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鶴見駅の鶴見線ホームに停車する、クモハ12053です。1993年に撮影したもので、末期は武蔵白石~大川間の区間運用に従事していた2両のクモハ12も、この頃はまだ鶴見駅までの運用に就いておりました。この車両がやってくると、レトロな鶴見線ホームがさらに時代をさかのぼった雰囲気に感じられました。
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いすみ鉄道キハ30 62のエンジン音です。体験運転で発車していきます。
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1994年に京成高砂で撮影した、都営5000形6連の普通千葉ニュータウン中央行きです。1993年に運行が開始された北総・公団線~京急空港線の直運列車で、当時空港線に8連が入線できず、都営車は5300形が使用できず古い5000形(5200番代を含む)が使用されておりました。京急線内は急行としての運転でした。
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成田線小林~安食間で撮影した、勝田区の485系訓練車です。ボンネットのクハを両端に連結した4連で、国鉄色に白線が入ったスタイルでした。2004年12月の撮影で、検査出場直後のようで台車や屋根周りなどがきれいに塗られています。現在は廃車となり、写真手前の2両が鉄道博物館に展示されています。
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機関車に引っ張られるロボット?これは逗子駅で発車を待つ、南海ラピートの甲種輸送です。牽引機は更新色EF65で、その後ろに先頭車が顔合わせに連結。インパクトのある車両ですが、この顔同士の顔合わせでさらにすごい感じに。1994年撮影。
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問い合わせを受けた写真を公開します。201系10両固定編成での外房線入線実績です。 ケヨ72 2018.2.24 ケヨ70 2018.8.30 ダイヤの乱れなどの原因で、205系に代わって201系がやってくることがありました。とはいえ季節によっては早朝で暗く、前日からの悪天候などもあり、撮影には結構苦労しました。
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1989年に撮影した、外房線の183系0番代特急わかしおの、クハとモハの連結部分です。当時わかしおには183系0番代のモノクラス6連の運用があり、多客時にはこの6連を3両ずつに分割し、それぞれ他の6連に連結してモノクラス9連で運転されており、その連結部です。貫通路もしっかり使用されていました。
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運用開始から半年近く経過した頃、1990年夏に撮影した、朝の外房線を上る京葉線205系です。当時はスカートが無く、前面右上の快速幕も使用されていました。最近、伊豆急に譲渡された209系の一部車体がきれいになったと話題になりましたが、こちらも現在の姿とは違うきれいな車体は白っぽく見えます。
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1991年、外房線太東~長者町間にある旧線の橋梁上に、突如現れた黄色い101系。横風試験のために置かれたようです。編成は南武線を最後に引退した6連から1両を抜いた5連。外房線の車窓からもよく見え、非常に目を引くものでした。
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E131系試運転1本目下りを茂原~八積間で撮影していたら、その直後に妙な列車とすれ違いました。E257系5連の上り回送列車ですが、ヘッドマーク部分が覆われています。上り回送ですが側面表示は特急上総一ノ宮行きで、座席は鴨川方面を向いていました。おそらく定期の回送列車ではないと思われます。
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本日9時半頃の小湊鉄道五井駅です。キハ40はタラコ色の2両がよく見える位置に置かれていて、検修庫の建物と相まって昭和らしい雰囲気を醸し出していました。また、キハ200の2両が入れ替えを行っていましたが、後ろの車両はベンチレーターに特徴のあるキハ204で、形状の違いがよく分かります。
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本日、いすみ鉄道の新車キハ20‐1303が初めて運用に入りました。定期併結の貸切として、いすみ352と連結して60Dから運用を開始。その運用前には103Dで発車待ちのキハ52+28と並べられ、半世紀の時間差を感じさせない並びが実現。
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いすみ鉄道国吉駅に保存されているキハ30 62の再塗装工事が始まりました。これは、鳥塚前社長が実施したキハ52再塗装のクラウドファンディングで集まった資金のオーバー分を充てて実施されるもの。同時に腐食部分の修繕も行われているようで、雨ざらしの車体には多くの傷みが見られます。
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東神奈川の電留線に並ぶ、103系と205系。205系の編成番号が92となっておりますが、この直前に82から変更されたもの。209系の増備で編成番号が90番代に追いやられたもので、京浜東北線の205系の末期の姿です。1994年撮影。
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塗装変更を終えたキハ52 125が、その姿を現わしました。大多喜は強い雨が降っています。
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東京を目指して東海道線を上る、165系急行東海です。1995年の撮影ですが、この頃になると上り1本を除き11連から8連に減車されていました。ただ8連の東京方には、このようにデカ目の白熱灯クハも残っておりました。この翌年の1996年には373系に置き換えられて、特急化が図られています。
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1989年に大井町駅で撮影した、新製間もない京浜東北線の205系ウラ3編成です。京浜東北線の205系も、編成番号が1から付けられたあたりから当初は本格的な投入が計画されていたのかもしれませんが、その後209系が投入されると編成番号が80番代や90番代に追いやられ、そして転出という道を歩みます。
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京葉線の1灯ライトの先頭車、クハ103-562。通常は中間に挟まれていましたが、引退直前に習志野区へ移動し編成をばらされた結果、最後の最後でこの貴重な1灯を見ることが出来ました。最後まで1灯で残れたのは、先頭に出なかったからこそ?
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1994年、京浜東北線103系の中間に組み込まれるAU712冷房のユニット、M85+M’109です。非冷房で残っていた最初期のMM'も一部がAU712冷房により冷房化されましたが、古さが目立つ車体に新しい冷房装置だけが異彩を放っていました。ほとんどが延命工事も施されず、冷房改造後は数年の活躍で終わりました。
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品川駅で発車を待つ、185系200番代フルフル編成です。シュプール号運転開始10周年を記念してスキーヤーの絵が描かれたもので、地味な印象のあった185系の中で一躍注目の編成となりましたが、短期間で消滅しました。1995年撮影。
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小湊鉄道でトロッコ列車「マロンドリーム号」を運転するそうです。このネーミング、かつての京葉線「マリンドリーム」の名前を知っている方が付けたんでしょうね。写真は1990年に外房線で撮影した103系の同列車。平日は通勤快速となる列車ですが、休日は快速マリンドリームとして運転されていました。
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京成3408Fが運用を離脱したようですので、この編成の登場当初の写真を。前面にはスカートが無かったほか、種別幕は白地に赤い文字で、さらに太いフォントのものが使用されておりました。また、パンタグラフは菱形のものを搭載していましたが、後にシングルアームに交換されています。1995年撮影。
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非電化の小海線で電車を使った珍しい臨時列車。これは幕張区の165系シャトルマイハマで運転された、臨時快速信州循環列車です。新宿から小淵沢までは自走し、小海線内では電源車スハフ12を連結しDD16のプッシュプルで運転。1995年撮影。
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コスモスがきれいな時期になってきましたが、かつて北総線はこの時期になると沿線のコスモス祭りをPRするHMを取り付けていました。写真は1994年、品良く漢字で「秋桜」と書かれたHMを取り付けた7150形。この姿で古巣の京急に乗り入れ、京急川崎に停車する姿を撮影したものです。
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1日過ぎてしまいましたが、昨日が1月6日ということで、クハ111-106の写真を。JR東日本発足後、東京口では唯一の存在だったグロベンの113系です。ユニットサッシの0・2000番代の中にあって、独特の存在感がありました。特に最晩年はヘッドライトが改造され、一層怪しい雰囲気に。