです。
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農業のガチガチの規制については、規制緩和を主張する人々から非難されていますが、統治と農業の長い長い歴史から導き出された結果を軽く考えてはいけません。農民の中にも挑戦的な有機農業で上流階級相手にビジネスをしようと農協から離脱する方々もいますが、警戒した方が良いです。
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日本は、皆んなが比較的安価で安全な食料を食べられます。これを管理してきたのが農協であり、農林水産省なのですよね。これを例えば小泉進次郎さんなんかは悪者にしようとしている。農業ベンチャーの方々もいますが、彼らは田中義剛さんの追随者かもしれません。
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「農業をビジネスにしたらどうなるか」「農民がビジネスパーソンになったらどうなるか」の典型的な事例なのではないかと私には思われます。
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よろしいですか。農業ベンチャーの連中は食卓に美味しい野菜を届けたいみたいなことを言いますが、そんなもの我々の食卓には届きませんよ。あなたのお給料いくらですか?ご家族は何人ですか?その分、圧倒的多数の方々の食糧が疎かにされますよ。
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僕の中の政治学者が、今回はヨーロッパのお手並を拝見したいと言っている。アメリカが出張らなきゃ解決しないのでは、第一次世界大戦と第二次世界大戦の歴史がただ芸もなく繰り返すことになる。アメリカには中国での現状変更の野心が芽生えた時まで力を温存してもらいたい。中国はロシアなどより強い。