けいきゅう~ん(@FUEL_CELL_BUS)さんの人気ツイート(新しい順)

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かつて、北陸本線・七尾線では、485/489系使用の快速が運転されており、金沢→富山や直江津→富山、金沢→七尾など、特急運用の車両送り込みを快速で運転。 朝の運用は通勤で乗れる乗り得列車でした。 金沢に転属して来たクハ481-801もK編成組込時期に運用されるも、ほどなくスーパー雷鳥色に変更。
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短命だった「しらさぎ」の"青さぎ"塗装。 「しらさぎ」485系K編成の老朽化から、683系投入完了までの繋ぎとして、「スーパー雷鳥」運用を降りたR編成が衣替え。 気付いたら終わっていた塗装でした。 スーパー雷鳥の都落ち感と、この塗装があまり好きになれず、然程撮らなかったことを後悔。。。
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「スーパー雷鳥」3色混色組成 一回目 1992.2.3. 東金沢-回1107M-富山-4004M-大阪で実現 1992年2月限定、一部期日に運転された3色編成。 基本・付属の運用数違いで延べ4~5日しか3色は実現せず、把握も大変でした。 このうち4日間は撮れたものの、初回は倶利伽羅峠へ行く気ながら間に合わず近場で。
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「北越」イレギュラー4態。 R編成6連投入前は、基本、金サワO編成や新カヌT編成でした。 ・カヌ3000番台R編成9連:検査時限定 ・スーパー雷鳥R編成:代走・多客臨 ・かがやきS編成200番台(新潟方):短期間 ・白山H編成:一時1往復定期。夕~夜運転 意外と「雷鳥」に並ぶ車種の多さでした。
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1991年撮影 シュプールユーロ赤倉志賀 2021年撮影 455系快速 (急行ゆけむり) 30年後、同じ地に立ち撮影するとは思いもよらず。 学生時代の関山はJR信越本線。現在は、えちごトキめき鉄道妙高はねうまライン。 機関車も客車も貨物も走らなくなったこの場所。 雰囲気は変わらず懐かしかった。
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庭坂に30数年通い、凡その雰囲気は変わらなくとも車両は変貌著しい。 学生時代、ここに新幹線車両が通るなんて考えたことも無かったし、考えようも無かった。 1987年国鉄末期、学生スキーで栗子国際スキー場へ。 50系客車列車でスイッチバックを体感したけど、そのスキー場もスイッチバックも消滅。
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1991年9月1日 七尾線電化開業の裏で、485系特急「スーパー雷鳥」が、富山地方鉄道線 立山・宇奈月温泉へ乗り入れ開始。 これに先立ち、同年春以降、地鉄線内で485系入線試験・ハンドル訓練を実施。 クモハ485-200番台は幕が入っておらず、蛍光灯剥き出し。クハ481-300と側面は「試運転」表示でした。
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西武の「ドラえもん」がどれだけ装飾を頑張っても、津軽海峡線の「ドラえもん」には見た目のインパクトで勝てない気がします。
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MAXといえばE1系。 E4系MAXといえば黄色帯。 MAXといえば「MAXやまびこ」。 「とき」でも「たにがわ」でもない。 連結相手は400系「つばさ」。E3系ではない。 400系は登場時の銀色で新カラーではない。 デビュー時を知っていると、この組成こそが私の中のE4MAX。 後ろの400系原色が分かりにくいね。
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勝田区485系 K40+K60編成の集約臨10連。 勝田転属後暫くは、仙台区ビバあいづ色+上沼垂色の出で立ち。 "イルカ"色への塗装変更まで、それぞれが多客臨などに使われたようですが、集約臨の混色10連はカラフルで面白かったです。
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EF81104+トワイライトエクスプレス編成の、カートレイン浜松町駅展示。 某ごん氏が「スシ24 2両組込は珍しい」と書いていたので浜松町駅のカットを見たら、あらホントだ! で、当時の某雑誌投稿を見たら自分の記事で、「スシ24を2両組み込んだ珍しい編成」と書いていた(笑) twitter.com/keikyun_keikyu…
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最初で最後、トワイライトエクスプレス指定機のEF81が上京した1991年3月5日。 (客車は以後も何度か上京) JR西日本がPRの為、指定機EF81 104ごと上京させました。 朝の上越線経由で上京、日中はカートレイン浜松町駅で展示、夕方に上越線経由で宮原操へ戻りました。 当時、ATS-P本導入前で乗入れ実現。
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山手貨物線を走った、EF64 1032+「トワイライトエクスプレス」とEF81 139+E751系配給。 仕事の合間に適当な場所で撮っただけ。 トワイライトにしろ、E751系にしろ、首都圏に姿を現していたのが今でも違和感だらけです。
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富山地鉄本線から渡り線を通り、JR北陸本線富山駅へ入線する「スーパー雷鳥 宇奈月 大阪行き」。 交直セクションでクハ481-801の前照灯が消灯。 追って、富山貨物から回送されて来た後部連結の基本編成入線。 DD51+カヌ座は高山線走破でEF81に付替。 フル編成の高山線~北陸本線も珍しいですね。
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1990年、JR東海キハ85が、試運転で高山線-富山-北陸本線福井まで入線した事が有ります。 営業運転は富山→金沢延長運転の実績が有りますが、さすがに福井まで入る事は無く、恐らくこの時の試運転限りだったと思われます。 試運転ながら「ひだ」マーク掲出で丸岡~春江間を通過していきました。
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681・683系「はくたか」が、犀潟でJR信越本線から北越急行線に入り、高架橋で大カーブを描き、くびき駅へ向かってフル加速を始めるあの数分間。 飛行機離陸の如く、胸のすくひと時でした。 長年、様々な列車・路線に乗ってきた中で、これほど印象に残った経験は無く、もう堪能出来ない事が残念。
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横軽越えの「リゾートエクスプレスゆう」と14系座席車。 映像の色が劣化で飛んでいます😅 ゆう(485系)は比較的峠越えが見られましたが、14系はなかなか峠越えが無かったと記憶しています。
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SLときめき号 津幡駅発車 1990年。 1991年9月の七尾線電化開業を控え、1991年2月を最後にSL運転は無くなりましたが、C571とC56160が重連でレトロ客車を牽引する冬の北陸の風物詩。とても良かったです。 左の白山編成は「北越」。白山色クハは早々にボンネット統一となり、非貫通クハは短命でした。
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JR七尾線 SLときめき号(1990年2月) 能登中島の築堤お立ち台は200~300人。 JR金沢支社の方から拡声器で諸注意を頂き、撮影者側との呼吸は確り取れていた。 鉄道撮影は、撮影者の心掛けや周囲との連携が大事。 この当時と安全管理面が異なるとはいえ、近年の安易な撮影手法や傍若無人ぶりは。。。
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これ、地味に好きだったな~ 485系3000番のヘッドマークアニメーション。 短命だった3000番台「雷鳥」は、羽をパタパタさせて可愛らしかった。 富山駅 2000年
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JR西日本 金沢駅高架化は、1990年6月5日。 切替前後や切替当日など、他にも様々な記録をしていて、当時のポジを整理していたら懐かしくなりました。 上り貨物線のみ翌年4月の切替。 その間、旧金沢駅地平ホーム跡に仮設踏切を作り、貨物列車が通過。 今の金沢駅や鼓門からは想像も付かないですね!
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1998年頃、「スーパー雷鳥」のラウンジカーで何となく録った動画が出てきました。 (北陸本線 東金沢~金沢界隈) こんな動画でも見返すと、485系北陸特急の中でラウンジ連結の特別感が懐かしく感じます。 「源 ますのすし」の段ボールすら懐かしい。 金沢運転所には1500番台代走「はくたか」の姿も。
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西武鉄道で運用を終えた「レッドアロークラシック」が、富山地鉄へ2本目の10000系NRA譲渡となったら、物凄く人気が出そう。 特急"立山"・"うなづき"や臨時列車として、立山連峰の麓を快走し、初代5000系とも共演。 妄想で作った画像ですが、実現すれば富山通い確定。 稲荷町にて ※イメージ
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E993系 ac@train。 2002年1月に甲種輸送後、川越電車区に配置。 首都圏各線区を試運転で走りました。 初めての試運転は、2002年7月4日の中央東線甲府まで入線と記憶しています。 当時は目新しかった、フルカラーLEDやHIDヘッドライト、連節車体。 4年間の試験後、2006年7月退役。郡山工場で解体。
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1992年12月30日から1993年1月1日にかけて運転された、函館発門司港行きの「めぐり愛エクスプレス」。 田端のEF81 87が青森から大阪まで牽引。 12月31日に羽越・信越・北陸・湖西線を走行。 同日のトワイライト8002レは、機関車故障で長岡のEF81 149が牽引。 復路回送は1月2日、同様に日本海回り。