どうそく(@madanaizo)さんの人気ツイート(新しい順)

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前にどっかで読んだ「孤独な老人はいつも「誰かと話がしたい」と思ってる。でも自分が話しかけることで、自分の相手をしてくれるような「いい人」の時間を無駄にさせてはダメだ。「いい人」に負担をかけるくらいなら我慢しよう…で、そのまま死んでいく人が結構いる」みたいな話が、いつも頭にあってさ
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オバチャン連中と話すと、よく「映画〇見て面白かったわ!話はサッパリ分からんかったけど!」という言葉が出るんで、結構怯む。「話は分からんが、面白い」とか、若い映画好きは中々言えんだろ。でもオバチャンは言える。オバチャンには「映画=分からんのが普通。分かるとこだけ楽しめばいい」だから
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司馬遼太郎が、栄転だけど現場を離れることになる辞令を貰って迷ってる知人に、「局長とは、才能ある人がその才能を押し殺して職につくべきものだ。かみそりのように切れる人が、わざわざ自らをナタ・棒にすることだ。でもそれこそが凡人には出来ないことなんだから、やれ」と言った話が好きなんですよ
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でも、坂本龍一の「人間はあまりに恐ろしくて受け入れがたいことが起こると、「悲しい」と表現できない状態になる。その感情を封印してしまう。でも音楽はその封印を解く力がある」という発言は凄くイイよな。音楽(に限らず、芸術全般)の重要性ってのは、こういうところにあると思うんですよ。
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個人的に、なんか、凄くしょうもない曲を書いててほしい気もするけど… まぁ、他人の最後をこんな風に消費するのはよくありませんね。おわり。
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坂本龍一が「いつ死ぬか分からない」という状態になった時、過去の作曲家が死ぬ前にどんな曲を作っていたかを調べた、という話が好きなんだよな。バッハは普通に「明日死ぬかも」と思いながら普通に曲を書いてた。ドビュッシーの遺作は、家に石炭を持ってきてくれた店のオヤジに感謝を表した小曲だった
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その話があったから、坂本が最後にどんな曲を書いたかが気になってるんだよな。一応「ある学校の校歌」が遺作らしいんだけど、俺は本当は何か別にあると思う。ドビュッシーよろしく、個人的になかよくなった看護師さんとか、或いは近所のオッサンとかに、凄くシンプルな曲を書いたりしたんじゃないか…
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だから「凄い人達の曲だから売れ続ける!」みたい感じで、単純にソレを褒めるのも違うかもしれんよね。「偉い人達の曲しか聴けないツライ時代なんです!」という反応が正しいのかも。私は「不況だから無駄を省きましょう」みたいな話も連想したよ。やっぱり適度にクソな曲が売れてる方が健康的なんだ
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それを凄く複雑な感じで語ってたのが印象的で。こういうの考えると、今もビートルズやクイーンのベスト盤が売れ続けてますよ、みたいな話も「どうなんだろう?」となってさ。もしかしたら、単に「これぐらい偉い人の曲じゃないと、もう音楽を聴くことが出来ん」という人々の辛い状況の表れではないかと
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坂本龍一が「911の後、音楽が聴けなくなった。辛うじて聴けたのがバッハとビートルズ」と言っててさ。コレは勿論「こんな時でも胸に響くバッハの曲は凄い」という意味もあるけど、同時に「人は辛い時、聴け曲の範囲が極端に狭まる。バッハくらい凄い人の曲じゃないと聴けない」ということでもあってさ
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日本映画は金がないからねぇ…みたいなのがよく話題になるけど、仮にホントに100億円くらいポーンと渡した時に、ちゃんと彼らはそれを上手く使うことが出来るのか。劣化版米国大作映画…みたいな感じじゃない、「凄い」が出来るのか。私はなんか疑問なんだよな。
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「日本のストリートピアノは超絶テクニックの腕自慢ばっかり」「曲芸みたいだ」というの。色々思うところはあるんだが、なんとなく人々の思う「凄い(こういうのが凄いプレイだ)」のイメージがどんどん貧困化してるんじゃないか…みたいな印象はちょっとかある。「凄い」が二種類くらいしかない感じ。
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いや、ほんとね。みんな、読んだ方がいいよ。文章が面白い人はね、たとえ前提が間違っていても、その文章の力で自分の話を(その問題に詳しくない)他人の信じさせることが出来るのよ。こういうポイントを押さえてなくても、読者はその「面白いから本当だろう」と思っちゃうの kozakashiku.hatenablog.com/entry/2021/05/…
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カミュさんの「ただ普通”である”ということのために、莫大なエネルギーを使っている人がいることを誰も理解してない」という出典不明の名言が好きなのだが、多分世間には「普通”になる”ために、膨大なエネルギーを使う人」も沢山いて、そして彼彼女らの苦しみを多くの人が理解していないのだよ。きっと
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以前、介護の仕事に従事している相互氏が「自分は持病持ちで、自分の精神&肉体的健康が一番大事だから、成長欲望は少ないのだ」と呟いていた。多分氏のまわりにも同じ考えの人は多いのだろう。その人達から見ればSNS上の「健康な人」が持つ「何者かになりたい」欲望は、暴力的なものに見えるとは思う
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「倍速でも何百本も見てる奴の方が偉くなる(かも)」みたいな話を聞くと、少し前にバズってた「ダウンタウンがブレイクした時、彼らの真似をしてるコンビが何組も吉本に来た。みんなそれを馬鹿にしたが、最終的には真似してた奴の方が個性を獲得して、成功する率が高かった」という話を連想してしまう
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そしてこれは多分「読む」も同じだ。アンタだって、一度は「お前、どこを読めばそんな悪意のある解釈が出来んだよ!」っていう糞リプ、糞引用RTを貰ったことがあるだろう。あれは読解力の問題じゃないんだ。欲望の問題だよ。「なんかうまいこと言いたい」という欲望が、彼彼女の読解力をパァにするんだ
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つまりね。相手の話を「聞く」っていうのは実は凄く難しいんですよ。特に現代人にとっては。現代人は常にスペシャルなことをせんとイカン、独創的なことをせんとイカンという強迫観念に付きまとわれてるからな。だからつい「言ってないこと」まで聞いちまうんだ。そこを削るために結構な訓練がいるのよ
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村上龍の「不幸な経験した人がそれを乗り越えて本を書く。それ自体は立派だが、その本が駄作なら駄作と言えないと文化は衰退する」と、菊地成孔の「地震はワクワクする(ヘラヘラ)→抗議殺到→態度に関しては謝罪するが、地震にワクワクする気持ちは事実なのでそこは謝罪しない」は、自分の中でセット
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春日武彦氏の「長年精神科医やって悟ったのは、人の精神のアキレス腱は所詮「こだわり、プライド、被害者意識」の三つに過ぎない」発言を、定期的にTLに流すべきだろうか。SNSはどうもこの「こだわり、プライド、被害者意識」を磨いた方が得する世界…そういうインセンティブ?がある世界な気がするぞ
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「辛い時は逃げてもいいよ」という言葉が、「お前は逃げてないで、ちったぁ自分の問題に向き合えよ」的な奴にウケて、逆に「逃げるな」という言葉が、「流石にお前は逃げた方がいいんじゃないか…?」的な奴に刺さってるのを見ると、なんというか「現実」っていう感じがする。「人生」という感じがする
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自分の仕事を卑下する延長で、つい「やっぱ「職人」は偉いよ」とやってしまうが、そんな時は『ぴっかり職業訓練中』に出てくる職業訓練校の先生の「職人は誰でもなれる」という言葉を思い出すことにもしてる。「実力差はあるが、食べていくくらいの腕ならいつか身につく。箸とか使えるのと同じ」っての
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人間。10年も同じことすりゃ、苦労した分少しは腕が上がるじゃないか。上がったことで得るものもあるはずじゃないか。電柱建ててる若者は10年前よりグレイトな職人になる。キツイ仕事でもグレイトになったことで得た喜びもあっただろう。しかし、エクセルやパワポを10年続けてる俺は一体何を得たんだ…
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前も書いけどねぇ。私は自分のしてることが本当に「仕事」なのか、時々分からなくなることがあるよ。エクセルだパワポだ、実は全部「ごっこ遊び」なんじゃないかと。そんな時、近所の居酒屋で土方の兄ちゃん達が「今週もお疲れ!」と盛り上がっての見ると、「あれが本物の仕事をした労働者だ…」となる
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SNSは定期的にサイゼにケチつけて炎上する人がいるが…最近ケチをつける人の気持ちもちょっと分かって来たよ。サイゼ(的なもの)に何の罪もないが、時々「たしかに安くてそこそこ上手い…でも豊かさってこれだけなのか」という気がしてくるんだ。今はこの「安くて上手い」しか手に入る「豊さ」がない