木曽義仲は僅かな手勢で北国へ落ちる途中、近江国粟津で甲斐源氏の軍勢に攻められ討死する。その時、最後まで付き従っていたのが手塚光盛であった(光盛も敵に囲まれ討死)。この光盛の子孫がのちに江戸で蘭方医となり、代々良仙を名乗り明治まで続いた。その曾孫が漫画家 手塚治虫である。#鎌倉殿の13人
世間が見ている光の部分と、自身の抱える陰の部分。なんとも華やかで、前途有望に見えていた三浦春馬さんの中にも、誰にも見せない深い陰があったということ。明るい一部分しか知らない私が言うことではないが、でも死んでしまってはいけないよ。死んでしまっては。
運慶が義時の姿を写し刻んだ仏。顔が右と左では目の位置も違い、鼻もどこにあるのか分からない。年寄りのように皺っぽく、苦痛に歪み、髑髏のようでもある。「老病死苦」をまとめたような顔。肋骨が浮き、腹は膨れた餓鬼腹なのに、施無畏与願印(相手の願いを叶える印)を結ぶ。 #鎌倉殿の13人
例の入浴剤の話でトレンドに「エリザベート・バートリー」が上がるのはなかなかのものだと思うのと同時に、日本の教養は漫画・アニメによって底上げされているんだなぁとつくづく思う。
78歳の安子が走る距離としたら信じられない長さだったけど、これって「時間の巻き戻し」をみせているんじゃないかしら。るいと暮らした大阪から岡山へ、クリスマスに訪れた偕行社、ローズウッドと出会った岡山の商店街、空襲で燃えた岡山城、稔さんとの思い出の神社。風景で時の流れを戻す。 #カムカム
頼朝の落馬が脳梗塞などによるしびれからきたものだとすれば、時政と話をしている途中で餅を詰まらせたのも、何かしらの前駆症状でうまく嚥下できなかったのかもしれない。もうあのときには症状が出ていたのではないか。 #鎌倉殿の13人
「この首で平泉が守れるなら本望だ」 義経の首では平泉は守れない。その首で平泉を滅ぼそうとしているのよ。最期の最期まで人を信じすぎる義経。 #鎌倉殿の13人
「一幡様、トウと水遊びいたしましょう」と言って、トウが一幡を連れ出す。その後、善児が鞦韆の綱を切る。視聴者は「水遊び」でこのあと何が起こるか分かっている。だがもしかしたらと淡い期待をもつ。それも善児が綱を切ることで、その望みすら消える。それにしてもあの善児の顔……。 #鎌倉殿の13人
孤児たちの世話をするのが、同じ頃に妻を亡くした義時と仁田忠常なのが切ない。忠常の妻は文治3年7月、三島大社に参詣した際、洪水に遭って乗っていた小舟が転覆して亡くなった。実はその年の正月に忠常が危篤となり、三島大社に自らの命を縮めても夫を救ってほしいと願をかけていた。 #鎌倉殿の13人
ラストを知らない彌十郎さんの「(えっ?なんか凄いことがおこるの?教えてくれないかな?)」って顔が、もう「田舎の気のいいおじさん」然とした北条時政にしか見えなくて笑ってしまった。 #鎌倉殿の13人
NHKが平安時代を描く大河ドラマ『#光る君へ』を制作することになったのは、やはり『#青天を衝け』の成功が大きいと思う。派手な戦闘シーンがなくても大河ドラマファンの心を掴むことができたこと、そしてVFXで違和感なく壮大な街並みや山河を作り出せたことで、平安を再現できると踏んだのではないか。
老婆は『マクベス』のマスベスらに予言を与える三人の魔女になぞらえるのだな。 一人目は比企尼。善哉に「北条は許してはならない」と言葉をかける。 二人目は歩き巫女。実朝に「雪の日に出歩くな」と予言する。 そしてこのあとあらわれる三人目は誰なのか?そしてその言葉とは? #鎌倉殿の13人
大姫が亡くなるときに蝉の声がする。空蝉を集めていた義高の許へ蝉の声に送られて逝く大姫。 #鎌倉殿の13人
「戦など、誰がしたいと思うか!」 ただの「戦は嫌でございます」ではない。古今無双の大力と武勇を誇り、「坂東武者の鑑」といわた畠山重忠が絶唱するのだ。重みが違う。 #鎌倉殿の13人
『ルパン三世カリオストロの城』の公開が1979年。あさま山荘事件が1972年。カップヌードルを警官隊がすする姿がパロディーだと分かる世代が当時は観ていた。今となっては分からない(あとからそういうことと知った)世代が大半なんですよね。 #ルパン三世 #カリオストロの城
政子が実朝に向かって「従三位♥」とやるシーンは、頼朝が京より帰ったとき「征夷大将軍じゃ!」と政子と喜んだシーンに重ねたのね。実朝もあのときの政子と同じように頬をペチペチやる。ああ、これが実朝の「絶頂」であったのね。 #鎌倉殿の13人
「我らも平仮名で書くことにいたしましょう。」 これを聞いているのが泰時なのよね。武家の中でも漢字を読み書き出来るものが限られる中で、『御成敗式目』を定めるんだからね。 #鎌倉殿の13人
古典芸能の継承、介護、学習障害、離婚、再婚、遺産相続、認知症、親権……どれも一筋縄でいかない題材を、けして逃げることなくまっすぐに、それでいて重くならず笑って泣けるドラマにした、宮藤官九郎さんはやっぱり天才だ。描くべきは描き、重いものは軽く、軽いものは重く。 #俺の家の話
北条政子が侍女の扮装をさせて逃しても、大姫が手鞠を渡し無事を祈っても、北条義時が裏で手を回しても、三浦義村が寺に匿っても、畠山重忠と和田義盛が偽って追手を信濃に向かわせても、源頼朝が折れて起請文を書いても、源(木曽)義高の死は逃れられない「宿命」であったということか。 #鎌倉殿の13人
#岸辺露伴は動かない 原作の世界観は壊さず、それでいて実写で無理な表現やCGは使わない。脚本も原作忠実にしたかと思えば、換骨奪胎しても違和感を感じさせない。俳優陣は豪華にそして実力派を揃え、建物や小道具に「本物」を使い映像に厚みを持たせる。NHKの手を抜かぬドラマづくりはここまできた。
上総広常が残した願文。「子どもの字か?読めん」と頼朝は言っていたけど、読めなかったのではなくて読みたくなかったのではないかしら?あくまでも広常は謀反人としておかねばならない。このようなものが出てきては、「足固めの儀式」が不意になってしまうから。鎌倉殿の心の揺らぎ。#鎌倉殿の13人
合議に列した十三人の宿老 北条時政 (62) 北条義時 (37) 比企能員 (?) 和田義盛 (53) 梶原景時 (60) 足立遠元 (60代後半と推定) 三浦義澄 (73) 八田知家 (58) 安達盛長 (65) 大江広元 (52) 中原親能 (57) 二階堂行政 (60代後半と推定) 三善康信 (60) やはり義時が飛び抜けて若い。 #鎌倉殿の13人
あっ、一つ言っておきます。今回のねじ製作において、解決策を探り、知り合いの工場に声を掛け、加工方法を教えてもらう、加工を助けてもらう、アイディアを出し合うなど、町工場レベルでは日常茶飯事です。あと、従業員が出戻ることもあります。ご都合でも何でもありません。 #舞いあがれ
料理店で男女によって提供する料理の量を「勝手に」変えるのはダメだと言っているのに、「女性は残すから」とか「過去の統計」とか言っているのは全くこの話が分かっていないとしか思えない。そこは「同じ料金を取って同じサービスを提供しない」ということですよ?気をきかせましたって話ではない。 twitter.com/chilime/status…