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「第二に、創造とは自分が所蔵している文献を把握できなくなってから可能となります。その時の問題関心から文献を購入するのですが実際には忙しさからすぐには読めません。時が流れ、新たな問題関心から何かを書こうとした時、異なる関心から購入した文献がインスピレーションを与えてくれます」
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(うろ覚え)昔、伊集院静が東大の物理の教授に「なんで物理なんか教えてるの?」と聴いたところ、「東大に限ったことじゃないんだけど、こんだけ学生がいれば一人くらい天才がいるはずでそいつが世界を救うかもしれない。他の凡百はや制度は彼の環境を支えるために存在しているのです」と言っていた。
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まず地元の人と結婚して子供を作らなければならない。ここがスタートです。これが始まりです。これをやらずに、美味いもの食べようと思えば、莫大な金がかかります。だから、地方分散など簡単に言って欲しくないのです。
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本棚を眺めていると、愕然とすることがあります。まるでいつ購入したか覚えていない文献がしばしばあります。それを紐解くと、そこに重要なヒントが記述されていることがあります。問題関心は肉体のように変化すると同時に、同じ一つの頭がそれを購入していることがとても重要なのです。
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私が長く不思議に思っていたことがありました。アメリカとの戦争で確かに一定の人々は疎開しましたが、それでも東京の人の圧倒多数は東京に住み続けていました。東京大空襲の最中でもです。なぜなんだろうと。それはですね、田舎の社会が意地悪だから東京の人間は東京に住むよりほかなかったからです。
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「無能を切り捨てるといずれ今有能に分類されている人が無能になる」ということにもういい加減気付けよと思う。組織はバランスなんだから。
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全然「エビデンス」の少ない経験則ですけど、やっぱり人間50歳手前に失敗する人は少なくないですね。もともと持ってた良くない部分が体力の低下とともに露見するのがこの頃なのですよ。ただ露見した人材はお灸で放免するのも手ですよ。反省しますから。露見を運よく回避した50代に本当の悪魔がいます。
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太平洋戦争を語る時、「なぜ日本は無謀な戦争に突入したのか」と毎年いうじゃないですか。しかし問題はそこじゃないのです。戦争は外交の一手段だったのです、当時は。領土問題などを外交官同士が話し合いますよね。それで話が平行線になる。すると「じゃあとりあえず戦争しましょう」となる。→
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海外からの優秀な人材?。来ねーよ(笑)。私の中学時代は勉強苦手すぎて中卒でタイル職人になった同級生がいますが、最果ての公立中学で試験最下位の彼も普通に九九できてましたからね。大したものですよ、これほど学力を兼ね備えた最大の人口ボリュームを氷河期世代にして棄民したんですから。
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僕の経験からのアドバイスになりますが、まずは「権威」ある書物(研究でも作品でも)の奴隷になることです。服従は初学者にとってとても効率の良い学習法です。その上で、ちょいちょい謀反を起こしましょう。行き詰まったら「権威」に戻り、また気が向いたら謀反を起こす。これを一生繰り返すのです。
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戦後の東京の復興の早さに私は慄然とします。「お前らそんなに田舎が嫌だったのか」と。そんなに田舎が嫌な人たちが不景気だとかコロナだとかで分散するわけがないのです。私がひたすら田舎をdisり続けているように誤解されている方もいるかもしれませんが、私がdisってるのは東京人のエゴです。
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北の大地にいると環境問題がまるでピンと来なくなります。アメリカの連中がそうなんだと思います。それはとても都会的な感性がなければ感じることができないものなのだろうと思いました。
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すると、私が受けた返答何だったと思います?東京の人の感覚だと「まだまだ大丈夫ですよ、良い人紹介しましょうか」をイメージしませんか。甘いです。私はっきり言われました。「あー、じゃあもうダメだね」です。厳しいでしょう?もう共同体には入れないのです。
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いずれにせよ、ほうほうのテイで田舎から東京に私は出てきました。大学院まで行っちゃったので、ソフトウェアが都会仕様だったからです。ところがようやく見つけた安息の地がコロナでしょう。マジでチクショーなのですよ。私の苛立ちは更年期ではなく、もっと根源的かつ理論的なものなのです。
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「よく学問以外のことを『学校で教えるべきだ』という言葉を目にするが、いい加減にしてほしい」。そんなものは、それぞれの企業なり役所なりで教えてください。学校は、外国語、国語、数学、理科、社会を教えるところです。高等教育の大学は、研究者が教えて大学生が自分の研究するところです。
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田舎は厳しいですよ。私、町内会の区長やってて会議にも参加してたのですが、町内会幹部の中ではまず僕が桁外れに若い。それである高齢女性から「先生、奥様は?」と当然聞かれますよね。私は「独り者です」と返答します。すると、「先生、いくつ?」と聞かれます。それで「44歳です(当時)」と返答。
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修士論文や博士論文などで、とにかく分厚く長い分量を書く人がいますよね。僕の観察の限り、こういう人は将来性があります。筆力(ここでは技量ではなくたくさん書く力)は、知的基礎体力を現していて、その後安定して良質な論文書ける人がほとんどです。量を書けるというのは偉大なことなのです。
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ライフスタイルは自由ですから好きにすれば良い。しかしそれを大きな規模で奨励してはいけない。ママゴトなんだから、個人レベルでしかできないのですよ。もっと現実的にものを考えましょう。
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修士1年の時の演習で「大英帝国」という言葉を使ったら、指導教官に即座に「それは使わない方が良い」と言われ、僕もメタに伝わったので、イギリス帝国と使うようになった。のちに、元同僚だった中国史の先生に「なぜダメなんですか?」と聞かれ、下記RTの劣化版の説明をしたが上手く伝わらなかった。
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戦争中は卑屈に農村に食材を恵んでもらいに行っていた東京の人々は、戦争が終わると瞬く間に東京に戻り、これでもかというくらいの東京中心の日本を作りました。呪われて当然なのですよ。
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帰宅後、もうカメムシは現れなくなりました。そこで、自宅の窓の周辺にも予防的に塩素を大量に振り撒き、およそ虫といえる虫をすべて私の部屋の周辺から駆除しました。化学物質の素晴らしさに震えました。エコロジーとか心からどうでも良かったです。
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昨日の大学院の演習で、中国人の留学生から「なぜ日本では大学院進学が少ないんですか」と聞かれて吃驚した。日本でも理系は大学院進学が多いが、何でも中国では文系も多いと。はっきりと給与額が学歴に反映しているのだとか。変われば変わるもんだなあ、アメリカみたいだと驚いた。
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市場が機能していないので、共同体のメンバーになれないと、生活費がかかるのです。ガス代とか凄かったです。実は安い灯油ストーブの設置は可能だったのです。でも業者が極めて少ない。そのアクセス方法が分からないのです。誰も教えてくれないからです。よそ者だから。ガス代とか月3万円でした。
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長万部町最大の町内会富野会の第4区区長、長万部町ゴミ廃棄物原料推進審議会会長という、二級市民としては私は極官を極めたのです。町立文化センターでアメリカ史を老人相手に講じた博士の学位を持つ有識者です。その私にして正式な市民権は与えられなかったのです。だから生活費がとにかく高かった。
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岸田首相を襲った暴漢を取り押さえた漁師の映像について、外国語学部の先生から分析したDMが送られて来る。まず喧嘩の強さとは、躊躇なく突っ込めるかどうかにあると。最初の漁師がすぐにヘッドロックをして、スエットの漁師が足を引っ掛けて倒し、加勢した漁師と冷静にテイクダウンしている。