どうそく(@madanaizo)さんの人気ツイート(新しい順)

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気兼ねというか、MCU映画や過去のリブート作品が盛り上がるたびに「面白かったけど、詳しい人ならもっと作品を楽しめたんだろうな…」みたいなコンプレックス?を感じてた人は結構いるんじゃないかな。で、今回はソレがない(予習も一作で済むし、何なら見なくても分かる)から、楽でいいよ、みたいな
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そうか。『トップガン』はMCUやウルトラマンと違って、誰もが「お前は何もわかってねぇなぁ、あの描写にはこういう文脈があるんだよ」とか「あそこは過去作のオマージュだよ!知らないの?」みたいなのに気兼ねしないで、のびのびと感想を言えるから盛り上がってる面もあるのか。勿論作品も傑作だけど
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個人的には「面白かった」より、その後の「でも、久々に映画館で映画を見れてよかったよ。映画館はいいね」という言葉の方が、遥かにイイモンだと思ったね。普段あんまり映画館へ行かない両親が、久々に映画館へ行って「あー 色んな意味で楽しかった」となるなら、それだけで作り手に感謝したい気分だ
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シン・ウルトラマン。うちの両親(NOT特撮映画好き)にも好評だったけど、それは「怪獣映画って、こんなもんでしょう?」という「見下し」のうえに存在する「面白い」だった。女が巨大化する?宇宙人達が居酒屋で酒を飲む?「バカバカしくて面白い(今時こんな変な映像が見れて最高!)」という感じ。
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そう考えると、やっぱり俺達の時代の娯楽はちょっとセカラしいね。「活き活きと迷う、迷う自由を謳歌する」どころか、追い詰められて、本当に路頭に「迷う」。そんなんばっかだ。
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前も書いたけど、明治~大正の小説を読むとよく「約束もしてないのに誰かを訪ねに行く」場面があるんだよね。で、「今は留守だ」と言われて「なんだぁ」とスゴスゴ帰っていく。あの行き帰りの時間がとてもいいの。「”とくに何もしてない”をしてる」感があるんだよ。心地よい「退屈」が小説内にある感じ
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「明治の小説は、主人公がなにかにつけて迷っている。人生に何を賭すのか、という一大事から、昼は何を食おうか、という瑣末事に至るまで、寝てもさめても活き活きと迷っている。迷う自由を謳歌している」という津原泰水氏の指摘が好きですね。「活き活きと迷う、迷う自由を謳歌する」という言葉がいい
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TL見てる内に「コレは”会話”が出来るヤツの呟きだな…コレは多分知識の披露は出来るけど、”会話”は出来ないヤツの呟きだぞ」ってのが、だいたい分かるようになった(気がする)。
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『トップ・ガン』見た人がみんな「同じような言葉で、同じようなポイント」を褒めてるのがスゴい。コレだけ「独自の考察」や「解釈」を披露するのが流行ってる時代で、みんなが同じこと言ってる。コレはやっぱ作品の力よ。作品がみんなに「おなじこと」を言わせてるんだ。滅多にないことなんだよ、コレ twitter.com/madanaizo/stat…
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でも、映画って実は「普通の動作を俳優が洗練させて見せること」で成立してるからね。その意味では彼こそが映画だ。だって「睨む」だけだぞ!俺でも同じことはできるのに!
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トム・クルーズは「とんでもないスタントを一人でこなすから凄い」というより、「走る・飛びつく」という「誰にでも出来る動作を、誰よりも洗練させて行うことが出来るから凄い」俳優と思うんだが、新作では遂に「計器を”睨む”」という動作だけで客を熱狂させてしまた。それ単なる目じゃん。表情じゃん
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シネコンでかかってる日本映画は、毎回こっちが忖度しないと楽しめない(この映画にこのレベルのリアルさや、気遣いを求めてはダメ!とか)。忖度すれば、どれもそれなりに楽しめる。要はツマル、ツマランは「自分がどの程度のものを求めるか」で決まる。『トップガン』は忖度なしで見れたからよかった
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『トップガン』後半に思いっきり、コレがあったな。映画の方から観客へ向けて「俺達と共犯にならないか?だって、たとえ嘘であっても、もう一度トムが~~するとこを見たいでしょ?」と語りかけてくる感じがあった。そして多くの観客が「うん!」と同意して、トムはソレをやってしまった。実に「映画」 twitter.com/madanaizo/stat…
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押井守の「日本人にSF映画は作れない。客は”非日常”を求めているのに、日本人俳優を見た瞬間に”日常”に戻されるから」発言が、宮崎駿の「日本人はわざわざデカイ画面で日本人を見たいと思ってない」発言が思い出される。結局日本人にとって実写映画は「(金を払うに値しない)日常の延長」ではないか
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ツイッターは文系(NOT体育会系)が集まる場所。言葉を使うのが上手い奴が尊敬される場所だから、「言葉の暴力」の怖さ、厭らしさが見逃され過ぎと思う(言葉を上手く使えない人に対する見下しがマジで酷い)。で、言葉も暴力であることを隠して、体育会系の人物を「暴力はケシカラン!」と言葉で叩く
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ツイッター。俺みたいに「体系的な知識は持ってないし、専門的な勉強もしてないけど、少しだけ持ってる小難しい知識を披露したい。半端な存在のまま難しい議論にいっちょかみしたい」人間には凄くイイ場所だったんだよね。もし、今後ツイッターに変わる新しいSNSが出来ても、この感じは消える気がする
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ちなみに例の「倍速視聴」の話。俺は倍速視聴する人達がスゲー嫌なのだが、もしそれが「俺は映画の見方が分からないのだ。楽しみかたが分からない。でも倍速なら楽しめる」というものであれば、一回考え直した方がいいかな、とも思ってる。(手っ取り早く情報が得たいだけの人は知らん!)
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そういう人に「これはここを押さえれば楽しめるんだ。”その程度のもの”だ」とやることは意味があると思うし、また映画・小説好きもある種の「無邪気さ」を反省するいい機会になると思うの。 どのみち「読む」より「書く」方が大事…という考えにはどっか穴があるに違いない twitter.com/madanaizo/stat…
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ここからは俺の考えだけど、世間には案外「小説や映画の楽しみ方が分からない」という人は多いと思う。どうやって楽しめばいいか分からない人がね。そういう人に「このコツを押さえれば楽しめるよ」と教えることには大事だと思うんだよ。でもそれは「そうしたら貴方の世界が広くなるから」とかじゃない
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こういう時に俺が思い出すのが、山田航氏のこの文章なんだよね↓。自分は「小説=物語」が苦手だ。でも「小説家や小説ファンは「物語」というものの価値を無邪気なまでに疑っていなくて、そのノリがどうも苦手」という。こういう人が今、案外多いと思うのだ。 twitter.com/madanaizo/stat…
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いいアウトプットする技術があるなら、いいインプットする技術もある、というね。 で、この「昔は自分も(名作)小説が読めなかったが、”面白く小説を読むコツ”を理解したら読めるようになった」「自分はその面白く「読む」ための技術を伝えるたい」という考え方。俺は今凄く重要だと思うんだよね。
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俺は以前から「どうやったら小説(や批評)が書けるか」という本ばかりあって「どうやったら小説が読めるか」という本がないのが不満だったんだが…『(読んだふりしたけど)ぶっちゃけよく分からん、あの名作小説を面白く読む方法』という本を読んだら、冒頭でそのことに触れてて「まさに!」となった。
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『サイゾー』最近イケメンヤクザが登場するのが少女漫画が増えてるけど、その理由は「最近は壁ドンを含めた”愛ゆえの強引な言動”もハラスメントと言われる。でも相手がヤクザが”ヤクザなら仕方ないか…”となるから」とあって、笑っちゃった。最近の米国映画がやたらゾンビを敵役する(?)のと同じかな
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感覚がないというか「PCで文章書く=すぐそばにエロがある場所で書く」というとこまで思い至らない。あるとすれば「誘惑が多くて、集中できない場所(PC)で書く」だ。やっぱ昔の人(といっても、20歳くらい違うだけ)と今の我々じゃ「文章を書く」ことの重みが違う気がする twitter.com/madanaizo/stat…
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前、福田和也が「今の若い人はPCで論文を書くんでしょ。で、PCの中にエロ画像とかいっぱいある。エロと同じ場所で文章が書ける感覚が分かんないんだよ。俺、机の上を片付けてからでないと文章書けない」と言ってて、軽く衝撃を受けたな。俺達には「エロと同じ場所で文章書くのは嫌」という感覚すらない