どうそく(@madanaizo)さんの人気ツイート(いいね順)

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今度行った美容院のお姉さん。「趣味は旅行!でも有名な観光地へ行くのは好きじゃないんです。海で本を読むのが好きなんですよ。友達はハワイまで来て本読むな!と言うんですけど、ハワイで読む太宰と、日本で読む太宰は味わいが違うんです!」みたいなことを熱弁してて、気が合いそうだな、と思ったよ
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小津が戦場体験を「実際に人を刀で斬る現場を見たんだけどね、斬られた方が一瞬「うっ」と動きが止まって、それで倒れるのよ。チャンバラ映画と一緒。チャンバラ映画も案外馬鹿にできんね」とか語ってるを読むと「おい…」となる。このあっけらかんさが凄いよなぁ。この感じは今映画では再現できないよ
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↓前、親戚のチャラ男に「君は映画倍速で見る人だろ?」と偏見丸出しで聞いたら、普通に「違うよ。アレ、世間の話題に付いてくためにやんでしょ?そんなんで人生楽しいのかな?」と返されてさ。その時は「ホントだよ!ハハハ」と笑ったが、後でしばらく「人生…楽しい…って何?」と哲学状態になってた
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大滝詠一の話題が出てたけど、その大滝が「”良い・悪い”の基準が無くなると”面白い”が出てくる。俺は駄作でも”面白がる”ことが出来る。面白がれない奴は創造性がないのだ、というノリになる。でもそれは批判が機能しなくなるということで、最終的に受け手側の首を絞める」と指摘してるのは知られていい
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もはやお前しか『複製人間の恋』のVHSの色焦たパッケージや、大げさ解説文を覚えている者はいない。もしお前すらそれを忘れたら、人類は『複製人間の恋』のVHSを完全に抹殺し終えることになり、作品は永久に無に帰されてしまうだろう。全ては”レンタルビデオ屋”に対するお前の忠実さに掛かっているのだ
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いや、ほんとね。みんな、読んだ方がいいよ。文章が面白い人はね、たとえ前提が間違っていても、その文章の力で自分の話を(その問題に詳しくない)他人の信じさせることが出来るのよ。こういうポイントを押さえてなくても、読者はその「面白いから本当だろう」と思っちゃうの kozakashiku.hatenablog.com/entry/2021/05/…
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ある脚本家が「歳をとると性欲がなくなる。なくなると町を歩いてても異性を見なくなる。見なくなると、今まで目に入らなかった細かな諸々が目に入るようになって、町歩きが楽しくなった」みたいなこと言ってて。性欲云々の前提に怒る人もいそうだけど、俺は素直に「年取るのも悪くなさそう」と思ったよ
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007の悪党は生きてて凄く楽しそうだったのに、ある時期から急にツマンなそうな顔しだした。「善」は今の(面白くない)社会システムを維持する側の、制約の多い存在だ。でも「悪」は「そんなん知るか!」と好き勝手振る舞うから人生が楽しいはずで、その楽しさがある種の「美しさ」を生むはずなのだが
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『たわわ』的なものを、昔は気持ち悪く感じなかったけど、色んな人の呟きを読む内に気持ち悪く感じるようになった人も結構いると思うんだよ(勿論最初から嫌だった奴もいる)。つまり、見てる対象は変わらないけど、見る自分が変わったワケで。これは「教育」の結果よね。やっぱバカに出来んよ。教育。
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村上龍の「不幸な経験した人がそれを乗り越えて本を書く。それ自体は立派だが、その本が駄作なら駄作と言えないと文化は衰退する」と、菊地成孔の「地震はワクワクする(ヘラヘラ)→抗議殺到→態度に関しては謝罪するが、地震にワクワクする気持ちは事実なのでそこは謝罪しない」は、自分の中でセット
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↓昔、島田紳助が「浮気するなら三人以上の女としろ。二人だと罪悪感を感じるが、三人以上になるとワケわかんなくなって、逆に乗り切れる」と言ってたけど、それもこの「不倫や浮気は”相手を人間として見てないからもう1個欲しくなる”」説と通じてんだろうな。相手を人間として見ないためのアドバイス
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トム・クルーズは「とんでもないスタントを一人でこなすから凄い」というより、「走る・飛びつく」という「誰にでも出来る動作を、誰よりも洗練させて行うことが出来るから凄い」俳優と思うんだが、新作では遂に「計器を”睨む”」という動作だけで客を熱狂させてしまた。それ単なる目じゃん。表情じゃん
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以前、ある映画評論家が「僕は良い映画を見た後は何故か電車に乗れない。必ず歩いて帰る」と言っていた。私は彼の気持ちが分かる気がする。良い映画を見た後に、電車で見知らぬ他人と一緒に同じリズムで揺られるのはカナワン。こういう時は自分のリズムで映画を反芻し、考えたいのだ…ということだろう
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「明治の小説は、主人公がなにかにつけて迷っている。人生に何を賭すのか、という一大事から、昼は何を食おうか、という瑣末事に至るまで、寝てもさめても活き活きと迷っている。迷う自由を謳歌している」という津原泰水氏の指摘が好きですね。「活き活きと迷う、迷う自由を謳歌する」という言葉がいい
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…と思ってたのだが、この発言を聞いた時は「あ、負けた」と思った。で、ダメ人間の最後のよりどころまで奪われちまった。昔、芸能人は「アイツらは芸はいいが、頭は空っぽだ」と偏見を持たれていたらしいが、この偏見もなかなか馬鹿に出来んよ。彼らが頭まで良かったら、それを見る観客はどうなるのだ
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その話があったから、坂本が最後にどんな曲を書いたかが気になってるんだよな。一応「ある学校の校歌」が遺作らしいんだけど、俺は本当は何か別にあると思う。ドビュッシーよろしく、個人的になかよくなった看護師さんとか、或いは近所のオッサンとかに、凄くシンプルな曲を書いたりしたんじゃないか…
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実にいい話だと思う。デジタルにどっぷりつかったから(すべてを同じ「情報」として見たから)こそ、逆に現実の人間や世界の複雑さに気づけた」という点が面白い ネット世界は複雑だから、たまには草木を見よう!は古い。これからはネット世界は単純過ぎるから、草木を見よう!が流行ると思う(真顔
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昔、親戚に傲慢で見栄っ張りで意地が悪いのに「私はいつか婦人牧師になる!」と言ってたオバサンがいたな。当時は「あんな性悪なのに神様信じてるのか」とバカにしてたが…歳とるとなんか分かるな。あのオバサンはオバサンなりに自分の糞さに苦しんでて、それに寄り添ってくれるのは宗教だけだったんだ
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文學会の当事者批評鼎談。カフカの『変身』に関して「”虫になったザムザが大冒険するかと思ったら、部屋が出ないで終わるのでびっくりした”と言ってる若者がいた」という話が出てきて爆笑したんだけど、でも「あの小説(映画)は難解だった…」と言う時の「難解」って、案外こういうものかもしれんよな
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何度も張ってるけど、小松左京先生の「SF小説がやたらと世界を滅ぼそうとするのは、『破局』を設定することによって、はじめて人間が、人類が、そのモラルが、社会機構や文明が、いわばこの世界が「総体」として問題とされるからだ」発言は重要ですよ。この世界を「日本」に置き換えてもいい。
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これと同じように…先日『ドライブ~』に関しても議論になっていたけど…「日本人からするとマッチョに見える男が、海外の人からすると繊細な男に見えて、そこが評価される」みたいな現象も多分あるんじゃないかな、という気がする。そう考えると海外で評価されることも、手放しで喜んでいいか分からん
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押井守監督は「ジブリ映画は見終わった後、観客が”自分がいい人になった”と錯覚できるからウケる」と言ってたけど、コレだけ「俺はダメ…バカだ…」と自己嫌悪してる人達が多い昨今。一瞬でも客を「俺はいい人になれた…賢くなれた…」と錯覚させることが出来るなら、それはそれで映画の徳かもしれない
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「悪」は学のある人間がやればやるほど純度が高まると思う。言葉は悪いが、学のない人間なら「この人は何が善で、何が悪か判別がつかなかっただけだ」ともなりえる。007のジョーズとかはコレだな。でも、007のかつての悪党達はそれを悪と認識した上で、平然と乗り越えるから美しい。美しかった(過去形
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以前「絵が下手な人が、明らかに自分で興奮しながら書いてる特殊性癖絵が好きだ。下手なぶん「俺はコレを描きたい!」という、書き手の心が絵にうつるからだろう」と書いたのだが… 残念ながらAI絵の登場によって、この「下手な作者の心が絵にうつる現象」は失われてしまったようだ。実に嘆かわしい
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「アーティストが成熟して、石や山の美しさに気付いてしまい「美術はもういい」となるパターンは多い」という話を聞くと、やっぱ同じ山や川を何度も書いてる芸術家は、凡人と見えてるものが違うんだろうな、と思う。彼らにはソレに比べたら芸術など「屁」だ、という「山の美しさ」が見えてるワケでしょ