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『最近ウチの子がなかなか言うこと聞いてくれないの…またイヤイヤ期かなぁ』
私の好きな育児エッセイ漫画が更新されていた。私はこのママさんからいつも元気をもらっていた。私も頑張らなきゃって気になる。息子さんが産まれてから今日まで、1日も育児エッセイの更新を忘れないから凄い。30年間も。
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「チッ 雨かよ…」
俺は傘立てから適当なビニール傘を選び盗る。ビニール傘はシェアするものなのだ。傘を開くと、内側にこう書いてあった。
『お父さん、誕生日おめでとう』
俺は泣いた。泣きながら傘立てにその傘を戻した。そして濡れながら帰った。
「誕プレ、コンビニのビニール傘かぁ…」
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大好きな人に告白した。
「私より背の低い人はちょっと…」
フラれた俺は骨延長手術を受けてリトライした。
「私より年収低い人はちょっと…」
出世を繰り返し、役員になった。
「太ってる人は…」
痩せた。
「顔が好みじゃなくて…」
整形した。
「私より年下はちょっと…」
僕の方が、年上になった。
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「お前、まだあんな陰キャとつるんでんの?悪い事言わねぇからあんなのと縁切れって。スクールカースト底辺に落ちてねぇの?最近のお前が死んだ魚の目してんのも、ぶっちゃけアイツのせいだろ(笑」
ついに我慢の限界を迎えた俺は、この男を殴った。
「友の侮辱は構わないが、俺を侮辱するのは許さん」
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急に彼氏に「猫っぽいよね」って言われた。
「そう?」
「昔飼ってた猫がミャーって言うんだ。ミャーって呼んでいい?」
「……浮気してる?」
「は?なんで?」
「無理に渾名をつけるのは、浮気相手と統一して呼び間違いを防ぐためって聞いたから」
「そんなわけないだろう、美弥」
「私は萌香よ」
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前人未到の世界最難関の山。
その頂に俺は遂に到達した。
人類未踏の地を単独で踏みしめた栄誉と快感に酔いしれていると、視界の端に入るものがあった。
「…俺は、2番手だったのか」
そこには登山者の遺体があった。
俺は遺体から、何か名前がわかるものを探した。
生きて、彼の栄誉を伝えるために。
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僕の彼女はいつの間にか、肩に僕の名前の刺青を入れていた。本人曰く、変わることのない永遠の愛の証だそうだ。ちょっと重かったけれども、それ程までに愛されるのは正直嬉しかった。
元カレの名前を消せなくなったから、同じ名前の相手をずっと探してただけだと知ったのは、彼女と結婚した後だった。
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「ママはどうしてパパと結婚したの?」
「私がレンタル屋でバイトしてた頃、パパは常連さんだったのよ。いつも借りたビデオは最初まで巻き戻してから返してくれた。それで、あぁ そういう気遣いが出来る人と結婚したいなぁ…って思ったの」
幸せそうに語るママに私は更に聞いた。
「巻き戻しって何?」
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「おい囚人番号823番」
「なんだよ981番」
「お前、釈放目前だったのにまた問題起こして刑期が伸びたらしいな」
「あぁ」
「なぜ我慢しなかった」
「脱獄用の穴を完成させるためさ」
「バカか…本末転倒だろ」
823番はこう続けた。
「この監獄を出る時は、お前と一緒じゃねぇとな」
やはり、バカだ。
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『Bot確認です。以下の問いに答えて下さい』
「なんだ?全問簡単な算数じゃないか…むしろBotの得意分野だろ」
選択肢の中から回答を選ぶ。
「…待て、全問答えがAになっちまった…どこか計算ミスってないか?」
暫く悩んでると画面が切り替わり、次に進めた。俺はBotじゃないと判断されたらしい。
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Instaでめっちゃ可愛い女の子のアカウントを見つけた。『可愛く撮れた♪』と上げられた写真は今日もめちゃ可愛い。
出会い目的と悟られないよう、慎重に交流を重ね、ついにリアルで会う事になった。緊張する。が、現れたのはオッサンだった。
「これ詐欺だろ…」
「いえ…僕、カメラマンなんですが」
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【告知】
ワニブックスさんより、140字小説を書籍化していただくことになりました!
遂に、夢の紙媒体です😭
書き下ろしの140字小説×8作と短編小説も収録しています!
12/23日発売で、初版限定特典としてオリジナル栞がつくため、是非ご予約していただけたら嬉しいです😊✨
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彼女の母姉父は、プロゲーマーだった。
結婚を認めてもらうために、某格ゲーで家族全員に勝つ条件が課せられた。死に物狂いで特訓した結果、なんとか、俺は母姉父に勝つ事が出来た。恋人を抱き締めようとしたら、彼女はコントローラーを手に取った。
「黙っててごめんなさい。一番強いのは、私なの」
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最近、俺は幽霊に悩まされていた。
テレビが勝手についてたりするし、風呂場の曇りガラスの向こうに奴は立ってたりする。仕方なく霊媒師を呼んだら、怨念が強過ぎてどうしようも無いと言われた。今夜もラップ音で嫌がらせしてくる幽霊に俺はキレた。「うるせぇええええ!!もう1度殺されてぇのか!?」
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「…チェンジ」
後ろからポーカーを観戦していた俺は驚愕した。Aの4カードが揃ってたのにチェンジだと!? 何たる度胸…これが勝負師と言うものか…
「驚くのも無理はない」
常連らしきギャラリーが俺に耳打ちしてきた。
「あいつロイヤルストレートフラッシュしか知らないから、それしか狙えないんだ」
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「お!この店、SNSで宣伝したらフォロワー数×10円で値引きしてくれるって!入ろうぜ!」
「先輩、SNSなんてやってたんスか?」
「おう。遠慮せず食え、俺の奢りだ」
「マジすか!あざっす!」
後日、先輩のアカウントを見つけると、フォロワーは5人だった。俺は、先輩をフォローすることにした。
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彼女持ちアピールしたかった俺は、彼女代行サービスに手を出した。デート先で2ショットを撮り、SNSにアップする。どこからどう見てもリア充だ。
後日、友人からLINEが届いた。
『お前、女を見る目ねぇな』
『はぁ?なんでだよ』
『だって、俺が見かけただけでも4股はしてるぞあの女、やめとけって』
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私は、辛くて本当に死にたくなった時、近くの山の中を訪れる。獣道を進んだ先に、先人がいるのだ。先人は今日も、枝から一本のロープでぶら下がっていた。ある日、先人を見つけて死を思い止まった私は、時々こうして会いに来る。彼は命の恩人だ。
日が経ち、また会いに行くと、先人の姿は消えていた。
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最後のページを捲り、溜息をついた。何度読んでも面白い。でもネットで感想を漁ると、解釈違いばかりだった。
『最後、主人公はサブヒロインとくっついたでしょ?』と指摘する度に『どう読んだらそうなる?』『国語、苦手でした?』『読解力が地獄』『半年ROMれ』と言われて凹んだ。作者、私なのに。
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「おい、今度の修学旅行先の宿、すげぇぞ!」
「どうした?」
「ネットで評判眺めてたんだけど、混浴だってよ!」
「マジ!?」
渡されたURLを見てみる。
「…これ昔の話じゃねぇか。今は違うっぽいぞ」
「……マジかよ…クラスの女子と…入れると…思ったのに」
「おい、正気に戻れ。ウチ男子校だぞ」
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俺は気まぐれに〝鉄道忘れ物市〟を訪れてみた。すると、下手な絵の漫画原稿が置いてあった。まさかと思い、手に取って捲って見ると、俺はその場で泣き崩れた。
「大丈夫ですか?」と店員の声。
それは若い頃、出版社に持ち込む日、怖気づいて電車内に置いていった俺の漫画だった。
「これ…ください」
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『先輩~♪一緒に帰りましょ?』
『先輩って好きな人、います?』
『先輩ー!お弁当作ってきました!』
『今日…先輩の家行っていいですか?』
『嬉しいです…はい!私も、先輩が好きです!』
一見して普通の恋愛小説だったが、『先輩』はシーン毎に全て別人だと最後にわかった時、俺の脳は壊れた。
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車を降りて、急いで公衆便所に駆け込む紳士を見かけた。ドアは開けっ放しだし、キーもつけっ放しだ。よほど緊急だったのだろう。俺は遠慮なくその高級車を盗んだ。
しかし、すぐに信号無視で捕まった。
「これは盗難車だな?」
「…もう盗難届が出てたのか」
「もう?盗難届が出たのは、半年前だぞ」
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まるでゴッホのような小説家だなと思った。
彼は、亡くなってから有名になったのだ。投稿先が悪かったのか運が悪かったのか…きっと両方だろう。彼の作品はネットから発掘される度に売れた。その中でも特に売れた作品の最後の一文は、特に印象的だった。
『この世界は、私が生まれてくるには幼過ぎた』
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妻は昔からかなり天然で、多くの男が魅了された。仕事から帰ると妻は見知らぬ男とお茶をしていた。
「あら、お帰りなさいアナタ」
「あ、ども…お邪魔してます」
お客さんだろうか?だがそんな話は聞いてない。男は逃げるように家を出て行った。
「今の男、誰?」
「さぁ?急に窓から入ってきたのよ」