226
浅井長政が朝倉方についたことを知らせるため、お市の方が織田信長に陣中見舞いとして両端を縛った袋に小豆を入れて送った(小豆坂の戦いのときのように「袋のネズミ」であると教えた)話は後世の創作とされるが、お市の方の侍女 阿月に知らさせることで、この逸話を上手く入れたのね。
#どうする家康
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静御前の釣りは、神功皇后の「三韓征伐」の故事を思わせる。筑紫国で裳から糸を抜き、針に飯粒をつけ「新羅遠征が成功するならば、魚がかかるだろう」と祈り糸を垂れると鮎がかかったという。頼朝の誤解を解こうと思案する義経の言葉を遮り「全然釣れへん」と静がいうのは叶わぬことと…
#鎌倉殿の13人
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秩父 畠山
重弘━┳━重能━━━重忠━━重保
┃
┃小山田 稲毛
┗━有重━┳━重成
┃
┃榛谷
┗━重朝
畠山重忠と稲毛重成は従兄弟同士。そして、ともに北条時政の女婿である。
#鎌倉殿の13人
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【妄想】範頼が善児に殺される前、茄子を井戸端に持ってくる。「次に何を植えようか」という範頼の言葉に「真桑瓜なんかどうだ」と答えて刺し殺す。「瓜の蔓に茄子はならぬ」瓜を植えたらそこからは瓜しか成らない。範頼は分かっていたのに、比企が「茄子になれる」とささやいたのよ。 #鎌倉殿の13人
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この6人の中で自らの操縦で空を飛んだことのある人って、たぶん舞ちゃんだけなのよね。人力飛行機とはいえ、空を飛ぶにはどれだけの人が関わり、話し合い、協力して飛ばすものか経験しているのは大きい。都築ポイントのこともあるが、チームを繋ぎ止め、世話を焼くのはそこにありそう。
#舞いあがれ
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就職氷河期の始まり、団塊ジュニア世代。採用を半分に減らされ、中途採用はなく、ここ数年を耐えれば何とかなるだろうと非正規で働いた人も多数。しかし改善もなく時は流れ、正規採用を望んでもはじかれる年齢になった。それでいて、ボリュームだけは大きいから今後、下の世代の負担になるんだよ。
232
舞ちゃんが入学まで1年待機していたのは、航空大学校では合格者を年4回に分けて入学させるため。合格後、6月、9月、12月、翌年の3月に入学することになるが、これは入学者の希望などを聞いた上で決定される。また訓練の進み具合により、あとからの入学時期が変更されることもある。
#舞いあがれ
233
塁を「盗む」のと、走者を「刺す」のが上手い善児。ここぞというときに投入される、ワンポイント起用の選手。
#鎌倉殿甲子園
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1972年 大卒の公務員初任給が平均47200円。銭湯の入湯料48円の時代に、5.45秒10円の市外通話をかけ続ける暢子の金銭感覚はどうかと思いますね。それでは借金が膨らんでも仕方ない。公衆電話が日常的にあった世代には、別の意味で #ちむどんどん するシーンです。
235
「源」と名乗ってよいのは鎌倉殿とそのご子息のみ。
これ、『吾妻鏡』にも書かれているのよね。大江広元がこの一文で責め立てているのも記されている。
#鎌倉殿の13人
236
源頼茂の謀反で内裏の仁壽殿にかけられた火は燃え広がり、宜陽殿や校書殿を焼き、塗籠に入れられた累代の御物は灰燼に帰した(『百錬抄』)。(正月18日に東寺の長者が供養する)仁寿殿の観音像や応神天皇の御輿、大嘗祭や即位式の蔵人の御装束、霊物などが灰燼(かいじん)に帰した。
#鎌倉殿の13人
237
視聴者は「算太」だと知っている。でもこれはひなた篇。あくまでも視点や思考は「ひなた」が中心。だから見ず知らずの「謎の振付師」なのだ。だからこのまま何も明かされず、謎の振付師として終わってしまっても、それはひなたの物語だから仕方ない。#カムカム
238
そうか、雉真繊維の足袋も、「日々鍛錬を怠らず、いつ来るとも分からない機会に備え」ていたから、ハリウッドの映画製作の現場からオファーが来たんだね。いつ来るとも分からない打順を待って、怠らず素振りを続けた「一番バッター」は、ひ孫の代に打席が回ってきた、ちゅうことやね。 #カムカム
239
黒髪の乱れもしらずうち臥せばまづかきやりし人ぞ恋しき
和泉式部
この歌を亀に諳んじさせる。鎌倉殿とそういう関係があって、今も床に身を横たえると、黒髪をかき上げてくれた恋しい人を思い出す、と言っている。これを言われても、文筆に暗いから政子は亀の気持ちに気づかないのよ。#鎌倉殿の13人
240
朝陽君がラグの上に赤い実を並べて何かを描いている。それは何?と聞きたくなるところだが、舞ちゃんは聞かない。ただ黙々と並べているのを見守り、足りなくなったら実を追加してあげるだけ。朝陽君の世界をじゃましない。昔の「デラシネ」のような場所にしてあげているのね。 #舞いあがれ
241
家康死亡の報が岡崎にもたらさせたことは『三河物語』にも記されている。三方ヶ原の戦いで家康が死んだと伝えられ、浜松城でも混乱したため、家康の死は虚報と伝えたが収まらず、坊主頭の首を仕立て「信玄の首を取った」と嘘をつき、収めたという逸話もある。
#どうする家康
242
過去のジョーのトランペットと現在のジョーのピアノがセッションする。そこにトミーのトランペットが加わり、るいの歌声をのせて響き合う。安子が稔さんから教えられ、るいに示したかった「ひなたの道」が、伝わっていることを表現する何よりの場面。稔さんの夢が現実のものに。
#カムカム
243
この比企能員の変は『吾妻鏡』ではなくて『愚管抄』の記事をもとに描かれているのね。一幡の生死が違っているのよね。建仁3年9月2日、比企能員が謀殺されたあと、一幡を殺害するため軍勢を差し向けたら、母親が一幡を抱いて小御所を脱出、これを守っていた比企一族は壊滅している。
#鎌倉殿の13人
244
今日の #ちむどんどん は一週間かけて語るような話だった。時間かけてほしいところを凝縮して、3日で片付く話を2週に跨がせる。作る側は今日の話より、2週に跨いだ話の方が見せたかったんだろうけど、私はここを丁寧に語って欲しかった。
245
梶原景時は頼朝に頼まれたという一心で行動しているのが、裏目に出ているのがつらい。これが「鎌倉の政を私している」とみられてしまうのか。北条政子は「私心なく働く方」と分かっているけど、他の御家人たちは……
#鎌倉殿の13人
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源仲章は京においては後鳥羽上皇の近臣として勤める傍ら、鎌倉の御家人としての地位も得ていた。源実朝が将軍になると、坂東に学問を教授できる者がないため、実朝の侍読(学問を教える学者)として鎌倉に下った。藤原定家は仲章を「才名の誉はないが、百家九流に通ず」と評している。
#鎌倉殿の13人
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バブル崩壊後、下請け業者はコストダウンと短納期、品質の維持を厳命され、協力できないと容赦なく切られる、そんな話をよく聞いた。新興国が賃金の安さを背景に価格競争を仕掛けてきたのにまんまと乗って、コスト削減を美徳として推し進めていた時代。「失われた20年」の要因の一つ。
#舞いあがれ
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源義高逃亡の際に、その身代わりとなった側近の海野幸氏は捕らえられ、義高亡き後は頼朝に御家人として仕えている。幸氏(海野小太郎)は弓の名手で、度々神事や行事の射手として『吾妻鏡』に登場する。(『吾妻鏡』嘉禎三年七月十九日条に「幕下将軍御代為八人射手之内」と紹介されている) #鎌倉殿の13人
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【訂正】ここで「平安期」と書きましたが、京で一里を三十六町と計算するのはこの鎌倉幕府成立よりも少し下るようです。ですので頼朝の勘違いはなさそうです。里程としては二十五里≒16.35キロでしたから、ただ歩きたくない、が先立っただけかもしれません。
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粋というのは、物事を細部までよく知って、それをおくびにも出さず、相手に不快な思いをさせず、わざとらしい行動や如何にも目立とうともせず、さらりとまるで初夏の薫風のごとく、見ていて心地よく美しい所作や言葉をいうのよ。