ナチスの迫害に遭っていたユダヤ人の中にも、抵抗を続けた人びとがいたのだ。でもその抵抗が成功するか否かは、彼らの「経験値」によって決まっていたということを明らかにした研究を紹介するのだ。今回はいつもと違って事例分析がメインで、統計分析は割とオマケな感じなのだ。 (1/21)
そう言えば今まで紹介してなかったけど、最近の政治学のお薦め教科書はここら辺なのだ。日本政治みたいな各国政治はこれらを押さえた後に勉強すると効率が良いと思うのだ。 専門外というのもあって、規範理論、国際関係論、政治経済学に関しては「とりあえずコレ!」というのを選ぶのが難しいのだ…。
非専門家に対して内容を解説する事なく(つまり分析のlimitationに言及する事なく)論文とその結果だけを列挙して何かを主張するのは研究者として全く望ましくないのだ。それは科学的/客観的根拠に基づく説得ではなく、権威による威圧でしか無いのだ。アウトリーチ活動とは全く逆のことをしているのだ。
アウシュビッツがあったナチス占領下のポーランドには、それ以外にもユダヤ人の絶滅収容所が何ヶ所か作られたのだ。今回は三大絶滅収容所の一つとされる「トレブリンカ絶滅収容所」が戦後の地域経済に与えた影響について分析した研究を紹介するのだ。 (1/21)
トレブリンカ絶滅収容所はポーランド東部に位置していて、ポーランドからユダヤ人を絶滅させることを目論んだ「ラインハルト作戦」の主要なの拠点の一つだったのだ。そこでは85万人以上のユダヤ人が殺害されたと言われているのだ。 (2/21)
絶滅収容所に収容されたユダヤ人達は、お金、服、宝石をはじめとしてあらゆる所有物を奪われたのだ。さらに、殺害されたユダヤ人の口から「金歯」まで取り出すという念の入り方だったのだ。さて、こうした「貴重品」はどこへ行ったのか? (3/21)
ユダヤ人から収奪した金品は列車によって移送される事になっていたんだけど、実は大規模な「中抜き」があったのだ。収容所の衛兵達は彼らから奪った金品を握りしめ、周囲の村々に酒を買いに、あるいは買春をしに繰り出したのだ。 (4/21)
トレブリンカ絶滅収容所は1943年に閉鎖されたのだ。1944年にはソ連軍によってナチス占領から解放されるんだけど、周囲の村の人々はトレブリンカ跡地に殺到したのだ。何故か?ユダヤ人が隠したかもしれない金品や、取りこぼした金歯を探しに行ったのだ。 (5/21)
こうして、絶滅収容所の開所から閉鎖後しばらくは、トレブリンカの周囲でユダヤ人の金品が溢れかえっていたのだ。つまり…トレブリンカ周辺はユダヤ人の虐殺で「豊か」になっていた可能性があるのだ。 (6/21)
この研究では、トレブリンカ収容所の周囲50kmにあった町村を対象に、消費に関する指標を収集し、統計分析を行ったのだ。集められたデータは、1976年時点の贅沢品の所有率、1945-70年の間の不動産投資率などなのだ。 (7/21)
統計分析の結果まずわかったのは、トレブリンカ収容所に近いほど、贅沢品の所有率が上がったというわけではなかったのだ。 でも新規住宅建設率や、当時は最新式であった金属製の屋根へのリノベーションは収容所に近いほど増加傾向にあったのだ! (9/21)
トレブリンカから得た金品で人々はなぜ贅沢品を購入しなかったのか?答えは簡単、ポーランドは戦後に共産主義国となったからなのだ。贅沢品はいつ国家に収奪されるか分からないけど、家や屋根のような不動産はそう簡単には奪われないから、というのが著者の解釈なのだ。 (10/21)
このように、戦後トレブリンカ収容所近辺では「不動産ブーム」みたいなことが起こっていたのかも知れないのだ…ユダヤ人たちの資産で。 さて、話はここで終わらないのだ。トレブリンカの遺産は、ポーランドの民主化後の選挙にまで影響を及ぼしていたのだ。 (11/21)
ポーランド人がユダヤ人に対して第二次大戦中に犯した罪が選挙のイシューとなったのは2001年なのだ。ポーランド人によるユダヤ人殺害を明らかにしたある歴史家の本が国を挙げての大論争を引き起こした直後のことなのだ。 (12/21)
左派や中道政党はユダヤ人殺害の責任を認めるべきという方向性だったんだけど、極右政党の「ポーランド家族同盟」(2000年結党)はそもそもポーランド人による殺害を否定するどころか、それはユダヤ人による陰謀であるといった態度を示したのだ。 (13/21)
統計分析の結果、トレブリンカ跡地周囲50km(前の分析と同じ)では、収容所跡地に近い地域ほど、2001年議会選挙におけるポーランド家族同盟(LPR)の得票率が高かった傾向にあったのだ。他方で、他の右派政党にはそのような効果は見られなかったのだ。 (14/21)
なぜトレブリンカの周りの有権者はLPRに投票したのか?著者達によれば、そこには2つの経路があるのだ。1つ目は物質的利益という経済学的な説明で、2つ目は認知的不協和という心理学的な説明なのだ。 (15/21)
戦争やジェノサイドで「得をした」人が望むのは現状維持なのだ。戦争中の収奪を保障するとなったら、その資産を今持っている人は返還の義務を課せられたりして損をする可能性が高いのだ。だから歴史(責任)を認めないLPRに投票したかも知れないのだ。 (16/21)
認知的不協和の方はより複雑なのだ。自身が抱く信念や道徳に反する行動をした時に人は不快を覚えるんだけど、被害者への中傷やそもそもその行動を否定したり、「状況がそうさせた」と環境のせいにして、自分のイメージを回復させることがあると言われているのだ。 (17/21)
こうした心理的な「合理化」が起こりやすいのは、過去の言動を明らかにされてしまった時や、それが批判にさらされた時なのだ。 LPRが主張していたことを考えると、経済学的にも心理学的にも、トレブリンカ収容所から富を得た人にとってはLPRが魅力的な政党に見えたのかも知れないのだ。 (18/21)
今回の話は doi.org/10.1017/S00030… からなのだ。 もし当時の航空写真があれば、トレブリンカの周囲には光り輝く屋根がグラデーションのように広がっていたのを見られたのかも知れないのだ…! (21/21)
「死の黄金郷:ホロコーストの『遺産』」として追加しておいたのだ〜。 ア㊙️イさんのお尻と学ぶ統計学 - Togetter togetter.com/li/1342003
お尻さんを最近フォローしてくれた人の99%は知らないと思うけど、お尻さんの趣味はサメ映画なのだ。サメ映画の視聴数・DVD/BD/VHSの所有数は100を優に超えているのだ。 今急に再びサメ映画語りを始めたら一体どうなってしまうのだ…? twitter.com/Araisan_help/s…
ナチス・ドイツは1941年にベラルーシを占領するんだけど、そこでは現地のパルチザン達による攻撃への「報復」として市民が無差別に攻撃されることがあったのだ。そんなナチスによる無差別攻撃の背後にあったロジックを明らかにした研究を紹介するのだ。 (1/12)
最近思うんだけど、計量分析について学べば学ぶほど定性的な歴史学へのリスペクトが増すのだ。使われる道具や理論、導かれる含意は違うけど「実証」という観点からは目指すところは同じなのだ。「大きな問い」を答えられる範囲に収まる「小さな問い」に分割して、コツコツと実証を積み上げていくのだ。