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三島由紀夫が「自虐とは自分の欠点を真っ先に自分が指摘することで「分かってます!分かってるから、この欠点に関してはどうか穏便に…」とやる処世術だが、他人は自分が思うほど自分に関心ないから、単に「アイツのここは叩いていいらしいぞ!」の合図になって、フルボッコされて終わる」と書いてたよ
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『ダンジョンズ&ドラゴンズ』は面白かったけど、二、三日したら全部忘れちゃいそうな映画だね(笑)
とか、あんた。そんなコスイこと言っちゃイカンですよ。ああいう映画に対しては「鑑賞後すぐに内容を忘れてしまう映画だが、鑑賞中は人生の何もかもを忘れてしまう映画だ」と褒めるのが正しいんです
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大谷、野球のルールを全くしらないウチの母親でさえ「姿を見るだけで元気がもらえる」みたいなこと言ってるのが凄いな。殆ど神様みたいなもんじゃん。多分、キリストとかお釈迦様もこんな感じだったんだよ。「正直何を言ってるかサッパリ分からんが、その姿を見るだけで癒された。救われた」みたいなさ
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成田悠輔氏は批判されるが、氏が「僕の動画を見てる人は内容に興味ない。僕がイイ感じの声でハキハキ話せば深いことを言ってると思うんだ」みたいなことを言ってたのは面白かった。先日地元で政治家の演説聞いた時も思ったが、多くの人は内容は興味ないんだ。偉い人がハキハキ何か喋る。それで充分なの
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「映画館は映画を観る以外のことはしなくていいから好きだ。二時間もスマホ断ち出来る」という人は結構いるんだけど、小説家の王谷晶氏なんかは「映画館は二時間自分をやめることができるからいい」と書いててさ。でも案外こういう人も多いかもねぇ。二時間「自分(私)」をやめるために映画館へ行く人
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地元図書館で配架手伝いしたけど、「”田舎は何もない”は、都会(の価値観)から見て何もないだろ?実際はあるの!」と言う人の気持ちも少し分かったわ。俺的には「アレもコレもない図書館」だが、老人達は俺が名前も知らん作者の時代小説を山ほど借りていく。老人達には「アレもコレもある図書館」なの
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認知症の講習。講師の人がなんとも言えない表情をしながら、「体力は衰えるでしょ?気力も衰える。でもプライドだけは絶対衰えないんですよ、人間は。どんな状態でも」と言っていたのが印象的だったな。その辺に人間の栄光も悲惨さもあるんですわ、と言わんばかりの表情をしてた。苦労したんだろうな…
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不機嫌な態度を取ることで、自分の要求を通そうとするアレ。アレは絶対自分の家庭というか、両親のやり方を見て学んだんだと思う。「俺はお前らのせいで不機嫌になってる」オーラを出すと、周りが勝手に忖度してくれて、結果的に自分の要求が通るワケで。当人にとっては、結構「合理的なやり方」なんだ
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押井守監督がどっかで「勝てない奴は要は負けるのが好きなんだ」と言っていたと思う。「負けることには独自の快楽があって、一回負けた奴はその快楽に酔っちゃうんだ。そこに居付いちゃうんだよ。だから勝てない。正確には”勝とうとしない”」みたいな。酷い理屈だと思うけど、強ち間違いだとも思わんよ
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「目の前にあるものを無条件で手に取って、そこから自分にとって必要なものを得る」を続けてる奴が一番強いとね。その大瀧がタランティーノの『キル・ビル』がヒットした時に、「今頃になって”タランティーノが褒めてたから、俺も日本映画観よう!”とやる奴はダメ」と発言していたことも記憶されていい
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昔、大瀧詠一が「教養というものは、「ガイド本に載ってるからコレを見よう」という形で作品を手に取ることのではなく、眼の前にあるモノにかたっぱしから触れることで得られるものだ」と言っててさ。だから今はブックオフの100円コーナーの棚から、ミソも糞も摂取してるような奴が一番教養あると思う
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中島みゆきの曲って、本人より友人がカラオケで歌ってるのを聴いてる時の方が良い曲に感じる。コレは悪い意味じゃなくて、案外この辺に彼女の人気の秘訣があるんじゃないかしらん。
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ある意味ちゃんと映画の魅力にヤラれた人の感想というか、一概に「観客がアホだから」と言えない気もするのだよな。どんな映画でも描写が魅力的なら必ず起こる問題ではないか。
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『この世界の片隅に』にしろ何にしろ。例えば「戦時下の日常を丁寧に描く」「絶望的な状況でも逞しく生きる人間の姿を丁寧に描く」をやる。するとその「丁寧さ」が魅力的過ぎて、逆に「実はいい時代だったんじゃないか。酷い状況でも人は案外やっていけるんじゃないか」となっちゃう人は出て来ると思う
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結婚してる知人にこう聞いて「まぁ、それはあるな。なんか飽きちゃうんだよ」と返されたこと。何度かあるよ。
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ちゃんと子供時代に子供やってさ。「あー、友人と酒飲むのも飽きた。女遊びも飽きた。ゲームも飽きた。もう”楽しい”は飽きたよ」と、子供であることに”飽きることが出来た”奴だけが、「子育てもする、仕事もする、ボランティアもする」という「立派な大人」になれんじゃないか。
という感覚が今もある
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↓昔、松ちゃんが「子供をちゃんとやらないと、人は大人になれない」と書いてたのが、今も自分の中に地味に残っててさ。俺はボッチでロクな青春送ってない=子供をちゃんとやってない人間だけど、そういう奴が一発逆転狙って、いきなり「ちゃんとした大人」になろうとしてもダメよ、と言われてるようで
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美容院のお姉さん。昔は好きな服ではなく、似合う服を着てたが、40過ぎてから「ダメだ。このままじゃいつまでたっても”好きな服”を着れる日が来ない。”好きな服が似合う自分になる!”でいこう」と、好きな服バンバン着るようになった。そうすると不思議と服の方が似合うようになって来たらしい。いい話
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「貴方の感想ですよね」を問題にしていたら、何のことはない。「貴方の感想」すら言えない人が大半だった。というか、「感想」などなかった。
というのが実際ではないかな。「貴方の感想」は、コレを問題にすれば「自分には”感想くらい”ある。勿論意見も」と錯覚できるから、ウケてる面があるのかも
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SNSは「世間的には兎も角、少なくともオレは”こう”思う」と言える人が増えたら、だいぶ平和になると思う。なんか逆じゃん。「俺的には本当はどうでもいい問題だが、世間的にはマズいらしいから、俺も一応怒ってるポーズをとろう」みたいなのが多いでしょ。こらこら、思ってもないことを呟くんじゃない
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太宰メソッド。一度やるとクセになるので、マジで学校で「〝世間が許さないよ〟ではなく、ちゃんと〝俺が気に食わんのだ〟と言いなさい」とやった方がいいと思う。言葉のメソッドは「使ってるつもりで、実は使われてた」みたいなオチになるのが大半だぞ。キチンと「貴方の感想」を言えるようになれ。
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トム・ヨークが「君の歌詞はネガティブな内容ばかりだ」と言われた時、「歌詞をつけること自体がポジティブな行いだ」と返した話が好きでもう百回くらい引用してるのだが、やっぱりコレは真実と思うのね。何か生み出すこと中には「善」的なものが含まれてると思うの。そしてその「善」は人を自由にする