あなたは橋の下で拾った、○○で拾った、本当は堕そうと思った、いらなかった… このように親から言われることがある。 そんなわけないと頭で理解できる年齢になっても、心は傷ついたままになる。 毒親育ちが抱く「ありのままの私は愛されない」という底知れない不安は、あなたの性格のせいではない。
疲れた時に、「大丈夫」って言い聞かせなくていい。 頑張りやの人は、つい動けなくなるまで頑張りすぎちゃうから。 まだできても、もう休んでいいんだよ。 もう辛いのに、「大丈夫」って誤魔化さないでいい。 我慢強い人ほど、倒れるまで我慢してしまうから。たまには「我慢」を相手に譲ってみよう。
何のために頑張ってるのか、そう虚しくなるかもしれない。 なんでこんな毎日なのか、そう悲しくなる時があるかもしれない。 一人になった時に、突然涙が溢れてくることもあるかもしれない。 泣きたいほど辛いのに、全く涙が出ないこともあると思う。 悩むのは、前を向いているから。 それだけで凄い。
心が疲れ切ると『良い言葉』でさえ苦しくなる。 だから、そんな自分を責める必要は全くないよ。 我慢しすぎて「もう無理!」と心が教えてくれているだけ。性格が悪くなったわけじゃないから落ち込まないで。 少し休んで余裕ができたら『あなたにとって良い言葉』で心を満たしていこう。ゆっくりでいい
「失敗したくない」というのは自然な感情。わざわざ失敗したい人はいない。 だがACの場合、過去に責められたり怒られたりした経験が心を傷つけ続け、「絶対に失敗できない」と脅迫に近い感覚を抱きやすい。行動しない方がマシと思うほど強力に縛られる。 行動できないのは、性格のせいとは限らない。
どんなに相手を好きでも感謝していても、自分に合わない考え方や合わない環境はある。 話し合えば分かる人もいるが、分かり合えない人もいる。話し合いにすらならない人もいる。 そこまで頑張らなくていいこともあるし、一人で頑張ってもどうにもならないこともある。 たとえそれが家族だとしても。
誰かから、自分を否定されることがある。 「頑固だ」と言われれば、そんな自分を直さなきゃと思うかもしれない。 だが、直さなきゃいけないわけではない。 相手があなたを否定したのは、自分と違うから。 その相手が理想の相手ではないなら、落ち込むどころか「あの人とは違う」とホッとしていい。
「幸せになってはいけない」と、心のどこかで思うことがある。 幼少期に、自分の幸せを喜べない大人が傍にいるとこのような影響を受けやすい。 好きな事を「くだらない」と一蹴され、楽しんでいる時に「あなたはいいわね」と不機嫌な態度でアピールされて育つと、楽しむことに罪悪感や恐怖を抱く。
イライラにイライラで返したり、怒ってる相手に怒り返しても、何も解決しない。むしろややこしくなる。 その人は、誰にも変えられないから。 変えられるのは自分だけ。 でもだからといって、あなたが我慢したり謝ったり、相手に合わせる必要はないんだよ。 距離を置いたり、スルーしてもいいんだよ。
「自分勝手」「冷たい」「冷めてる」「暗い」と誤解され、苦しむ人がいる。 皆のように楽しめなかったり、皆ほど同情できなかったりした時に、「自分は社会不適合者なのでは」「欠陥人間なのでは」と自分自身を責めてしまうこともある。 自分の感情をひた隠しにすることで生き延びてきた人に多い傾向
親の理想を押し付けられることが多いと、「ありのままの自分は愛されない」と感じ取る。 ○○すれば認められる、つまり「ありのままの自分ではない方が認めてもらえる」と、無意識に思う。 子どもがその家で生きていくための生存戦略だから、この影響はとても強い。大人になっても影響を与える。
「何か苦手かも…」という人に出会うことがある。 ACのこの直感は、よく当たる。「あれ?」という小さな違和感は、大抵大きな違和感に変わる。 「悪い人じゃないかも」「考えすぎかも」と、違和感に見てみぬふりしてつき合うと後悔する。 子どもの頃から、誰かを喜ばせようと頑張ってきた人に多い傾向
やる気が出ないのも、動けないのも、ダルいのも、頭痛も、めまいや耳鳴りが酷いのも、イライラしやすいのも、元気が出ないのも… 今日は「ぜんぶ天気のせい」だと思いましょ。無理しない。 これは言い訳でもないし、甘えでもありません。 天気が体調に影響しにくい人、影響しやすい人がいますから。
「なんで○○できないんだろう」と自分を責めてしまう事があると思う。 そんな時は「どうしたらできるかな?」と寄り添ってみてね。 「もっと頑張らないと」と焦る時があると思う。 まずは少しでも頑張ったところを褒めてみよう。「もっと」だけじゃ辛くなるから。 あなたはもう、頑張ってる。
「あんたが鬱になるわけない!」と親しい人から言われることがある。 一番味方になってほしい人に突き放されてしまう。 「甘えるな」と怒られることもある。甘えられずに一人で走り続けたから、鬱になったというのに。 「かまってほしいだけ」と呆れられることもある。そんなわけないにもかかわらず。
「そんなに酷いことをされていない」と思うACが、心に深い傷を抱えていることがある。 どの家にもあるような「小さな嫌な事」は、耐えられてしまうからこそ異常さに気がつけない。1つ1つは大したことないように思えても、それが毎日繰り返されるうちにあなたの心がすり減っていく。だから辛い。
気を遣いすぎる、本音が言えない、人を信じられない… ACとそうではない人が抱える悩みは、同じに見える。だから理解ない人たちから「甘え」と批判されることもある。 だが「こんな自分が生きていていいのか…」という不安を持つかどうかの差は、あまりに大きい。 抱えている悩みの前提条件が違う。
誰にも助けを求めず一人で頑張ってきたアダルトチルドレンは「強さ」を求め続ける。 単なる力の強さではなく、精神的な強さを。 「人を頼れない」というとデメリットのように聞こえるが、そこには「他人を侵害しない」優しさが隠されている。 頼れないのではなく、無意識に「頼らない」を選んでいる。
アダルトチルドレンは、自分に厳しい。 みんなが出来ているのに出来ないと「こんな事も出来ない」と自分を責める。もし出来ても「まだ上がいる」と思う。 性格のせいではなく、幼少期の大人との関係が影響していることが多い。 励ましや応援がない家庭環境で育つと、自分を褒めたり認めたりしにくい。
もしそうなら、今怒りを出せるようになったのは「大きな一歩」です。 やっと今、怒れるようになったのですから。
・親の電話に出ない ・親と会わない ・親のLINE既読スルー ・親の頼み事を断る ・親の意見にNOを言う 理想的な家庭で育った人は「嫌なら断れば?」と軽く言う。 でもACは、断わった後の大変さを知っているから「そんなこと出来ない」「無理」と思う。 我慢する方が平和だと、経験から知っている。
自分らしさが分からないというACは多いが、なぜか不安だったり、不幸だと感じるなら『自分らしくないことをしている』1つのサインと思って良い。 思考のクセや行動が「過去の影響」であったとしても、辛いものは辛いし、気になるものは気になる。それでいい。 自分で自分を否定しないでね。
人からの好意を素直に受け取れない事がある。 それはそれでいいのだが、「受け取ると借りを作ってしまう」「借りは返さなきゃいけない」と思うなら、幼少期の環境が影響している。 「○○すれば××していい」「育ててあげた」「親孝行しろ」など恩着せ、見返りを求められることが多いとそうなりやすい
「人にどう思われるのかが気になる」人がいる。 自然な感情なのだが、ACの場合は気になりすぎて辛い。相手の機嫌が悪くならないように、気を遣いすぎてしまう。 子どもの頃からピリピリした家庭環境で育っている場合は、不機嫌な人がいるだけで落ち着かない。怒っている人がいるだけで疲れてしまう。
<ACが抱えやすい気持ち> ・自分のせいで… ⇒我慢することで、家族の平和を保ってきた人に多い ・自分なんて… ⇒親に「ありのままの自分」を受け入れられてもれない事による無価値観 ・恵まれていることへの罪悪感 ⇒過干渉の場合に多い。嫉妬されることへの恐れ、どうせ理解されないという諦め